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王子などいない。


  七人七色 フラストレーション・ハレーション(3)

 

 とはいえ、どう切り出したらいいものか。 翌日の委員会議で私はずっとその事ばかり考えていた。
 夕べ遅くまで漫画描いていたのもあって、頭がフワフワする。小春からの同人誌の依頼も結局断れなかったし。注文通りの絵は絶対描いてやらないのがせめてもの抵抗だけど。
 会議終了後、私は区賀先輩の所へ行き、昨日頼まれたプリントの山を渡した。
「ありがとう、助かったよ」
 昨日とは違い、区賀先輩の表情は柔らかい。今は機嫌がよさそうだが、思い切って昨日あかり先輩に言われたことを言ってみようか。でもいきなり機嫌損ねたらどうしよう。
 などと迷っていると、区賀先輩の方から話を切り出してきた。
「昨日はいきなり部活中に乱入して悪かったね。さすがに他の部員達にも迷惑だっただろうと心配していた」
「い、いえ。そこはみんな気にしてなかったから大丈夫です。それに、原因は道ノ倉先輩のサボりでしたし」
 あれ、意外とすんなり解決しそう?
「しかしなぜ奴は昔からこうなんだ。何かと人の足引っ張って、全体の邪魔ばかりして」
「昔からって、中学の部活からですか?」
「誰からその話を聞いた?」
 途端に先輩の表情が硬くなる。しまった。また余計な事言っちゃった。
「いえ、区賀先輩と道ノ倉先輩が中学時代同じ部だったって話を聞いただけで詳しくは」
「そうか」
 区賀先輩は十秒ほど沈黙した。それから忌々しげに語り出した。
「中学時代はテニス部でな。入部当時は弱小ともいえるチームだった。俺はそんな部を勝たせようと必死で練習した。いや、練習だけじゃない。俺は自分の熱意を他の部員達にも伝え、練習メニューの見直しや、相手校の偵察、作戦会議などとにかくやれることはやっていたという感じだった」
 まるでスポ根系漫画の主人公だ。リアルに居るとは思わなかった、こういう人。
「なのに、奴ときたら俺の熱意も苦労も努力もあざ笑うの如く何処までも不真面目だった!」
 いきなり先輩の口調が荒くなった。
「人一倍練習が必要なのに自主練にも来ない、人の話にいちいち突っかかっては全体の士気を下げる、そもそもやる気がないのが態度に見え見えだ」
 うわあ、という感想しか出てこなかった。
 道ノ倉先輩の中学時代って、どれだけ素行が悪かったんだ。確かに今は真面目かときかれたら疑問だが、今の先輩を見ていると少なくともやんちゃするほどの度胸があるようには思えない。同じ学年の人から「ヘタレナルシスト」とか言われているらしいし。
「ある日奴が部活をやめると言い出して来てな。全く勝手な話だ。俺が気に食わないという子供じみた言い分など情けないにも程がある。それでも結局、俺の説得には耳を貸さず奴は退部した。部員達とのしこりを山ほど残してな」
 先輩の昔話はそこで終わった。
 道ノ倉先輩に関して色々言いたいことはあるが、思ったことはただ一つ。
 どんだけひねくれてるんですか、道ノ倉先輩!!

 

 私はどんよりした曇り空のような気分で教室に戻った。
 区賀先輩の話だと、どう考えても非は道ノ倉先輩にある。
 だけど、それは既に終わってしまった話だ。今更それについて道ノ倉先輩に謝罪を求めたところでどうにもならないだろうし、間違いなく道ノ倉先輩はへそを曲げる。
「あれ? 藍、どうしたのー?」
 教室の入り口からひょっこり顔を出したのは小春だった。
「ちょっと荷物取りに。小春こそなんで?」
「忘れ物―。そんでどうしたの? そんな浮かない顔をして」
 私はそんなにわかりやすく顔に出るタイプなのか。地味にショックだ。
「いや、まあ、ちょっと人間関係の板挟み状態って大変だわって思っただけ」
「三角関係?」
「違うって。性格が正反対すぎるから苦労するって話」
「んー、まあ組み合わせによっては全然ありだと思うけど」
「何考えたか知らないけど、たぶん違う!」

 

