ご機嫌沙輝さん


七人七色 日陰者の奇跡(1)

 

 10月に入ってもうすぐ一週間。そろそろ夏服でいるのも寒くなってきた今日この頃。
 来週からテスト勉強期間に入るため、今日が実質上テスト前最後の部活になる。
 まあ、だからって感慨深いとかそういうんじゃないけど。とか思ってたら、
「明日の土曜、部活出られるか?」
 部活の時間が始まって間もなく、そう切り出したのは顧問の国木田(くにきだ)先生だった。
「え? 来週からテスト前ですけど」
 すかさず副部長の道ノ倉(みちのくら)先輩が切り返す。
「いや、部活と言っても別に強制じゃないし、遊びに来る感覚でいいんだ」
「と言いますと?」
 今度は横にいた2年生の山県(やまがた)先輩が聞き返した。
「明日、ここのOBが来る」
「え?」
 部員全員がきょとんとした顔で先生の方を見た。
 OB。つまりこの美術部出身の卒業生。当然1年生である俺にとっては知らない人。
「ねー先生、OBってどんな人?」
「俺も実は会ったことがない。どうやら俺がここに赴任する直前に卒業したらしくてな」
 それって顔出す意味あるのだろうか? 部員はもちろん顧問も変わってちゃ当時の面影も何も残っていないだろうに。
「ただ他の先生から聞いたところによると、全国レベルのコンクールで賞を取ったほどの実力で、高校卒業後は海外留学。今も海外に住んでいるらしい」
「ちょ、めちゃくちゃハイスペックじゃないっすか!」
 道ノ倉先輩がガタっと立ち上がった。
 他の人たちも、まさかそんなすごい人がOBだなんて思っていなかったようで驚きの表情になっている。
 大体うちの部は、全国レベルで賞を取る名誉とか海外へ出るとかそういう次元とは程遠い集団だ。俺だって入部当初は初心者だったし、最近になってようやく絵らしい絵が描けるようになったくらいである。
「で、その若き記載が日本に帰ってくるついでに懐かしき学び舎を見たいんだと」
「いい話ですねー」
「うむ、そういうことなら是非会ってみたいものだ」
 2年生の甲府(こうふ)先輩と、部長の都(みやこ)先輩がOBの話題に食いついてきた。まあ確かにそんなすごい人なら人目会ってみたい気もするので気持ちは分からなくはない。
「歳は確かハタチ過ぎ。名前は京極(きょうごく)、下の名前は忘れた」
「京極!?」
 突然、斜め後ろに座っていた同級生の志村 沙輝(しむら さき)が素っ頓狂な声を上げた。
「な、なんだ? 志村の知り合いか?」
「ううん。顔もどんな人かも全然知らないけど」
「けど、なんだ?」
「わたしが美術部に入ったのは、その人がきっかけだったんです!」

 

 別に嫌いではないのだが、俺は美術部の同級生である志村 沙輝が苦手だった。言動がとにかくバカっぽいから。
 そう言うと俺が酷い人間だと思われそうだから補足しておくと、とにかく志村は考えなしで行動することが多いからである。
 いきなり背後から挨拶がてらに蹴りを入れてくるのは日常茶飯事だし(もちろん避けるけど)、所構わず大声で喋るし、そのくせ人の話は聞かないし。あと一番気に食わないのは、同級生なのに俺の事を弟とか後輩のような年下扱いをしてくることだ。
 確かに俺は喋らないし、そもそも口下手ですぐどもったりする。それは認める。
 だから昔からそのせいで損をしたことも多々ある。それも認める。
 だが、「ナリ君って喋らないし、大人しいから。気が弱くてみんなに苛められそう」と言われた時はわけが分からなかった。
 大体「喋らない」と「大人しい」と「気が弱い」と「苛められる」に何の因果関係もないのにどうして全部イコールでつなげたがるのか。そもそも俺は今の今までニュースでよく見る胸が悪くなるようなレベルの苛めに巻き込まれたことなど一度もない。余計なお世話にも程がある。
「藍、ナリ君、これだよ、これ!」
 部活終了後、帰ろうとしたところで志村に捕まり、同じく捕まった1年生部員の市原 藍(いちはら あおい)と一緒に食堂の前に連れていかれたのが今の状況。
 そこにあったのは、壁に掛けられた大きな抽象画だった。そういやこんなのあったっけな、といった感じの。
「この絵がどうかしたの?」
 市原さんが不思議そうに聞いた。
「ほらここ! この隅っこのところ見て!」
 言われた場所を見ると、小さな字で「kyogoku」と言うサインと、今から5年前の日付が書いてあった。
「もしかしてこの絵って」
「そう! 先生の言っていた京極って人はきっとこの絵の作者だよ!」
 興奮気味に大声を上げる志村。
 確かに京極と言う苗字はそうそうないし、サインが描かれた日付も年齢的に在学中に描いたものだとすると納得がいく。納得はしてやるからもう少し落ち着いて喋ってほしい。
「でも沙輝、よく知ってたね。私、よくここを通るけど全然気にもかけなかった」
「えー? こんなにきれいな絵なのに? ていうかわたし、この絵を見て美術部に入ろうと思ったんだよね」
 何という短絡的な。ある意味「らしい」けど。
「やっぱ何かを惹きつけるって言うの? そういうのを自分で作れたら最高だよねー。藍もナリ君もそう思うでしょ?」
「確かにね」
市原さんに合わせて俺も頷いて同意する。
「あー、土曜日楽しみだなー! 鬼才ってどんな人かめちゃくちゃ気になる―! 鬼才と天才の違いは良く分かんないけど!」
 だから落ち着いてほしい。

 

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