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黄昏ヒーロー?


  七人七色 フラストレーション・ハレーション(6)

 

 道ノ倉先輩はじゃりじゃりと地面を踏みながら、不良生徒たちとは少し離れた位置で立ち止まった。
 そして、指先をびしっと校舎の上の方へ向ける。向けた先にいるのは区賀先輩だ。
「ったく、女子がピンチって時に上からギャーギャー騒ぐだけか、お前は!」
「何だと! いきなりしゃしゃり出て言う事がそれか!」
「だからとっとと人呼んで来りゃいいのに何もたついてんだって話だ! 本当、お前空気読めないな!」
「後から出てきて何偉そうな口を叩いてるんだ! お前こそ空気読め!」
 いや、2人とも空気読んでください。というか、なんで二人とも不良差し置いてまた口論し始めてるのか。
 しかも位置的に2人の距離が離れているため、声のボリュームがさっきより大きい。
 本当に、この2人が絡むとろくでもない方向へ流れてしまうんだと、改めて悟った。
「てか、お前もお前だ!」
 道ノ倉先輩は、不良生徒たちに連れてこられたいじめられっこの方へ向き直った。彼は少し離れた場所でがくがくに震えている。
「とばっちりで女の子が危険にさらされてるんだぞ。なんで見てるだけなんだよ。震えてないで動けって!」
「で、でも」
「でもも何もあるか! 自分のせいじゃないとか、行動する勇気がないとかそんな事言ってる場合じゃないだろ、この局面は!」
 弾かれたようにいじめられっこが走り出した。
「てめえ、何勝手なことしてんだよ!」
 男の一人がつかつかと道ノ倉先輩の方へ詰め寄る。そして先輩は距離を取りながら「勝手なのはお前らの方だろ!」と悪態をつく。
 あれ、道ノ倉先輩がなんかいつもよりも頼りがいありそうに見えるんだけど?
 だって、不良に特攻し、空気を読まずにあの状況で区賀先輩と口論し、いじめられっこに発破をかけるとか普通の人間の度胸ではできるはずがない。私は絡まれた時点で頭が真っ白になってパニックになってたのに。
 区賀先輩の言う、口先だけの身勝手で、協調性のないヘタレではないんだ、道ノ倉先輩は。正直、見直した。
 と思ったのはたった一瞬だった。
「逃げんなあああああ!」
「逃げなきゃ殴るだろ、お前!」
 どう見ても逃げ回っている道ノ倉先輩を追い回す不良男という光景である。
「やっぱりヘタレじゃないか! 真面目に戦え!」
 上から区賀先輩の罵声が飛ぶ。
「無茶言うな! 僕、平和主義だし!」
 そのままゴミ捨て場の出口へと走る道ノ倉先輩だったが、校舎の角近くで何かに躓いて、派手にすっ転んだ。
「げ。やば」
 起き上がる暇もなく、先輩に向かって蹴りが振り下ろされる。私は思わず目をつぶった。
「ぐはっ!」
 うめき声に近い悲鳴と共に、ドサリと何かが崩れる音がした。
 え? 崩れる音?
 この局面で何が崩れるのか。だって道ノ倉先輩は倒れている状態なのに。
 目を開いてみると、そこのあった光景は、地面に伸びている不良生徒と、高く足を振り上げた都 喜衣乃先輩だった。
「無事か、ミチ?」
「間一髪。てか、もうちょっと早く来てほしかったな」
 そして喜衣乃先輩はつかつかと私の前にいる残りの不良の眼前にまで迫った。
「よくもうちの部員を危険な目に遭わせたな」
 背筋に冷たいものが走った。私は未だかつてここま怒った喜衣乃先輩を見たことがなかった。元々釣り目気味の瞳はさらに吊り上り、肩は完全に怒り肩。この世が漫画の世界だったら、絶対全身からオーラがほとばしっているに違いない。
「な、何だこの女、いきなり入ってきて!」
「部員たちを助けに来た」
「は? 何言ってんだ、この女」
 不良たちはそんな彼女の怒りには全く動じない。というより、空気すら読んでいない。
「一回痛い目に遭わせてやろうか、おい!」
 言うや否や不良の一人が喜衣乃先輩に襲い掛かった。
 だが、彼女はあっさりそれをかわすと、そのまま勢い任せに相手を投げ飛ばした。
「て、てめえ!」
 残りの連中も喜衣乃先輩を襲うが、十秒もしないうちに返り討ち。あっさり地面に倒されていた。
「今すぐ立ち去れ。さもないと、冗談抜きで病院送りにするぞ」
 私は生まれて初めて本物の殺気を見た。それが自分に向けられているものではない事に心底、本当に心の底からよかったと思った。
 だって、それほどまでに喜衣乃先輩は怖かった。

