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来客。

七人七色 我が美術部主将(4)

 

「だからここは決め台詞が入るから、いっそ見開きでバーンと入れちゃってさ、アングルも俯瞰にしちゃったらどうよ?」
「うーん、それはいいんですけど俯瞰って描くの苦手なんですよね」
「ちょっと描けばコツつかめると思うよ。ここ3階だから窓の外見たらモデルは腐るほどあるし。まさに人がゴミのようだ状態でさ」
 そして、部活の時間。僕は次の作品のアイデアを練る傍ら、可愛い後輩たちの面倒を見ていた。
 今、アドバイスをしてあげているのが、マンガ好きの市原 藍(いちはら あおい)ちゃん。制作しているものもやはりマンガだ。あれ? 漫画って制作? それとも執筆っていうのか? まあどっちでもいいや。
 周りを見ると、不在である大将を除く全部員がそれぞれの作業に入っている。ヤマさんは一心不乱に粘土こねてるし、あかりちゃんは元気娘の方の後輩・志村 沙輝(しむら 沙輝)ちゃんと一緒にパネル作りの作業をしている。
 で、一人離れた場所でがりがりと鉛筆デッサンをしているのがちみっちゃい後輩男子の町成 翼(まちなり つばさ)だ。描いているのは何と、先日大将が被っていた、あの忌々しくてキモい例のマスクだ。教室に置いておけないという理由で、仕方なく美術室に保管してあるのだが、なぜ彼はそれを描こうとする。
 窓際に置かれた大将の絵は、昨日と同じ状態のまま、触られた形跡はない。
 予算会議だった一昨日を含めて丸三日も部活にいないからなあ。まだ半分しか色が入っていないその絵は、何処となく寂しげに見えた。
 などと、ぼんやり考えていると、ポケットに入れている携帯が振動し始めた。
 取り出してみると、クラスの友人からの通話だった。すぐに部屋の隅に移動して、電話に出る。
「もしもし、こちら道ノ倉」
「あ、ミッチーか? 今すぐこっちに来てくれ! とにかく大変で大変で」
「いや、落ち着けって。電話でこっちって言われても分かんないし」
「あ、ああ、そうだった」
 すーはーすーはー、と深呼吸している音が聞こえてくるが、ぶっちゃけ男の吐息なんぞ聞いても気持ちが悪い。
「で、用件は何さ?」
「それが」
 息を大きく吸うと、彼は興奮を必死で押さえながら言った。
「お前んとこの部長が武道場で大暴れしてるんだよ! 今!」
 一瞬、脳内が凍りついた感覚がした。
 うちの部長が武道場で大暴れ。うちの部長=大将。つまりそれは。
「えええええええええええええええ!?」

 

 だから人に迷惑をかける行動はするなとあれほど言ったのに! あれほど言ったのに!
下駄箱で靴をはきかえながら、僕は何度目になるか分からないため息をついた。
 だいたい予算の交渉に行ったんじゃないのか。何をどうやったら武道場で大暴れという流れになるのか。
 仮に交渉決裂で大将がキレて大暴れというオチだったとしても、無茶苦茶である。
 大将は、ああ見えても根っこは理知的で生真面目な人間だ。理不尽に対して怒ることはあっても、理不尽に暴力は振るわない。
 いや、ちょっと待て。
 武道場を使っている剣道部は、入部拒否をするほど大将を嫌っている連中だ。
 何かのはずみで一触即発! という事態もありえなくはない。なんか嫌な予感がしてきた。
 僕は、無理矢理気持ちを落ち着かせながら、外へ出た。
「ん?」
 少し進んだところで、足を止める。
 うちと違う制服の女子が、困ったように周囲をきょろきょろしているのが見える。
 制服が違う時点で他行の女子というのは分かるけど、一体何をしているんだろう。
「ねえ、もしかして迷子かい?」
 急いではいるのだが、明らかに困っている女子を無視するのは僕の紳士道に反する。野郎だったら放置するけど。
 相手は僕の方へ顔を向けると、一瞬警戒を露わにしたが、すぐに近づいてきた。
 ショートヘアに眼鏡という何処にでも居そうな顔立ちだったが、眼光はどこかとがった感じがする子だった。
「すみません、実は部の用事でこちらにお邪魔したのですが、迷ってしまって」
「ああ、うちの学校って建物がごちゃごちゃしてるからねえ。どこに行きたいの?」
「武道場なんです」
 なんか、思いっきり地雷を踏んだ気がした。
 なんでよりによって事件現場に来客なのか。
「あ、私、白樺(しらかば)学院高校剣道部主将の郡山 伊吹(こおりやま いぶき)といいます。今日はこちらの部長さんと合同練習の打ち合わせに来ました」
 しかも、部活つながりの関係者かよ!
 というか今どうなっているか分からない状態の剣道部にこの子を案内して大丈夫なんだろうか。
「何か、顔色悪いけど大丈夫ですか?」
 とはいえ、一度差し伸べようとした手を今更引っ込めるわけにもいかないし、そもそも行き先が一緒なのに無視するのも不自然すぎる。
 ああ、もうどうなっても知らない。僕は覚悟を決めるしかなかった。

 

「なんだ、道ノ倉君ってタメだったんだ。敬語使って損した」
 武道場へ案内する道中、客人である伊吹ちゃんは僕の不安など全く気付くはずもなかった。
 現場に着いたら大惨事に遭遇、という事態だけはどうしても避けたいのだがどうにもいい方法が浮かばない。
「というか道ノ倉君さ、さっきから挙動不審っぽい顔をしてるけど本当に大丈夫?」
「あ、いや、大丈夫だから、本当に」
 いかん、下手すると今の僕は変質者と誤解されそうである。とにかく話題を振ってごまかそう。
「そ、そういや剣道って厳しそうなイメージあるけど、部活は楽しい?」
「え? まあ、厳しいと言えばそうだけど、やっぱり好きな事だから自然と頑張れるかな」
 伊吹ちゃんが笑う。よほど好きなんだろうな、剣道。
「中学最後の団体戦の試合で大けがしちゃってね。チームは逆転勝ちしたんだけど、私自体は負けちゃったからすごく悔しくて。今の目標は、いつかその相手と再戦して勝ってやりたいってとこかな」
 うわあ、いかにも負けず嫌いな典型的な体育会系だな、この子。
「で、その相手がこの学校に通ってるって聞いたから、今から合同練習が楽しみで。ひょっとしたら今日会えるかも」
 僕には自分に大けが負わせた奴に再会、そして再戦したいという心理はさっぱりわからない。普通にトラウマものだろう。
「でも、大会とかでは全然見かけないんだよね。あれくらいの実力ならレギュラー余裕で取れそうだし、夏の大会も初戦敗退ってこともなかったでしょうに」
「まあ、僕には違う部の事情は分からないからなあ。同学年ならもしかしたら知っている奴かもしれないけど」
「名前ならちゃんと覚えている。というか、忘れたくても忘れられない」
 そうして伊吹ちゃんは、ワンテンポ置いた。
「北中の都 喜衣乃。それがそいつの名前」
 最大級の地雷が、脳内で大爆発を起こした。

 

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