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やっぱこうなった。


七人七色 我が美術部主将(6)

 

 意外すぎる返事に、僕は驚くしかなかった。
「な、なんで?」
 つうか、大将は中学時代(そして今のを見る限りでも)めちゃくちゃ強い選手だったはずだ。
 それだけの才能と実力があるのに、あっさり捨てていいものなんだろうか。
「もしかして、剣道が嫌いになったとか、そういう話なのか?」
「いや、そうじゃない。現にさっきの30人斬りは楽しかった。あ、今のは変な意味はないぞ」
 多分変な意味であっても違和感ないと思う。言わなかったけど。てか、30人もいたのか、剣道部。
「剣道は今でも嫌いじゃない。ただ、他の人間に迷惑をかけてまで続けるとなると、な」
 そういうと、大将は天井を見上げた。
「中3の最後の大会でな、相手に選手生命をきたすほどの怪我を負わせてしまってな。もちろん故意でやったわけではないが、相手校から非難と罵倒の声を浴びせられて、結局うちの学校はそれに動揺して負けてしまったんだ」
「大将……」
「相手に大怪我負わせた挙句、自軍の士気を落として敗北させたのは私の責任だ。そういうこともあってか、剣道とはしばらく距離を置くことにして、高校の部活では人に迷惑をかけない範囲でのやりたいことをやろうと思った。絵を描くって前から興味があったしな」
「そう、だったのか」
 あれ? ん? ちょっと待てよ?
 なんか忘れているような。それも結構重要な事を。
 「それ」が何なのかを思い出す前に、答えの方が先に飛び込んできた。
「ちょっと、それどういう事!?」
 郡山 伊吹ちゃんが、室内の入り口に立ち尽くしていた。
「道ノ倉君が全然戻ってこないから変だと思ったら、まさか都 喜衣乃がいたなんて」
「い、伊吹ちゃん」
 どこまで話を聞かれたのか。いや、それよりもなんで僕はそんな大事な事を忘れていたのか。
 大将の言っていた、「中3最後の試合で大けがを負わせた相手」というのは間違いなく伊吹ちゃんの事だろう。そして、伊吹ちゃんの目の前には、彼女がリベンジしたくてやまない相手がいる。
「誰? ミチの知り合い?」
「ついさっき自分で言ってたでしょ! 中学時代に大けがを負わせたって!」
 ずいぶんいい度胸をしているなと、怒り任せにまくしたてる伊吹ちゃんに少しビビりながらも、僕は小声で大将に「なんで顔覚えていないんだ」と突っ込みを入れる。すると大将は、「試合中は面を付けていたから素顔は見ていない」と尤もな答えが返ってきた。
「郡山 伊吹。白樺学院高校剣道部主将。2年前にあんたに敗北して重傷を負ったって言えばもう完全に思い出したでしょ?」
 大将の目が見開かれ、一気に顔から血の気が引く。
 無理もない。故意でないとはいえ、かつて自分が傷つけた相手が目の前に現れ、迫っているのだ。僕だってどう対処していいのかわからない。
「どうりで高校の試合や大会で見かけないと思った。剣道部じゃないんだからいるはずがないんだもの。剣道から離れる? 何それ? 償いのつもりなの?」
 こ、これは何を言っても通じそうにない。
 だけど、何かフォローしないと、何とかこの険悪なムードを変えないとまずい。
「あのさ、伊吹ちゃ」
「道ノ倉君。都 喜衣乃が剣道部じゃないというのを知ってて黙っていたなんて、いい根性しているね。すごくがっかりだわ」
 うお、そこをつつかれると反論できない。というか、こうなるのが嫌だから言い出せなかったんだけど。
「私は、リベンジしたくて必死だったのに! リハビリも練習も人一倍やって首相にまで上り詰めたのに! ふざけんじゃないわよ。私の努力が無駄になっちゃたじゃない。 何勝手にやめてるのよ! そんなくだらない同情で剣道諦めないでよ! 美術部なんかに逃げないでさ!」
「やめるんだ!」
 僕は、声を張り上げて伊吹ちゃんを制止した。
 そこから先の弁明など全然考えていない。
 ただ、大将を責める言葉を聞き続けるのは耐えられそうになかった。
「その、言いたいのは分かるけど、大将本人が決めた事はどうにもならないだろ」
「ミチ……」
「それに大将はああ見えても美術部部長だし、部で一番真面目だし、絵だって最初の頃よりかは上達しているし、でも、なんでか腕っぷしも強いし、なんでかペンタブの存在知らなかったり、なんでか常識外れだったりするけど、ちゃんとした美術部員だ。うちの部は誰も『美術部なんか』と言われるような安っぽい部活動なんかしてないし」
 自分で言っていて訳が分からない。言い訳を考えながらしゃべっているからグダグダだ。
「何が言いたいわけ?」
「いや、これはその、つまり、一言で言うならば」
 僕は少しだけ、大将の顔を見た。
 もう何も言われても仕方ないという諦めと、全てを受け止める覚悟を決めた顔だった。
 だからこそ、助けてやらないと。
「大将は僕らにとっては大事な部活仲間だ。たとえ、美術より剣道の方に才能があったって、過去に何があったって関係ない。だから大将が考えた末に決めた道を、僕らが肯定しなくてどうする? やり方はともかく、部の予算のために一人で戦うような奴だぞ。だから、大将のことを悪く言わないでくれ」
 無理矢理だが言い切ってやった。
 伊吹ちゃんは目を丸くしてこっちを見ていたが、やがて投げ槍気味に「もういい」とつぶやいた。
「馬鹿みたい。というか馬鹿じゃん。私一人が空回って、すごく馬鹿みたいな気分。これまでの私の努力はなんだったのさ」
 やり場のない怒り、という奴だ。
 確かに、目標だと思っていた人物が自分と全く違う価値観で、その目標ですら蓋を開けてみればただの独りよがりだと思い知ったときのショックは何に例えていいのか分からない。
「わかった」
 それまで沈黙を守っていた大将が、口を開いた。
「ならば、今から私と一本勝負しろ」
「え?」
 僕と伊吹ちゃんが同時に驚きの声を上げた。
「何を驚いている。それしか解決方法がないだろう」
 ただし、手加減はできないが、と大将が付け加える。
「大将、何勝手にそんなの決めちゃってんだよ!」
「今了承を取ってるだろう。勝手には言ってない。で、どうする? 恐らく再戦のチャンスは今しかないぞ?」
 いや、僕は大将がぶちのめした剣道部員に了承を取ったのか、と言いたかったんだけど。まあ、いいか。
「やる!」
 伊吹ちゃんは迷うことなく、きっぱりとそう答えた。
「ただし、私も手加減はしない。やるからには腕の一本や二本は覚悟なさい!」

