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一年前

七人七色 我が美術部主将(2)

 

 僕が大将こと、都 喜衣乃(みやこ きいの)と出会ったのは、この高校に入学して同じクラスになったのがきっかけだった。出席番号もすぐ後ろだったので(うちの学校の出席番号は男女混合のアイウエオ順である)すぐその顔も覚えた。
 第一印象は、サムライのような女。
 ポニーテールの黒髪がいかにもそれっぽいし、きりりとした釣り目も意志の強さを感じられる。背も女子の中では高い方だし、実際僕と数センチしか違わない。
 彼女のことをサムライ、と称したが、実際に彼女は中学時代は剣道部に所属しており、二年生の時には全国大会へ行くほどの腕前だったらしい。
 まさに武闘派女子。軟派な路線を貫く僕とは対照的だ。普通に性格は合わないだろうし、あまりお互いの学校生活にかかわることもないだろう、と思っていた。
 ところが、入学して10日足らずの休み明け、僕は登校早々、都 喜衣乃が警察のお世話になったというとんでもない話を聞かされた。
 いや、警察だぞ? 普通の高校生はお世話になることはないだろう。
 詳細を聞いてみると、日曜の夕方に彼女は、通っていた剣術道場からの帰宅途中で親父狩りの現場に出くわした。
 そして、あろうことか無謀にも仲裁に入って、持っていた竹刀で加害者連中を一掃するかのごとくボコボコにしたところを通報されたらしい。
 警察に連れていかれた彼女は、その無謀な行動を諌められたが、「警察がああいう連中を野放しにしているのが悪い」と悪気もなく反抗して更に大目玉をくらったとか。普通ならあり得ない展開である。
僕はそれを聞いて単純に思った。この女はすごい、と。無茶とはいえリアルにヒーローする女はそうそう居るもんじゃない。
 この事件の話は行内中にあっという間に広まり、大半の人は僕と同じ感想を抱いていた。
 ただし、あくまで大半の人間。それ以外の人間にとっては面白くない、不愉快な話だったようで。
 その代表にあたるのが、うちの高校の剣道部の連中であった。
 何が気に食わなかったのかというと、武道の精神とやらに満ち溢れた彼ら曰く「私闘に竹刀を用いたことが許せない」ということだった。自分たちの部活道具を、そんな暴力的な目的に使ってほしくない。僕は剣道のことはよく知らないが、彼らにとってはそれが絶対的な正義なのである。ちなみに、学校に一人は居そうな竹刀を常備している熱血教師も彼らにとってはアウトだったりする。他の運動部がしごき用に竹刀を振り回すのもアウト。
 剣道部が下したのは「都 喜衣乃の入部拒否」という結論だった。まだ入部届を出すどころか部活見学すら行われていない段階で。
 まあ、剣道部の理念を否定する気はないが、規律というのは本当に面倒なものである。奴らはそのせいで全国レベルの選手を手放したのだから、もったいないにも程がある。
 が、さらに面倒なことに、他の運動部もそれに便乗して彼女の入部を拒否しだした。問題を起こすような生徒はいくら運動能力が高くても入れる訳にはいかない。というのは建前で、運動部の連中の本音は、他の部活と足並みをそろえないと示しがつかないからだという、たったそれだけの理由だった。うちだけOKということを言い出すと、他の運動部から叩かれるからである。僕からしてみれば、本当に馬鹿みたいな理由だが。
 結局、彼女が入部したのは文化系部活一択になるのだが、その中でもとりわけ規律が緩くて一致団結とか協調性とは全く無縁とも言える、僕と同じ美術部だった。
 正直彼女が絵を描いている姿はイメージすらできなかった。だって、美術と武道なんぞ完全に真逆の路線だ。現実、最初の内はものすごく浮いていたくらいである。
 だが、彼女は武道で鍛えた不屈の精神を武器に、真剣に部活に取り組んだ。
 ただひたすらに絵の制作に取り組み、スランプをよくわからない精神論で乗り切り、時にはテンションの低い部員に喝を入れ、たまに無茶振りしたり、それ以上に自分が無茶したり、最終的には今日のような奇行に走るし……あれ? これじゃただの変人紹介だ。
 まあ変人要素が多くても、彼女のことは嫌いではなかった。
 常人にはやってのけないことを平気でやろうとする所は素直に見ていて面白いと思ってる。
 剛毅なる女傑。僕はいつしか、彼女のことを敬意をこめて「大将」と呼ぶようになっていた。
 女子につけるあだ名ではないような気がするが、僕にとって大将は大将なんだから仕方がない。