 

「いや、申し訳ない。これでも急いで来たのだが」
 不良生徒達撃退後、喜衣乃先輩は深々と私に頭を下げた。
「い、いえ、おかげで助かりました。というか、剣道以外でも武道か何かやってたんですか?」
「いや、通信教育の護身術に最近はまっててな。結構実戦向きで面白いし」
 170センチ越えの体格に運動神経規格外の女性が、学ぶ必要が何処にあるのかとちょっとだけ思ったがそれは突っ込まないことにした。
「でもどうして、私がピンチなのが分かったんです?」
「ミチから電話があった」
「道ノ倉先輩が?」
 反射的に道ノ倉先輩の方を見る。
 あれ? でもどうして道ノ倉先輩は私がゴミ捨て場にいて、しかも不良たちに絡まれてることを知ったんだろう?
 区賀先輩はたまたま廊下の外を見たら私がピンチになっていたのに気付いた、という偶然で片付くが、道ノ倉先輩は直接現場に現れたのだ。しかも、不漁に石を投げつけての登場だったし、現れた後の区賀先輩やいじめられっこへの対応も、まるで状況が分かっているかのようだった。
「あの、道ノ倉先輩はどうしてここに?」
「えー? そりゃあ藍ちゃんを助けに」
「それは結果的にそうなっただけですよね?」
「ばれたか」
 道ノ倉先輩が顔をひきつらせた。
「いや、本当は藍ちゃんに用事があって、教室にいったらここにいるか持っていわれたから来たんだよね。そしたら不良どもに絡まれてたからびっくりしたよ」
「で、私に救援を求めたわけか。それで救援が来るまでの間、隠れて様子を見ているつもりだったと」
 喜衣乃先輩が冷ややかに言った。
「しかし、いざ駆けつけたらミチが襲われていたから何事かと思ったぞ。隠れていたのに見つかったのか?」
「仕方ないだろ、状況が変わったんだから。それに、奴にカッコつけさすのも癪だったし」
 そう言えばあの時、道ノ倉先輩が姿を現した直後、真っ先に区賀先輩に食って掛かっていたっけ。
「なんで区賀に対して対抗心燃やしてるんだ、ミチは」
「いやいやいや、対抗心は否定しないけど大将が来るまでの時間稼ぎがメインなんだって!」
 それも結果論っぽい気がするが、道ノ倉先輩の名誉のために黙っておいた。一応、助けられたことには変わらないのだし。
「で、道ノ倉先輩。私に用事ってなんだったんですか?」
「え? あ? あー、それはその」
 先輩の顔が再び引きつった。
「今、このタイミングで言うのもなあ」
 何か歯切れが悪い。一体何だろう。言いにくい事なんだろうか。
「ま、いいか。実は藍ちゃんに謝りたくて」
「謝る?」
 私は首をかしげた。心当たりが思い浮かばない。
「ほら、さっき教室で見苦しいところ見せて、藍ちゃん怒らせたじゃん?まあ、大部分はあいつのせいだけど、さすがに先輩兼紳士としては何のフォローもないのは良くないだろうし」
 ぶつん。
 私の脳内で何かがショートした。そして。
「いやあああああああ!」
 恥ずかしさが爆発したと同時に私は叫んでいた。
 忘れていたわけじゃないけど、不良の件でどっか言っちゃってた。
 そうだ、私、さっき先輩たちにとんでもない失礼をかましたんだった!
「あ、藍? とにかく落ち着け」
 落ち着いてなんかいられない。
 何と言う事! 何と言う事だ!
「藍ちゃん。おーい、って、聞いてないよな、こりゃ」

 

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