七人七色 フラストレーション・ハレーション(1)
一体誰が言い出したのか。女は陰口をたたく生き物だ、と。
友達同士の会話とかでも、何の前振りもなく「あの人ムカつくよねー」と言い出して、一方的に一人で盛り上がっちゃって、気が済むまで愚痴を吐いた後、「あなたもそうおもうでしょ?」と強引に同意を求めてくる。特に中学時代、よく遭った災難だった。
その点、男はそういう事がないのでいい。人間関係とかさっぱりしているし、そもそも陰口そのものが男らしくない、という一種の美学にもなっているし。
だなんて、誰がそんな適当な事を言い出したのか。
まあ、高校上がるまで男子とあまり会話したことがなかったから、その説が大嘘なんだということを思い知ったのは最近の事だけど。
つまり、結論だけ言うと、悪口や陰口を言う行為に男女の差などないということである。
「あの野郎、いつかシメ上げる」
文化祭実行委員の打ち合わせ終了後、何の前振りもなく物騒な事を呟いたのは実行委員長を務めている2年の区賀 周一(くが しゅういち)先輩だった。
「まったく奴ときたらどこまで非協力的かつ反抗的なんだ。皆が一丸となっている時に一人だけサボるとか神経が腐っているとしか思えん」
本人は独り言をつぶやいているつもりなんだろうけど、声が大きすぎて丸聞こえだ。
「これだから芸術系気取りの奴は。自由気ままとか適当な事を言っておいて現実では自己中でわがままで、しかもそれを正当化しようとするただのカスだ。そもそも協調性がない時点で社会にとっても害悪だ」
ああ、なんだか本人以外にも色々敵に回しそうな事まで語り出した。と、思ったところで先輩と目が合った。
「ああ、すまん、市原(いちはら)さん。別に君のことを言っているわけじゃないんだ」
「ええ、分かってます」
「しかし君も部活であんな奴が先輩だと苦労するだろう。心底同情するよ」
「い、いえ、うちは部長がしっかりしているので」
愚痴に同意を求められた時の対応ほど面倒な物はない。肯定しても否定しても後々が怖いし。
「ああ、都(みやこ)さんが部長だっけか。あの人はなんだかんだでしっかりしているからな」
そして区賀先輩は大きなため息をついた。
「それに引き換え奴ときたら。もはや一回死んで来いと言いたくなるレベルだな。むしろ存在自体を否定したくなる。本当、市原さんは気の毒だよ」
再び愚痴の続きが始まった。
しまった。退出のタイミングを失くした。これだと区賀先輩の愚痴が終わるまで部活に行けないじゃない。
そして、先輩の愚痴が長々と続く。というより、先輩の気が晴れるまで同じ話題がひたすらループしている。
というか、先輩は、いや、人の悪口を言う人は気づいているのだろうか。
他人の悪口を言う人間は、大抵その相手からも同じことを言われているという現実に。
「あいつくたばればいいのに」
部活中、何の前振りもなく物騒な事を言い出したのは副部長である道ノ倉 橙也(みちのくら とうや)先輩だった。
「また唐突に何を言い出すんだ」
半分呆れ顔で突っ込みを入れたのは山県 公斗(やまがた きみと)先輩。
「あ、悪い、つい口に出しちゃった」
はははと笑いながら道ノ倉先輩が、自分が今描いているデッサンから目を離し、山県先輩の方を見る。
「いやさ、ムカつく奴が一人いるだけで空気悪くなるって話よ。あ、部活じゃなくてクラスの話だからな。僕、部活ラヴだから」
そして、道ノ倉先輩は誰も頼んでもないのに一方的に話し始める。
「大体世の中の体育会系はバカなくせに権力持ちたがるのが始末悪い。器小っちゃいのに偉そうにしてさ、自分の考えを他人に無理強いさせるような奴が社会を駄目にしてるんだ」
なんかついさっきも似たような愚痴を別の先輩から聞かされた気がするのは、どう考えても気のせいではない。
「そう思うだろ?藍(あおい)ちゃん」
「へ? えっ?」
てか、いきなりなんで私に振るんですか。
「市原、スルーしていいぞ。こいつは甘やかすとろくな事にならないから」
すかさず山県先輩のフォローが入る。助かった。また似たり寄ったりな愚痴を聞かされたらたまったもんじゃない。
「けど藍ちゃんって文化祭の実行委員だろ? あんな奴が先輩だったら大変だよなー。何かあったら言いなよ?」
なんかついさっきも似たような以下省略。
「あー、マジ本当、死ねばいいのに、あの野郎」
途端、べしっという音がして道ノ倉先輩が頭を抱えてうずくまった。
何事かと思いきや、いつの間にか部長の都 喜衣乃(みやこ きいの)先輩が、音もなく道ノ倉先輩の背後に回ってチョップをかましていた。
「軽々しく人に対して死ねとか言うもんじゃない」
「た、大将」
どういう由来なのかは知らないけど、喜衣乃先輩は一部の男子生徒から『大将』と呼ばれている。女の子らしくないあだ名なのに妙に似合っているのが不思議だ。
「というかお前だけだぞ、デッサンの課題終わっていないのは」
喜衣乃先輩は特徴的な長いポニーテールを揺らしながら道ノ倉先輩を睨み付ける。それだけでピリリと空気が張り詰められるような迫力だった。
「全く。小学校で習っただろう、死ねとか軽々しく言うなって」
「いや、だけどさ」
「つべこべ言うな。先生に言われたことくらいあるだろう。『死ねって言った奴が死ね』って」
「え」
私と道ノ倉先輩、そして山県先輩が同時にそう反応した。怪訝そうな顔をする喜衣乃先輩。
「いやいや、大将、それはない! なんだよ、その死ねと言ったら死ねって!」
「え? 違うのか?」
「全否定はしないけど何か違う!」