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ミソラ・カスタムの逆襲 (8)

 

「事情はクラウディアから聞いた。すまなかった」
 エディンは回り込んでミソラの前へ来ると、深々と頭を下げた。
 ミソラはこの状況がすぐに理解できなかった。10秒位してようやく自分に対して謝罪しているのだと認識できた。無理もない。自分に頭を下げる人間をアカデミーに入ってから一度も見たことがないからだ。
「私の研究を盗んだって認めるのか?」
「盗んだつもりはない。が、お前が屋上から飛び降りたのを見て、反重力金属で空を飛ぶ事を閃いた事は確かだ。身体の浮き方がそれっぽかったからな。大方リュックの中に鉄板状にした反重力金属を仕込んでおいて、スイッチで電流が流れるようになっていたのだろう」
 ミソラは何も言い返せなかった。一度見ただけで、彼女の作ったからくりを見抜くとは、やはりこの男は天才というだけのことはある。
「不恰好に落ちたのは、身体のバランスを全く考慮されてなかった事と、反重力金属全体に電流が流れきる前に飛び降りたから。……飛び降りる必要は全くないと思うが、何故飛び降りた」
「うるさい」
 ミソラが拗ねたように横を向く。屋上から飛び降りた理由などただの演出以外の何物でもない。
「それでお前の研究が禁止になっただろ。だが、このままその研究がなくなるのも惜しいと思ってな。俺は独自のやり方で反重力金属を使った飛行方法を研究し始めた。多分、細かい仕組みは違うはずだ」
 そういってエディンは四つ折にされたレポート用紙をミソラに見せた。
 それはエディンが作り出した飛行スーツの設計図であった。
 肩から腰回りにかけて、プロテクターが施されており、足が必ず下を向くよう、スーツの重量がきちんと計算されている。
 プロテクターには反重力金属の重力に反発するという特性を抽出した液体が全身に巡るようにするための 循環式ポンプが内蔵されており、電流を調整する事で移動できるようになっていた。
 金属の持つ特定の成分を抽出する魔法の技術は、これよりも一つ前の研究でエディンが確立させたものだ。自身が見つけた技術をここまで高度な応用が出来るという意味でも、彼は本当に天才であった。本当に隙がない。
「まあ、欠点はコストがかかりすぎる事と女子には重いという事だ。電源切れているときは20キロくらいあるしな。将来的にはもっと安価で軽量化で斬ればいいのだが、それはメーカーの仕事だろう」
「軽量化できたらもっと名声が得られるのに」
 ミソラがそっけなく反応する。
「名声? 俺はそんなもののために研究者を目指しているわけじゃない」
「え……」
 ミソラは目を見開いた。名声という名誉を「そんなもの」の一言で片付けた事が信じられなかった。
「俺の望みは古代魔術を現代の技術で復活させて、それが皆の役に立ってくれる事だけだ。研究の事においては、それ以外の欲はいらない」
「あれだけちやほやされているのにか」
「俺にとっては、お偉いさんに称讃されるよりも、1つでも多くの魔術を復活させることの方が重要だ。その力でいろんな人が幸せになっていくのを見ているほうがずっといい。俺らの役割はそうあるべきだ」
 エディンの言葉は、何処までも無欲で、高貴な印象すら感じられた。天才は心構えからして他の人と違うことを思い知らされたような気がした。
 いや、天才だからこそ、その心構えが形成されたのかもしれない。誰からも信頼されて、好かれて、持ち上げられて、だからこそエディンはそういった人のために成果を出そうと思えるのだ。
 それ故に、ミソラは許せなかった。
 ゆらりと立ち上がり、エディンをにらみ付けて叫ぶ。
「お前なんかに何が分かる!」
 エディンは驚いたままの表情のまま、ミソラを見つめている。
「お前なんかには分かるものか! 例え一生かかっても分かりっこない!」
 自分の為に頑張って、何が悪い。
 嫌いな連中を見返すために戦って、何が悪い。
 この男が「くだらない」と言い切った名声を、どんなに頑張っても、どんなに苦労しても、手に触れる事すら出来ないというのに。
「やっぱり、お前は私の敵だ!」