 

 しばらくして、剣道部から予備の用具一式を伊吹ちゃんのために貸してもらい、ついでに二人の勝負も許可してもらった。
 あの堅物で融通の利かない剣道部がそれを許可したのは驚きだが、強引なわがままが通った理由は、客人である伊吹ちゃんをすっかり忘れて放置してしまったという剣道部の過失によるお詫びである。
 何気に、伊吹ちゃんが大将をボコボコにしてくれるという期待もこもっていそうな気がするが。
 僕は、正直さっきみたいな巻き添えは嫌だったので帰りたかったのだが、二人を放置するわけにもいかなかったので、安全そうな場所から見守ることにした。いざという時にすぐ逃げられる体勢でいることは忘れない。
 そして、審判の合図とともに因縁の対決は始まった。
 重ねて言うが、僕は剣道にはあまり詳しくない。
 正直ルールも曖昧にしか把握していないので、普通の試合を見ても何がどうすごいのかも分からない。
 うん、普通の試合だったら。
 僕が見た光景は、聞き取り不明の甲高い奇声と、常に光速の勢いで竹刀を振り回す女子高生×2だった。
 光速というのはオーバーな表現ではなく、マジで全然目で追えないのだ。
 時折、竹刀と竹刀がぶつかり合う音と風を切り裂くような音が聞こえてくるのだが、何がどうなっているのかさっぱり分からない。
 二人の立ち位置も目まぐるしく変わるので、どっちが優勢なのかもさっぱりだ。
 てか、完全にこれ、人類の動きを超越してないか?
 うん、まあ、素人視点で一言で表すのならば。

 

  超次元剣道。

 

 

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