 

 カチカチカチ
 僕はパソコンの画面を見ながら、マウスのボタンを連打していた。というか、反応悪すぎて思うように動いてくれない。
 まあ、古いから仕方ないんだけど、ちゃんと動いてくれないのは大いに困る。
「ミチ。作業中悪いがちょっといいか?」
 振り返ると、いつの間にか大将がそこに立っていた。
 華奢ではないが、無駄な脂肪がない健康的なボディに、すらりとした手足。一瞬まじまじと見つめそうになったが、本当にそれをやったら殺されそうな気がするので、慌てて視線を外した。
「しかし、お前だけコンピュータ室で絵を描いているから移動が面倒で仕方がないな」
 大将が画面を覗き込む。
 そこにはつい今まで描いていた、僕の作品が映っている。
「どうよ、これ結構カッコよくね?」
「私にはよくわからないが、ミチがそういうならそれでいいんじゃないか」
 あらら、つれない返事。
 まあ、無理もないか。僕の絵って、アニメとかに出てきそうなロボットとか戦闘機ばかりだし。野郎は食いついても女子受けするような代物ではない。なんでそんなの描いているのかと言われたって、メカのデザイン考えたりするのが好きだからとしか言いようがない。まあ、一言でいえば男のロマン?
「で、大将、何の用?」
「お、そうだった」
 大将が画面から目を離し、僕の方を見た。相変わらず美人というより凛々しい系の顔だ。
「明日、部活合同の予算会議があるのだが、先に今期の見積もりを出しておきたくてな。だから部に必要な備品とかないか一人一人確認しに来た」
「備品、か」
 僕は少し考えた。
「あ、ミチは学校のパソコンで絵を描くから特に必要なかったな。すまない、邪魔をした」
「いや、ちょっと待って! 結論勝手に出さないでちょうだい!」
 慌てて大将を引き留める。
「まさか何十万もするような本格的な機材が欲しいとかいうんじゃないだろうな? それはさすがに無理だぞ」
「いやいやいや、確かに魅力的だけどそこまで期待はしてないから!」
 僕はパソコンの周囲に目を泳がせた。あ、そういえばマウスの調子が悪いんだっけ。
「そうだ大将! ペンタブ! この際だからペンタブ買おうぜ!」
「ペンタブ?」
 大将が眉間にしわを寄せる。
「って、何?」
「え? 知らないの?」
 普通知っているもんだと思うんだけどなあ。僕は落ち着いて対象にペンタブがどんなものかを説明してやった。
 ちなみに大将は本当に知らなかったようで、「マウスの代わりにペンを使う」程度の説明では全く通じてくれなかった。
「けど、基本部活でパソコン使うのはお前くらいだろう」
 「いやいやいや、今はそうかもしれないけど、これから先はそうとも限らないっしょ。後輩3人組だって使うかもしれないし、特に藍ちゃんは漫画描くの好きだから絶対いつかはCG系にも手を出すと思うんだ」
「ふむ」
 大将が考え込むポーズをとった。お? もしかしてもうひと押しで行けるか?
「まあ単純に、僕としては良い作品を作りたければよい道具を使えって話だと思うんだよね。そのためにも超必要ってことで」
「しかし、よい道具はその腕に見合ったプロが使うべきじゃないのか? ミチの作品が悪いとは言わないが、達人の域に届いているとは思えん」
「いや、どんだけ話が飛躍してるんだよ!」
 一体大将は僕の説明でペンタブをなんだと思ったんだろうか。頭がクラクラしてきた。
「むしろ素人だからこそ、その腕をカバーするために良い道具が必要不可欠っしょ。本物のプロだったらどんな道具でも良い物作れそうだし」
「なるほど、正論だ」
 あっさり納得する大将。自分で提案しておいてなんだが、本当に大丈夫なんだろうか。
「で、予算会議って大将一人で出るの? 僕も出た方がいい?」
「いや、会計係を同席させた方がいいだろう。ミチは留守番を頼む」
 大将は、くるりと背を向けると、最後に「いい作品を期待する」と一言残して去って行った。
 この時、僕はまだ知らなかった。
 まさかその予算会議が原因で、とんでもない事態が発生してしまうことを。
 いや、あんなトンデモ騒動なんて例え著名な預言者でも予想できなかったと思う。

 

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