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美術部一年生ズ。


  七人七色 フラストレーション・ハレーション(2)

 

 10月に入ってからめちゃくちゃ忙しくなってきた。
 まず11月頭の文化祭に向けて、クラスの出し物と部活の出し物の準備。クラスの方は協力し合ってどうにかなりそうなのだが、問題は部活の出し物である。
 私の場合、最初はコミックアート(まあ簡単に言えば漫画絵)を何枚か描いて展示する、という予定だったのだが、顧問の国木田先生が私の描きかけのネーム(漫画の下書きメモみたいなやつ)を見つけて、「いっそ漫画一本描いて発表しよう。その方が絶対インパクトあるし、いい記念にもなる」の一言によって、私の出展物はストーリー漫画に変更された。
 まあ、何も考えずそれに乗っかった私が悪いんだけど、何せ描きたい題材を詰め込んだせいでページ数が50を余裕で越えてしまったのだ。単純に言ってしまえば50枚絵を描くのと同じである。労力が半端ない。9月中にどうにか30ページ分は仕上がったのだが、手直しも色々あるのでスケジュール的にもあまり余裕がない。
 そして、文化祭の前に中間テストという大きな難題が待ち構えている。最近授業難しくなってきたし、それに伴って課題の量も増えてきた。考えるだけで頭が痛い。
 文化祭準備と課題。優先順位が拮抗しているこの二つを同時進行でこなしていかなければならないというきつい状態の中、これまた面倒くさい厄介事を持ち込んでくる人間がいるっていうわけで。
「藍ー。この間の無事入稿できたよー。これで次のオンリーイベントに出せるわ」
 クラスメイトの郷田 小春(ごうだ こはる)。彼女とは、入学当初同じ漫画やアニメが好きというきっかけで友達になったのだが、正直今では若干後悔している。
 いや、趣味は同じなんだけど、その趣味の捉え方が全然違うというのがちょっと。けして悪い子ではないのだが、やや空気が読めないのが難点で。
 ちなみに小春の言う「入稿」というのは分かる人には分かるけど、同人誌の事である。それも二次創作の。
「けど欲を言えばもっと絡みのある絵の方がよかったんだけどね。エロとまではいかなくても妄想掻き立てる要素がもっとほしいというか」
 小春の言わんとしている事は分かる人には分かるだろうけど、正直私の口から説明したくない。精神衛生上口にするのも辛い。
「ごめん、そういう絵はちょっと描けないから」
「えー、藍、美術部じゃん」
 多分部の誰も描けないと思う。むしろ注文受けた時点でドン引きだよ。
「小春、もしかして今更描き直せって言わないよね?」
 そうだったら冗談じゃない。こっちは散々渋ったのに、小春が「イラストカット一枚だけでいいからー」としつこく食い下がるので仕方なくカツカツのスケジュールの中、夜更かしして描き上げたのだ。文句を言われる筋合いはこれっぽっちもないと思う。多分。
「大丈夫、もう入稿したって言ったじゃん。その代わり年末に出す本でよろしく!」
 私が描くのはもう決定事項なのか。私はあんたの便利屋じゃないのに。
そもそも何が悲しくてあんたの妄想に付き合わなきゃならないのか。原作設定を捻じ曲げ、あるはずのない人間関係を生み出し、ありえない恋愛妄想を形にして何が楽しいのかさっぱり分からない。
 それで面白いものができるのなら文句はないんだけど、小春が作ったものはいつも偽物感と違和感だらけの産物だった。
「あ、今度は違うカプに挑戦するつもりー。本誌でも新キャラ出てきたし」
 いや、新キャラ出てきたからって挑戦するな。
「相手は王子とか似合いそうなんだけど。絵的に」
 絵で決まるな。というか、その基準が意味不明だし。
「いっそR16くらいにしようとしてるんだけどー」
 いや、あんた早生まれで誕生日まだ先じゃん! 作り手が年齢制限引っかかってどうする。
「まあ、予定は予定だから考えといてよ、構図」
 言いたい放題言うと、小春は手をひらひら振りながら自分の席へ戻っていった。
もう、いろいろ突っ込みたい。
 何がって、何一つ小春に言い返せない、突っ込めない自分自身に。

 

