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クッキーの中にマシュマロが練ってあります。


七人七色 日陰者の奇跡(2)

 

 土曜日。結局この日は部員全員が集合した。
 早めに集合して、美術室を掃除したり片づけたりと大忙しだ。まあ、都先輩だけはまだ作業したいとのことだったので、油絵具一式は出しっぱなしにしてあったが。
「せんせー、お菓子はここに置いておいていいですかー?」
「甲府、お前部室には菓子を持ち込むなと何度言ったら」
 国木田先生が苦い顔をする。ちなみに甲府先輩は菓子を学校に持ち込む校則違反の常連者だった。どうやらお菓子作りが趣味らしく、色んな試作品を持ってきては友達に配っているらしい。
「作業中に食べないってのはきっちり守ってますから大丈夫ですよ。それに今日はせっかくの歓迎なのにお茶菓子が一切ないのは寂しいですし」
 そう言いながら甲府先輩は持ってきた大きな箱を机に乗せる。
「これは?」
「昨日作ったマシュマロクッキーです。 一部焦げたり一部砂糖の塊が偏って激甘になっちゃったりしてるけどイケるはず」
「それを茶菓子に出すんかい!」
 国木田先生の歯切れ良いツッコミが飛んだ。
 ちなみに、先輩のお菓子作りの腕はムラッ気があるらしく、奇跡の一品ができることもあればとんでもないダークマター(要するに失敗作)を作成することもあるとか。
「えー、せっかく作ったのに」
「いや、失敗作を堂々と持ってくるのはさすがの僕もどうかと」
「ミッチーは黙ってて! ねえ、先生どうしてもだめ? 美味しい部分はちゃんと美味しいし、せっかく持ってきたのを誰も手を付けずに帰るのすっごく惨めなんだけど。家族で食べるにはちょっと多いし」
「あー、もう、分かった分かった」
 国木田先生が降参するように頭を掻いた。それから周りを少し見回してから、
「じゃ、志村と町成(まちなり)。コンビニ行って渋めのお茶を買ってきてくれ。でかいペットボトルの奴な。あと紙コップも忘れなよ」
「え? なんでわたしとナリ君?」
「何となく目が合ったから」
 俺としては合わせた覚えが全くありませんが。てか普通女子にお使いに行かせるなら、付き添いも女子じゃないのか。
「ほら、財布は渡しておくから行って来い。町成は荷物持ちな」
 ああ、そういうこと。荷物持ちは不本意だが、女子に持たせるのはもっと不本意だからしょうがない。一年男子は俺しかいないし。
「じゃ、志村。財布ネコババするなよ」
「ちょ、先生ひどっ! ほら、行くよナリ君!」
 いきなり志村に腕を掴まれ、俺は連行されるかのように美術室を退室した。

 

 学校から少し歩いた所にあるコンビニで目当ての品を買うと、俺と志村は来た道を戻った。もちろん荷物持ちは俺である。
 横を歩く志村は、これから会えるという憧れのOBが楽しみで仕方がないらしく、クルクルと回りながらスキップしてはしゃいで、あ、一つ訂正。横を歩いてなんかいなかった。いつの間にか自動車数台分も前に進んじゃっているし、しかもどんどん先に行っちゃうし。 
 まあ、そんな挙動不審な動きをしているやつと同類と思われるのも嫌なので、離れてくれた方がありがたいんだけども。
 俺は俺で、マイペースに歩く。しかし今日は肌寒い。もう来週から絶対冬服で行こう。
 などと考えながら角を曲がったところで俺は足を止める。
 地面に尻餅をついている志村と、俺より明らかに歳も背も高い青年が荷物をぶちまけてひっくり返っていたのが目に飛び込んできた。
「痛ったー。はっ! ご、ごめんなさい、前を良く見てなくて!」
 何があったかはなんとなく想像できた。
「ほ、ほらナリ君! あの人の荷物拾うの手伝ってあげて!」
 そして思いっきり俺を巻き込んでるし。
 仕方なく散らばった荷物を志村と一緒に拾い集める。まあ荷物って言ってもハンカチとかケータイとか手帳とかの何処にでもありふれた私物だけど。
「あー!!」
 そんな中、いきなり志村が素っ頓狂な声を上げた。
「ちょ、こ、これ! これあなたの名前ですよね!」
 志村は見知らぬ青年に、今拾ったものらしいプラスチックの小さな板、いや、よく見るとネームプレートをずずいと差し出す。
 気になってそっと横から覗いてみると、ネームプレートには「京極 一高」と刻まれていた。
「もしかして、京極先輩ですか? 陸校美術部OBの!」
「え? ああ、そうだけど、どうしてそれを」
「ようこそおいで下さいましたっ!」
 青年の言葉を遮るように志村の声が響いた。
 10人に3、4人くらいは可愛いと言ってもらえるかもしれない、満面の笑みを浮かべながら。
(※ もちろん俺はそれに含まれない。含まれてたまるか)

 

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