ざっくり豆知識

「とりあえずこれを頭に入れて描いてみろ」  美術部顧問・国木田勘九郎 談

 七人七色 絵には毒舌 心に花マルを(1)

 

 一日の始まりというのは、なんかこう、意味はないけどわくわくする。何か良い事が起こるかも、とか思ったり、何もなくてもそれはそれで楽しいし。
 ということを人に話すと、大体の人は「あんたは気楽でいいね」と返してくる。
 気楽の何が悪いのかはよくわからないけど、少なくとも悩んでいる自分に酔いしれてウダウダするよりかは全然マシだと思う。
だって、悩んでいる間は結局何もしないのと同然なんだから時間の無駄じゃん。どうせならそんなつまらない時間を過ごすより、楽しい時間を作った方がいいに決まっている。
「んー」
 さあ、今日も快晴! 気分も好調! そんな感じの朝だ。伸びをしながら朝の校門をくぐる。
 そしてちょっとダッシュしようとして、足をぴたりと止める。
 おや? 脇にある自転車置き場から出てくるのって、同じ部活のナリ君じゃん。
「ナリ君、おっはよー!」
 わたしは彼の背中に向かってダッシュして、その勢いのまま飛び蹴りをかました。
 当たる寸前でナリ君がそれを回避し、私はそのまま着地する。
「あ、おはよう」
 ナリ君こと、町成 翼(まちなり つばさ)は顔色一つ変えることなく、小声で挨拶を返す。
「うん、今日も見事な回避っぷりだね」
「そりゃ、大声な上にあんなに足音立てて来たら避けるのは簡単だし」
「えー、だって本当に当たったら可哀想じゃん」
「ならなんで蹴るの」
 そういってナリ君は小さくため息を聞いた。
 まあ、わたしとしても理由きかれたらコミュニケーション的なノリ以外何もないし。
 というより、ナリ君はこっちが話しかけない限り自分から口を開くことがほとんどないのだ。だから適度につついてやらないとすぐに空気化してしまう。
「そいやナリ君は文化祭、部活で出す奴決めた?」
「一応一枚は」
「あー、私もそんな感じ。あとは今まで描いたやつの中から先生と相談して決めるつもりー」
 そして沈黙。
「藍(あおい)の漫画の方はどうなったかなー。作業量は明らかに一番多いし。あの子、頑張り屋だけど無理はしないでほしいな」
「うん」
 また沈黙。
「ねえ、ナリ君」
「?」
「たまにはナリ君からも話題ふってよ。わたしが一方的に喋ってるだけじゃん」
 するとナリ君は少し困った顔で小首をかしげてから言った。
「今日は午後から曇りだって」
 で?

 

 一日の授業をすっ飛ばして、部活の時間。
「とりあえず文化祭の絵を見る前に、この間描いたデッサンを返すぞ」
 美術部の1年生組(と言ってもわたし含め3人しかいないけど)を集め、顧問の国木田(くにきだ)先生はどこかとぼけた口調で言った。
 やっぱり基礎はどんな時でも大事だと主張する国木田先生の方針により、定期的に鉛筆デッサンなどの課題が与えられる。
 今回描いたデッサンは机の上に置いた数個のリンゴ。ちなみにそのリンゴは課題終了後にみんなで美味しくいただいた。
「まず町成のからな」
 そう言って先生はナリ君の描いたデッサンをみんなに見せる。
「色合いは悪くない。悪くないんだけど、リンゴが丸いという先入観に囚われ過ぎて、不自然に丸い。もっと形をじっくり見るのが町成の課題かな。多分これヘタの部分を取り換えたらトマトと大差ないように見える」
ナリ君は先生から自分の絵を返してもらうと、それをじっと見てからクルクルと丸めた。
「次は市原(いちはら)の」
 横を見ると藍こと、市原藍(いちはら あおい)が緊張した面持ちで自分の絵を見ている。
「なんかでかいスポットライトを当てたような色合いになってるが、この部屋の蛍光灯はそんなに眩しくないだろ。光が当たっているからと言って安直に白くすればいいというもじゃない。一応光が当たっていてもリンゴは赤いからな。あと、影の部分も黒くすればいいってもんじゃない。同じ影でも明るい影と暗い影があるはずだからもっと表現の幅を増やすのが課題だ」
 そう言いながら先生は藍に課題の絵を返す。
「最後に志村(しむら)のだな」
 そして小さくため息をつく。
「ちょ、先生、なんか失礼じゃない?」
「いやいや、そんなつもりはないぞ。まあ、一番突っ込みたかったのは事実だが」
「それって普通に一番下手だって言ってるだけじゃん!」
「下手とは言ってない。断じて」
「それ絶対語尾に(笑)とか草とか生やしてそうな言い方だよね?」
 まあ、自分が人より下手なのは自覚してるけど! 元々美術の成績だってあんまりよくないし! ついでにそう言われるのも慣れてるし!
「で、これが志村画伯の絵だ」
 わたしの描いた絵が皆の前に出される。二人とも、言葉を失っていた。
 てか、何その反応。
「輪郭線太すぎ。特にここの部分、5ミリは越えているだろ」
「えー、それは先生がしっかり形を取れって言うから」
「志村。絵を描こうとするときに大体の人は忘れがちだが、現実世界には輪郭線と言う物は存在しない。形を取る=輪郭線をしっかり描けという話ではないし、ぶっちゃけ輪郭線そのものは描く必要もない。仮に形を取るためだとしてもなんでこんなに太いんだ。どう見てもリンゴ本体より目立ち過ぎている」
「いや、気が付いたら太くなっちゃっただけで」
「消しゴム使えって。てか、輪郭線の中も鉛筆で塗りつぶしただけで全然立体感がないのが逆に感動的なのだが」
「えー、感動的って言われても褒められた気が全然しないんだけど」
「当たり前だ。褒めてないんだから」
 うーん、でも輪郭線描かずに絵を描くってどうやればいいんだろ? 前に先生が実演形式で説明したけど、真似しても全然描けないんだよね。
 そんなわけで、先生の中でわたしはきっと部内一絵が下手な子として認識されている。
 でもまあ、くじけないけどね。部活動やってる間に上達する予定だし、先輩たちも「初めはみんなそういうもの」って言ってくれるし。
 国木田先生は基本的に褒めない。どうしようもなく詰んだ時以外絵に手を加えることもない。むしろこっちの自信作だろうと何だろうと毒舌トークでけなしてくるなど日常茶飯事だ。遠慮がないというか、とにかくそういう人。苦手な人は苦手だと思う。
 ただまあ、言っていることは正しいし、本気で凹むほどきつい事を言わないあたりはさすが教師なんだろうなとはちょっとは思う。時々有名な芸術家の裏話みたいな面白い話とかしてくれるし。
 そんなわけで、わたしにとって国木田先生は倒すべき師匠みたいなポジションに収まっている。
 いつか絶対すごいって見返してやるような。そんなオッサン先生がうちの顧問である。

 

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