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ミソラ・カスタムの逆襲 (5)

 

 

「やっぱりこれが一番妥当な方法か」
 図書館で借りてきた本を読みながら、ミソラはなにやらうんうんと頷いていた。
 彼女が借りてきた本の1つである『錬金術大全 最新版』は、古代の魔法使いが培ってきた様々な魔術の中で、現代の技術で再現できるものの全てが記載されている分厚い本であった。
 その中で彼女が空を飛ぶと言う研究のために目をつけたのが『反重力金属』だった。
 これは見た目はただの鉄に見えるが、電気を通すと重力に反発して宙に浮くという金属である。
 技術そのものが発見されてからまだ数年。応用の余地はまだまだたくさんあるし、これを研究に使っている学者も多いので、素材としても比較的手に入りやすいものである。実際、ミソラ自身も授業で扱ったことがある。
 問題は虹色の翼の方だ。『錬金術大全』に、形状記憶合金の製法は載っているのだが、虹色ではないし、ただの金属では翼としての役割を果たさない。
 工夫がいるな、とミソラは唸った。唸りながらページを捲る。
 蜃気楼自動発生装置、粒子結合の物質形成、空間制御秘術……先人はよくこんなものを作ったものだ。
 きっとこの中に解決の糸口があるはずだと信じて、ミソラは他の資料も漁り始めた。

 

 翌日からミソラの生活は、完全に彼女の研究中心の物へと一変した。
 彼女のキャパシティでは2つの物事を同時進行でやり遂げる事などほぼ不可能に近かったので、授業もいい加減、共同研究も適当。元々非協力的な態度が更に非協力的になるので、周囲との溝も更に深まるばかり……と思いきや、実際は普段と大差なかった。
 ミソラが頑張ろうと頑張らなくとも足を引っぱる荷物である事に変わりはなかったし、今更ミソラが原因のトラブルが余計に1つ2つ増えた所で「いつもの事」としか認識されないのである。
 つまり、ミソラは彼らにとってどうでもいい存在。単なる邪魔者。文句や苦情を言っても、改善や成長など最初から一切期待されてなどいなかった。ただ一人を除いて。
「ねえミソラちゃん。最近どうしたの? なんだか変だよ?」
 クラス1の親切ぶりっ子であるクラウディアである。
「授業も上の空だし、前よりも忘れ物は多くなったし、放課後も一人研究室や図書室に下校時刻過ぎても残ってるって注意されてたみたいだし。……ねえ、聞いてる?」
 聞こえているが、聞きたくない。
 ミソラはクラウディアに背を向けたまま、のろのろと実験の準備をしている。
「あのね、人の話を聞く時はちゃんとこっち向いてくれない?」
「邪魔だから消えて」
 切り捨てるようにミソラが言い放つ。
「な……!」
 クラウディアは予想もしなかった反発に言葉を失った。
 いつもはクラウディアの言う事を全くと言っていいほど聞かないミソラではあったが、一刀両断するかのごとくクラウディアの言い分に真っ向反発する事は一度もなかった。
 ミソラは構わずビーカーに怪しげな粉末を入れ、水に溶かしてぐちゃぐちゃとかき回す。
「ねえ、ミソラちゃん。そういう態度はよくないと思うよ。だから」
「薬品混ぜている時は話しかけんな」
 これはミソラ自身も前にセイラに罵倒されるように指摘された言葉である。それを言われた時、クラウディアからも「セイラの方が正しい」と諭されていた。
 混ぜ終わったビーカーを置き、今度は別の粉末を少しずつ混ぜていく。手元の狂いが一切許されない繊細な作業だった。
 作業を終えると、そのビーカーを瞬間冷蔵機の中へ入れてスイッチを押す。
「何を一人で空回りしているの?」
 ここでようやくミソラはクラウディアの方を見た。
「そりゃ確かにセイラちゃんやルナちゃんはああいう言い方や態度しか出来ない子達だから、ミソラちゃんにとっては嫌な子だって言われても仕方ないかもしれない。だけどね、それはお互い様。みんなが何回言ったってミソラちゃんはその態度を直そうとしないし、同じ失敗を何度も繰り返すし。ミソラちゃんが何を使用としているのかは分からないけど、その前にすることがあるんじゃないの?」
「私の勝手だ」
「その勝手な行動がみんなの迷惑になっているって言っているの!」
 クラウディアがついに声を荒げた。
 ああ、こいつも予想通りというか、化けの皮がはがれたか。
 ミソラはこれでもかという程冷ややかな視線でクラウディアを一瞥すると、先ほどのビーカーを取り出した。
「あんたのような人間には一生分かることはない」
 ミソラはゆっくりとビーカーの上に手をかざす。
「あんたの行動こそが迷惑である事を。偉そうに説教するだけで、周りに逆らえないくせに。本当は自分が可愛いだけだろ。お前は善人ぶって独りよがりの親切を押し付ける、ただの嘘つきだ」
 ミソラの手の中にあるビーカーがうっすらと光り始める。
 ビーカーの中身が光の粒子のように、キラキラと七色に光りながら外へ溢れ出して行く。
「そんな! 私はミソラちゃんのためを思って……」
「ためにもなっていないし、何の得にもなっていない。自己満で感謝されるとでも思ってるのか、バカ女」
 ビーカーから零れる七色の幻想的光景とは裏腹に、それを生み出した主の口からは薄汚い毒のような言葉しか出てこない。
「だけど決めた。私はあんたを含めて気に食わない人間は叩きのめす。そのためにも……熱っ!」
 ビーカーが床の上で粉々になる。七色の煙が上がっていた。
「あーもう! バカなのはどっちなの!」
 ミソラ渾身の決め台詞もあっさり崩壊。もう説得力も何もなかった。

 

 クラウディアに対する反発の件はあっという間にクラス中に広まった。
「だから言ったじゃないクラウディア。あんな奴の面倒なんか見たって仕方ないって」
「てか、あのバカも恩知らずだよな。だから嫌われるんだっつーの」
「本当、サイテー。クラウディア、あなたは悪くないから気にしちゃだめだよ」
 大方予想通りだが、クラスメイト達はクラウディアに味方した。
 まあ、気にしてはいないけど。ミソラは自分の席で『鳥の骨格図鑑』をまじまじと読んでいた。前のような失敗を繰り返さないよう、横に目覚まし時計が置かれている。
 もう少し。もう少しで掴めそうな気がする。
 昼休みには先日失敗した実験の続き。放課後は研究棟の光魔術研究科の専門家から機器を借りに行く。帰宅したらジャンク屋で部品漁り。
 止まっている暇はない。このプロジェクトを成功させて、あいつらをまとめてぎゃふんと言わせる。
 それは絶対中の絶対目標であった。

 

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