「だーかーらー。嫌なら断ればいいのに。どんだけお人よしなんだか」
 放課後の部活。
 私がひたすらにらめっこしているプリントの束を見ながら、同じ一年の美術部員である志村 沙輝(しむら さき)が声を上げた。
「だって実行委員の仕事なんだから仕方ないじゃない。他にやる人いなかったし」
「その実行委員だってどうせ誰かに押し付けられたも同然だったりして」
 図星だった。私が言葉に詰まると沙輝は困った顔をしながら話を続けた。
「なーんか藍ってあんまりわがまま言わないよね。ナリ君みたいに自己主張がないわけじゃないけど、何があっても文句ひとつ言わないというか」
「そう、かな?」
 私は首をかしげた。
 あ、ナリ君というのは私たちと同じ美術部一年生の町成 翼(まちなり つばさ)という男子の事だ。悪い子ではないが、無口で何を考えているのか分からないところがある。
「何かに対してムカつくーとか、思ったりしない人間はいないんだからさ、たまには言いたいことをガツンと言ってもばちは当たらないと思うよ。でなきゃストレスたまって爆発して大変な事になるよ」
 そうは言っても、そういうのが苦手な人だって世の中にはいっぱいいる。
 私はため息をついて、横を見た。少し離れた場所で先ほど話題に出た町成君が水彩画を描いている。なんだかパッと見、画面がやたら赤いんだけど一体彼は何を描いているのだろうか。
 そう思っていると、私の視線に気づいたのか町成君が不思議そうな表情でこちらを見た。が、興味がないのかすぐに視線を戻して作業に戻る。
「とにかく何が言いたいかって言うと」
 沙輝の言葉を遮るかのように、美術室の戸がガラガラと開いた。
「奴はいるか?」
 少し怒りのこもった声とともに姿を現したのは、区賀先輩だった。
「区賀、部活中だ。無遠慮に入ってくるのは勘弁願いたい」
「ああ、すまない都さん」
 喜衣乃先輩に指摘され、区賀先輩が素直に謝罪した。
「ミチなら別のところで制作作業中だ。用件があるなら伝えておくが」
「いや、悠長に伝言するような用事じゃない。奴め、クラスで文化祭の準備をせねばならんというのに一人だけサボりおって」
 区賀先輩が盛大なため息をつく。これは相当怒っている。間違いない。
「準備の連絡が行き届いていないだけでは?」
「いや、HRでクラス全員に連絡したし、文化祭までのスケジュールは班ごとに、何をいつまでにやるのかを俺の方で管理している」
 そこまでやってるんだ、区賀先輩。
「そもそも一度だってまともに顔を出さんのが気に食わん。皆だって忙しい中やる事をやっているというのに、根性がおかしいとしか言いようがない」
「そんなに来ないのなら放置すればいいだろう。いないと困るのか?」
 横から山県先輩が口を出した。
「他の皆が頑張っているのにそれでは示しがつかんだろう。あいつの馬鹿さ加減は昔っから変わっていないな。まあいい、邪魔をした」
 区賀先輩はそう吐き捨てると、美術室を後にした。
「何をやってるんだ、道ノ倉は」
 山県先輩に同意だった。いくら区賀先輩と仲が悪いとはいえ、道ノ倉先輩の行動は完全に嫌がらせのレベルだ。
「ねー、ヤマさん先輩。今、昔からって言ってたけど、あの二人ってひょっとして同中ですかー?」
 沙輝が手を振ってアピールしながら言った。
「らしいな。二人とも典渓(てんけい)中学って言ってたが。あれ? 市原も典渓中じゃなかったか?」
「え? あ、はい」
 とはいえ、上級生の男子の事など把握していなかったから、中学当時は全く面識などあるはずもなく、同中だったという事実を知ったのは高校入って知り合ってからだったのだが。
「もしかして、中学時代からあの調子なんじゃ」
「聞いた感じそれっぽいな。部活も一緒だったとか言ってた」
 相当ギクシャクした部活だったんだろうな、と思うと当時の部員達に同情すら覚えてしまう。
「んー、でもミッチーと区賀君が仲悪いのはどうでもいいんだけどさ、ゴタゴタをこっちに持ってくるのはよくないよね。ミッチーが行事サボるたびに殴り込みに来られるのもちょっと勘弁だし」
 そう言ったのは2年生の甲府(こうふ)あかり先輩だ。
「というか、藍ちゃんって区賀君と同じ実行委員だよね?」
 あかり先輩が私の方を見た。なんかちょっと嫌な予感がする。
「そ、そうですけ、ど?」
「それとなくでいいからさ、区賀君にミッチーの事あんまり怒らないでほしいって言ってほしいな。ほら、ミッチーって頭ごなしに言えば言うほどへそ曲げるタイプだから。ミッチーはこっちで説得するよ」
「ええっ! ちょっとそれは無理ですよ」
 区賀先輩に苦言を言える勇気なんてないし、しかもそれを先輩が素直に受け入れてくれるとも思えない。
「大丈夫大丈夫。先輩からの伝言だってそれとなーく言えばいいから」
 あかり先輩はニコニコ笑っている。流れ的に断れそうにない。
「い、言うだけ、なら」
「またホイホイと引き受けちゃって」と言いたげな沙輝の痛い視線を感じつつ、私はそう言うしかなかった。

 

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