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寝不足ハイテンション



 七人七色 絵には毒舌 心に花マルを(3)

 夜。わたしは自分の部屋で絵の具セットを広げて作業をしていた。
 先生チョイスの絵はナウシカの腐海になったけど、文化祭に出したい本命はこっち。
 そもそもわたしは美術部に入るまで授業以外で絵を描く機会すらなかったし、先輩たちみたいに上手くもない。けど、いい絵を描いきたいという目標もあるし、やるからにはいいものを描きたい。
 それに藍も、ナリ君も一生懸命やっているって思うとわたしも負けていられない。
 よし、絶対いい絵描いて文化祭成功させてやる!

 と、気合入れすぎて調子乗ってたら、夜更かししすぎてしまいましたな翌朝。
 眠い。ウルトラハイパーギガンティックに眠い。気を抜けば大型犬と一緒に天に召されてしまいそうな勢いだ。自分で何言ってるのかよく分からないのは眠いせい。
 校門をくぐったところで藍を見かけた。足取りがちょっとふらふらしているのは多分藍も夜更かしコースだったんだろう。
「おはよー、藍」
「あ、おはよう」
 振り返った藍の顔を見ると、眼鏡の奥に見える目がすごいショボショボしていた。
「もしかしてあんまり寝てない?」
「深夜アニメ見ながら原稿やってたから。あ、原稿って文化祭に出すやつね」
「それ以外に原稿ってあるの?」
「う。あ、ううん、何でもない」
 なんか歯切れ悪いなあ。別にいいけど。
「はあ。でも文化祭ってやっぱり緊張するなあ。何かボロクソ言われたら立ち直れないかも」
 藍が話の流れをぶった切るかのように呟く。
「え? 藍ってわたしよりは上手いじゃん。そもそもわたし漫画描けないしそれだけでもすごいと思うけど? 漫画なら絵とか詳しくない人でも分かりやすいからお客さんも食いつきやすいだろうし。話の内容も分かりやすいものにしたんでしょ?」
 確か内容は、魔法の国の王子が悪党にさらわれたヒロインを助けるために、従者と協力して魔法を駆使して潜入捜査&救出作戦と言うファンタジー物と刑事物を混ぜたような少年漫画だ。藍曰く、もっと設定を盛り込みたかったらしいが、そうすると描く量がとんでもない事になるし、読む方も疲れるということで限りなくシンプルにしたらしい。
「だから不安なんだって」
 藍の声が途端に暗くなる。あれ? なんか悪い事言っちゃった?
「誰でも読めるってことはそれだけ善し悪しが分かりやすいってことだし、アラとか普通の絵よりも目立っちゃうし、どうしよう。痛い漫画とか叩かれて馬鹿にされたら落ち込むだけじゃすまされない」
「い、いや、それ考え過ぎじゃない?」
 さすがにそこまで心無い行動を取る人は想像つかない。てか、なんでそこまでネガティブに想像できるんだろう。
「あーもー、先輩達だって張り切ってるんだし、弱気になっちゃダメだってば! それにうちら国木田先生にしょっちゅう色々言われてるけどへこたれてないじゃん! そんなに不安なら先輩や先生に見てもらえばいいだけの事だし」
「もうそれは穴が空くまで見てもらってる」
「ならいいじゃん。それでも不安なら他の人にも見てもらえば? ほら、藍の友達とかマンが好きそうな人多いし」
 もっとも、名前知ってるの郷田さんくらいしか知らないけど。
「うーん」
 藍は少し考え込んだ。
「国木田先生みたく毒舌じゃない限りはボロカスにはされないと思うよ。それに、困っている時こその友達って言うじゃん?」
「そ、そうかな。うん、そうだよね」
 なんか歯切れの悪い言い方がちょっと気になったけど、少しは元気になったみたいだからいいか。
 

 この時は本当に、そう思っていた。

 

「次からはちゃんと勉強しておけよ、志村ー」
「はーい」
 わたしは返事をすると、そのまま職員室を出た。どうしてここにいるのかというのは、まあ、悟ってください。え? ちゃんと説明しないとダメ?
 小テストで3回連続不合格だったから放課後に職員室へ呼び出された。うん、本当にそれだけ。親に知られたら更に何か言われそうで怖い。
 と、とにかく部活に行こう。昨日頑張って描いたやつを先生に見てもらわないとだし。どうせダメ出しされるんだろうけど。
 職員室のある校舎を抜け、美術室のある校舎に入り、階段を上る。もうとっくに部活の時間は始まっているから急がないと。
「あー、もう! なんなの!」
 2階と3階をつなぐ階段の踊り場にさしかかった途端、廊下からヒステリックな叫びが聞こえてきた。
 何事かと思って廊下を除くと、2人組の女子がいかにも怒ってますみたいな表情で廊下をカツカツと歩いていた。
「なんでキレられなきゃいけないわけ? 意味わかんないんだけどあの子!」
「だよね。うちら怒らせる事言った?」
「言ってないよね? わたし何も悪いことしてないのに酷いよね」
 2人組はそのまま大声で愚痴り合いながら廊下の突き当りにある図書室へ入っていった。
 てか、大声で怖いんですけど、あの人たち。
 でも、2人組の片方、藍の友達の郷田さんのような気がする。うん、前に見た時と髪型違うけど、あれは確かに郷田さんだ。漫画好きな人って大人しいと思っていたけど、あんなにヒステリックな人だったとは。
 ま、いいか。部活行こうっと。
 気を取り直して階段をのぼる。だけど、のぼり切った所で何かピリピリした空気が何処からか伝わって来てわたしは思わず足を止めた。なんだろう、これ?
 しかも美術室に近づくにつれてどんどんそれが強くなっている。
 いや、こんなの気のせいだ。気のせい!
 だって部活は楽しい場所であって、ピリピリする場所ではない。
 そう思いながら、美術室の戸を開けたら、驚くしかない光景が、私の目の中に入ってきた。

 

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