「あ」
 美術室へ向かう途中、廊下で道ノ倉先輩がクラスメイトらしき女子と話し込んでいるのを見かけた。
 相変わらず道ノ倉先輩は格好つけているようでヘラヘラしていて、相手の女子も苦笑いしつつ、道ノ倉先輩からクリアファイルを受け取り、やがて別れた。
 しかし、よく考えたら実行委員に思いっきり反発して堂々とサボっているのだったら、クラスの中で相当浮いてるんじゃないだろうか、というか絶対叩かれる。大丈夫なんだろうか、先輩。
「あれ、藍ちゃん?」
 先輩が私の方に気づいた。
「なんか浮かない顔してるけど、奴に何か言われた?」
 ここで言う、「奴」は区賀先輩の事なんだろうけど、それはさておき、本当に私は分かりやすい人なんだろうか。そんな風に言われたの今日で2回目、昨日の沙輝の分含めると3回目だ。
「え、いえ、私のことは何も言われていませんけど」
 どうしよう。区賀先輩が色々言っていたことを話すべきだろうか。でもなんだか、告げ口しているみたいで気が引けるけど、黙ったままだとモヤモヤしっぱなしだし、
「ま、どうせ悪口だろうけど」
「え?」
「自分の思い通りにならない人間がいると癇癪起こすようなガキなんだよ、奴は。昔からそうだった」
 またも出てきた「昔からそうだった」というフレーズ。
 性格は正反対なのに発想は一緒なのか、この2人。
「あの、もしかして昔っていうのは中学時代の部活からってことですか?」
 本日二度目になる切り返し。自分でも顔が引きつっているのが分かる。
「そう! って、僕、中学の部活の事って言ったっけ? まあいか」
 そして、道ノ倉先輩は続きを言うかどうか迷っているそぶりを十数秒ほど見せた後、語り始めた。
「中学時代はテニス部でさ、最初の頃はスゲー楽しかった。あんまりうまくなかったけどさ、サーブで一発で決めたり、ラリーとか続いたりするとああ、上手くなってるなー、って実感したりさ。ほら、絵とかでも一緒だろ? うまく描き切ったときの充実感」
「ああ、分かる気がします」
「それが奴が部長になった途端、一変してさ。せっかく今まで楽しくやってきた部活をスパルタン一色にしやがった。無茶振りばかりの練習、何かにつけて飛んでくる罵声、勝手に作った押しつけがましい部の規則。破ったらモラルハラスメントまがいの嫌がらせとか日常茶飯事だったし」
 あれ? なんか区賀先輩の言っていることと違う?
「大体自主練が強制参加って根本的におかしいだろ。プライベートとかガン無視、皆が皆、学校生活が部活中心に回ってるわけじゃないっての。で、あまりにもそれがひどかったからある日言ったんだよ」
「もしかして、退部するとかですか?」
「ザッツライト、よくわかったね」
 まあ、区賀先輩の話を事前に聞かされちゃったんだし。
 確か説得を頑張ったけど、道ノ倉先輩は耳を貸さずに険悪な空気の中、結局退部したという話だっけ。
「だって、こんな出る気も失せる部活なんてつづけたって仕方ないだろ。なのに周囲の士気に関わるから辞めさせないとかふざけた事抜かすし。自分の都合でしか考えてないんだよ、そいつは。何が何でも思い通りにしたがるし」
 道ノ倉先輩は忌々しげにため息をついた。
「結局辞めたけどその後が大変でさ。上履き捨てたれたりとか机に糊ぶちまけられたりとすげええげつない嫌がらせされてさー。先生の対応が早かったからすぐ犯人捕まったけど、やったの他のテニス部の連中だった。部をやめた腹いせとか意味わかんないし」
 まさかそんなことになったなんて、思っても見なかった。区賀先輩の言っていた、山ほど残した部員達のとのしこりってこの事だったんだろうか。
「で、でも区賀先輩が嫌がらせするような卑怯な人とは到底思えませんけど」
「実際否認してたけどな。たとえ直接手を下してなくても、嫌がらせという事態を引き起こした原因は間違いなく奴だ。奴のせいで部の方針に従わない奴イコール悪という空気を作り出してしまったんだし」
 私は何も言えなかった。これじゃどっちが悪いかなんて判断もできない。ただ、互いの考え方が全くかみ合っていないうえ、修復しようがないところまで溝が深くなってしまっている。
「まーそんなわけで僕はああいう体育会系が大嫌いだ。ついでに言うとそういう体制を作っている運動部も。って、藍ちゃん。顔引きつってるけど大丈夫?」
「い、いえ、大丈夫です」
 引きつってるつもりはないのだが、たぶんそう見えちゃうんだろう。あまりにも体育会系の徹底した嫌いっぷりは正直引いたけど。
「あれ、でも喜衣乃先輩は? それを言ったらあの人もバリバリの体育会系なのに」
 経歴だけでも元剣道部の名選手。その驚異的運動能力は、美術部に置いておくのが宝の持ち腐れと言えるくらいだ。性格も生真面目で、規律だって割と厳しい方だし、こう言っちゃなんだが道ノ倉先輩とは正反対ともいえる人である。
 なのに、部活内では片方がもう片方に突っ込みを入れたりすることがあっても、決して仲が悪いようには見えない。むしろなんだかんだでバランスがとれている気がする。
「全然違うよ、藍ちゃん」
「へ?」
「奴と大将は決定的に違う。むしろあんな奴と比べること自体大将に失礼だ」

 

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