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魔法の国の王子とヒロインと時々従者

↑藍が文化祭用に描いたやつ。
国木田「あのひし形みたいなのは何なんだ?」
藍「え、演出、ですかね?」
国木田「なんでそこで疑問形なんだ」



    七人七色 絵には毒舌 心に花マルを(5)

 

「本当にすみませんでした。」
 再び美術室。さっきはここにいなかった喜衣乃先輩と国木田先生もいる。さっきいなかったのはそれぞれ部長会議と職員会議に出席していたからであった。
 そして、その喜衣乃先輩がわたしと藍の前に腕組みしたまま立っている。
 今までに見た事のない、冷ややか過ぎて視線で人が殺せそうなくらいの怖い怖い表情だった。これは本当に怒っている。
 そう、これは子供の頃に何度も経験した、いわゆる「お説教タイム」というやつである。
 罪状は(ってこの場合も言うのかな?)私は図書室で大騒ぎをした事で、藍は完成間近の作品を捨てようとした事。郷田さんたちと喧嘩したことに関しては一切責められなかった。
 なんでですかって聞いたら、「詳しい事情を藍が話したがらないし、あまり触れて欲しくなさそうだから責めようがない」と返された。
「まあ、沙輝の方はTPOを考えて行動しろ、の一言に尽きるからこれ以上何も言う事はない」
 喜衣乃先輩がそう言っている背後で、ミッチー先輩が「大将がそれを言うか」と小声で言っていたようだが、それはスルーされた。
「問題は藍の方だ」
「は、はい。その、本当に迷惑かけてすみませんでした」
 藍はひとしきり泣いたせいか、今は落ち着いていた。まだ声は暗いから落ち込んだままだろうけど。
「しかし、人にアドバイスを求めることは悪い事ではないが、9割完成している状態でそれをやるのは個人的にはお勧めしない。ボロクソ言われても軌道修正が難しいし、完成までのモチベーションがダダ下がりになるしな」
 と、言ったのは国木田先生だ。
「あ、それはわたしのせいでした。私が藍にいらん事を言っちゃったから」
「違うの。違うんです!」
 私の言葉を遮って藍が叫んだ。不意打ちだったので心臓が止まるかと思った。
 他の人たちも私と同じようにびっくりしていたので、藍は我に返った途端小さく縮こまった。
「あ、あの、沙輝は悪くないんです。良かれと思っての事だったし。元はと言えば私がいろいろ不安がって自信が無いみたいな、いえ本当に自身が無くてしっかりしないのが悪いんです」
 最後の方はぼそぼそになっていて、何とか聞き取れるレベルといった感じだった。これは相当落ち込んでいる。重症だ。
「出来が悪いわけではないからもっと堂々としていればよいのに」
 わたしと同じことを喜衣乃先輩が言うと、横からあかり先輩が口を出した。
「ダメだよ、喜衣乃ちゃん。みんながみんな喜衣乃ちゃんみたいに堂々とできる訳じゃないし、不安になるって気持ちを抱えるのは自然な事なんだよ」
「成程。それは配慮が足りなかった」
 そして喜衣乃先輩は藍の方に向き直ると、
「武道はいいぞ。道という文字の入っている稽古事は全て心の鍛錬になる。心を鍛えれば自ずと自信も付いてくるだろう」
「なんでそうなる!」
 間髪入れずにミッチー先輩のツッコミが飛んだ。
「つか何その脳筋発想! 何でそっちに飛んじゃうわけ? 僕、もう斬新すぎて気絶しそうなんだけど!」
 それも斬新すぎる切り返し方だなあ、ミッチー先輩。
「ダメか?」
「ダメじゃないけど、明らかにベストアンサーじゃない事は確か!」
 ああ、ミッチー先輩そういうの苦手そうだもんね。わたしもそうだけど。
 藍もなんか、イメージ的に何か違う気がする。
「あー、都も道ノ倉もとりあえず落ち着こうか。まあ、とにかくだ。部で作った作品を捨てるのは絶対禁止。出来上がって色々言われるのは仕方ないけどそれは次回の課題になるし、作品を残していくことで自分の成長過程も分かるからな」
 国木田先生がいつになく優しい口調で語り出した。
「だが、捨ててしまえば、それまでの労力もなかったことになる。それは本当に無駄な努力になってしまう。分かるな?」
 先生の言葉に、藍は頷く。
「うわ、先生がこんなにまともな事言ってるの見るの初めて!」
「茶化すな、志村。俺はいつでもまっとうな事しか言ってない」
「めっちゃ言い切った! わたしには毒しか吐かないのに!」
「人をバブルスライムみたいに言うな! 失敬な!」
 みんなから笑い声が上がった。
 みんなでひとしきり笑った後、ミッチー先輩が口を開いた。
「ま、美術部なんざ我が道を貫いて何ぼだからね。たとえ万人受けしなくても誰か一人でも良いって言ってくれればそれで満足だね、僕は」
「道ノ倉の割には謙虚な意見だな」
「ヤマさん、世の中謙虚なスタイルで行くことが結果的に良く見られるんだぜ?」
「逆にあざといだろう、それは。しかもお前の場合、全然実践してないだろう」
 ヤマさんのツッコミに、また笑い声が上がる。基本、この部は笑いに緩い。
 だから好きなんだけどね、この部は。
 でも、藍の顔に笑顔はまだ戻っていないようだった。ぼんやりと呆然を混ぜたような顔で、みんなを見ている。
 そうだ、藍を立ち直らせなきゃいけなかった。
「ほーらー藍。先生も先輩たちも心配してるんだから、そろそろ元気出さないと。あの訳分からない感想なんか忘れちゃってさ」
「小春、何か言ってた?」
「言ってる意味は分からないけどなんか腹立ったのは確か!」
「そ、そう」
 藍は微妙に複雑そうな表情で目を伏せると、再び顔を上げてみんなの方を見た。
 それから一度目をつぶって頷くと、覚悟を決めたように目を開けて語りかけた。
「自分でもいろいろ欠点多いのは分かってます。でも、これだけは教えて下さい」
 周囲に緊張が走る。みんな黙って藍の方を見た。
「あの、私の漫画、ちゃんと少年漫画に見えますか?」
 一瞬、緊張とは違う意味で空気が凍りついた気がした。
 と言うより、質問の意味が分からない。
「い、いや、どう見ても少年マンガじゃないの?」
「本当に? 本当にそう思う、沙輝?」
「それ以外の何に見えるのさ。・・・あ」
 言ってから気付いた。郷田さんみたいな、訳の分からない漫画の読み方をする人がいるからややこしいんだ。
「私には少年漫画の明確な定義は分からないが、ちゃんと戦いのシーンはそれっぽく見えると思うぞ。ポーズのデッサンとか頑張っていたからな」
 喜衣乃先輩が言った。
「充分少年漫画だよ。ヒーローがヒロインを助けるのは基本だしね。大体これをどう見たら少年漫画以外に見えるんだ?」
 と、ミッチー先輩。
 あかり先輩も「ヒロイン可愛いよね」と言い、ヤマさん先輩も「ちゃんと完成させたところを見てみたい」と続き、ナリ君がこくこくと頷いた。
「じゃ、満場一致でこれはちゃんとした少年漫画だな。納得したか、市原?」
 最後に先生が「しょうがない子だなぁ」と言いたげなニヤニヤ笑いを浮かべながら藍に問いかけた。
「! はいっ」
 そして藍はまた泣き出した。
 ああ、本当に泣き虫だなあ、この子は。
 もちろん、さっきまでの涙と今の涙の理由が全然違うってのは知ってるけどさ。

 

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