 エディンにはそんな苦悩も経験もないから、自分が満たされている事が完全に前提となっているから、皆の為が第一だとか言う綺麗事を真実として信じられる。
 嫉妬と言い切ってしまえば、それだけの事だが、この天才と落ちこぼれの価値観はあまりにも違いすぎていた。
「何が不満なんだ、お前は」
「そうやって見下して、バカにしているくせに! あいつらと同じように!」
 ミソラは、エディンに掴みかかろうとして、……避けられた。
「……俺は、お前が他の連中と比べて劣っているとは思わないが」
「嘘だ、そんなの!」
「信じたくなければ信じなくていい。自分が本当に愚かだと思うのならば」
 エディンは静かに言った。声がいつもより冷ややかに聞こえた気がして、ミソラは押し黙った。そのままヨロヨロと座り込む。
「認めたくなかった、そんなの」
 座り込んだまま、力無く呟く。
 沈黙が流れた。体感的に長いのか短いのかもよく分からない、重い沈黙が。気まずい空気とも言えた。
「一つ聞いていいか。お前が研究していたあれは、どういう仕組みだったんだ?」
「……反重力金属を使ったって勝手に見抜いたじゃないか」
 もう、エディンが何を言おうとどうでもよくなってきた。クラスメイトに心を折られ、エディンとの会話で、本当に粉々になったような気分にさえ思えてきた。
「いや、それじゃない。俺が知りたいのはあのでかい羽のことだ。色々推測はしたが、あのカラクリだけは見当すら付かなかった」
「……あんたでも分からない事があるとは思えないけど」
「世の中は分からないことだらけだし、俺はそれを恥だとは思わない」
 エディンは遠くの方を見ている。その視線の先に何があるのか分からないが、ただ、彼がミソラに言った言葉が嘘偽りがない本音であるならば、彼の目的は単なる研究と、探究心。そして彼の思う大切な人々の暮らしの役に立つ事なのだろう。
 そうなると、ミソラ自身の目的は何に当たるのか。もし、あの嫌いな連中を見返すことが出来るようになったら、彼のような、見るからに高貴な目的を持つことが出来るようになるのだろうか。
 それを持ちたいかどうかまでは、今のミソラには分からなかったが。
「……色んな本、読んだ。鳥の骨格図鑑、ミラージュ・イリュージョンの定義、空間制御の法則、幻惑魔術、粒子結合の秘術、光魔法の応用、流動魔法の基礎、物質の軽量化法、錬金術の教科書、それから……」
 つらつらと語っている内にエディンと目が合い、ミソラはハッとなる。
「い、今言ったのパクる気だな! 危うく騙される所だった! 誘導尋問なんて卑怯だ!」
「意味が分からん」
 エディンがこめかみを抑えながらため息をついた。
 その後、ミソラが誤解と思い込みである事を理解するまでに、更に時間を割くことになった。面倒な奴である。
「……とにかく、色んな魔術とか技術とか色々組み合わせて無理矢理作った。羽の形に空間を固定して、その中を七色に光る粒子をぐるぐる循環させて、それっぽく見せようとした。……なんかどっかで間違えてサイズがおかしくなったけど」
「それ、完成させないのか? 完全に定義を確立させたら立派な発明品になるはずだ」
「禁止されたから」
「……飛び降りなければ問題ないと思うが」
 エディン、二度めのため息。そして流れる沈黙。この二人、会話がかみ合うことすら難しい。
「……ねえ」
 ここでようやく、ミソラの方から口を開いた。
「私は、あの虹色の羽根を作ることが出来ると思う?」
 自分でも愚かな質問だと思った。大体そんなものは人に聞く事ではないし、ミソラの能力を分かっている人間なら「お前には無理だ」と返されるような問いである。
「俺は見てみたい」
 ミソラの顔が驚きの表情へと変わった。否定されると思っていたのに、この男は何故そう答えるのか。
「もし、できなかったら」
「そのときは俺も協力する」
「……パクったりしないって言えるのか?」
「お前も大概しつこいな。……いや、そのしつこさがお前の原動力、なのか」
 そして、エディンはミソラの顔をじっと見てから、口角を少し上げた。
「がんばれ。お前が、お前自身の力で納得できる結果が得ることを望むのなら、思う存分突き進んでいいはずだ」

 

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