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まさかのここだけ実写。


七人七色 日陰者の奇跡(4)

 

 さっきとは違う意味での沈黙が走った。数秒後、志村の「ええええええ」と言う絶叫に近い叫び声であっさりかき消されたが。
「沙輝ちゃん、どうどう。ああ、うすうすおかしいとは思ってたけどそういうことか」
 志村をなだめながら道ノ倉先輩が言った。
「ミチ、後出しじゃんけんのような言い方をするのは感心しない」
「違うっての! てか大将が訳分かんない言い回しするからそう見えるんだって!」
 というか「そういうことか」という言い方も漫画みたいだな、道ノ倉先輩。
「てか、喜衣乃先輩にミッチー先輩、あの人が偽者ってありえないでしょ! そもそも偽者ってどういう意味ですか? 何をどう見たらそうなるんだかさっぱりです!」
 志村の言い方もなんだかミステリーで犯人を言い当てられた時の反応見たい、って言い出したらきりがないのでこれ以上どうでもいい揚げ足取りはやめておこう。
「うーん、僕が怪しいと思ったのは、まずあの人の言動が挙動不審すぎる。何というか、まるで本音を探られたくない、的な?」
「それは単に人見知りするタイプなだけかもしれないし! ナリ君みたいに」
 そこで何で俺に振るのか。まあ人見知りは否定しないけどちょっとイラッとくる。
「だからそんなのは先輩の思い過ごしだって」
「うーん、まあそれも否定できないよなあ」
 割とあっさり志村の言い分を認める道ノ倉先輩。
「だけど人見知りの奴が母校行きたいって言うかなあ。まあ、それは置いておいて他にもいろいろあるんだ。例えば沙輝ちゃんが持ってるそのスケブ。京極さんに絵を描いてもらってたけど、スケッチなのに時間かけ過ぎだったじゃん。僕らだって春くらいに人物デッサンとか国木田先生にしごかれて、最終的には15秒で人の顔描けとか無茶振りやらされたし」
「え? 普通の特訓だろ?」
 道ノ倉先輩の言葉をしれっとスルーする先生。そういや5月くらいにやらされてたっけ。
 確か市原さんを15秒で描こうとして、結局眼鏡と三つ編みしか描けなくて提出したけど、国木田先生が「町成、グッジョブ!」と大ウケしていたっけ。あれ、絶対心から褒めてないと思う。
「もし、本当に鬼才だったら人の顔くらいささっと描くんじゃない? それこそ僕ら以上に早く」
 確かに。そう納得する空気に皆がなりかけた途端、やはり志村は反論してきた。
「こ、こだわり派だったんだよ! たとえラフでも妥協できないとか、そういう人っていると思うし!」
「うーん、まあそれも否定できないけど、ちょっとその絵を見せてくれる?」
 志村は言われるままスケッチブックを広げて机の上に置いた。
 やたら輪郭や目鼻のラインがくっきりした、志村の顔が描かれていた。
「ほ、ほら。すごく上手いじゃないですか! みんなだってそう思うでしょ?」
「まあ、確かにお前らよりは上手いかもな」
 国木田先生が何か引っかかるような言い方をした。「かも」ってどういう意味だ?
 それを考える間もなく、先生は話を続けた。
「志村、この間のリンゴデッサンの時何て言ったか覚えているか?」
「輪郭線が太すぎる、でしょ? あ!」
 全員がもう一度スケッチブックの絵に注目する。この間の志村の絵程ではないが、確かにこの絵も輪郭線がやたら太い。
「僕、ちょっと京極さんの描き方を見たけど、いきなり紙のど真ん中に丸描いて十字線引いてから沙輝ちゃんの顔描いてたんだよね。何かデッサンとかスケッチの描き方じゃなくて、完全に漫画の描き方って感じだったよ。藍ちゃんが描いてるような。だからパーツの輪郭がやたらくっきりして見えるんだ」
「見事だ道ノ倉、大正解だ。これは絵画をやっている人間が描くデッサンの描き方じゃない。どっちかと言うと自称絵がちょっと上手い人間がやりそうな手法だ」
「だ、だけど上手い事には変わりはないでしょ? そういうスタイルなだけかもしれないし」
 志村、痛々しいほどに必死すぎる反論である。
「うーん、まあそれも否定できないけど」
 そして道ノ倉先輩も折れるのが早すぎる。
「ちょっといいか。私が妙だと思ったのはこれなのだが」
 言いだしっぺである都先輩が、さっき京極さんに使わせていた油絵の折り畳みパレットを手にした。
 パレットの上には深みのある緑が乗っかっている。パッと見、おかしい所はない。
「緑色? これの何処がおかしいんですか?」
「絵の具がおかしいんじゃない。パレットの方だ」
「え?」
「これ、表裏が逆だ」
 ええっと叫ぶ志村には全く動じることなく、都先輩はパレットの絵の具をふき取って、それをひっくり返して見せた。
「いや、だってこっちがどう見ても裏でしょ?」
 京極さんが使っていたのは、パレットを折り畳んだ時に山折りになる側。広げると何もない側だ。
 だが、都先輩が「表」と言ったのは谷折りの側の方、蝶番の金具がむき出しで、白いボッチが隅についている方。
「まあパッと見、知らない人が見たらこっちが表に見えるんだろうな。だが、あの京極さんは私が『油絵は分かりますか』と言った時『わかる』と答えた」
 つまり、油絵を本当に分かっている人間ならパレットの表裏を間違えたりしない。都先輩はそう言いたいのだろう。
 が、志村の諦めの悪さは、俺らの予想をかなり上回っていた。
「でも、もしかしたら油絵やっていてもこの形のパレットは使っていなだけかもしれないし! パレットだって種類いっぱいあるでしょ!」
「うーん、まあそれも否定できないけど。僕らの2こ上の先輩も紙パレット派だったし」
「そうでしょ? だから偽者なんてありえないじゃない!」
「でも」
 今まで黙って動向を見守っていた市原さんが、口を開いた。
「さすがに『それも否定できない』がこんなに連続するのはさすがに不自然な気がするんだけど」
 至極もっともな意見である。
「うー」
 一気に形勢不利になった志村は、誰か味方がいないかと周りをきょろきょろ見回し、俺と目が合った。
「ちょっとナリ君! 嫌そうに首をふるふるしない」
 なんかものすごく睨んでくるのだが、何故だ。
「てかナリ君だってあの人が偽者じゃないってわかってるはずじゃん。京極って書いてあるネームプレートも見たし、わたしが『美術部OBの京極先輩ですか』って聞いたらそうだって答えたし」
 確かにそうだった。更に思い出してみれば学校で先生とすれ違った時も顔見知りって感じだったし、先生も彼の事をファーストネームで呼んでいた。本当に偽者ならばその時点ですぐバレるだろう。
「と言うか、偽者が出てくる理由も意味もないじゃない。京極先輩に成りすまして一体何の得があるわけ?」
「うーん、そうなんだよなー」
 全員が考え込む。
 OB訪問は単なる懐かしい母校へ顔を出すだけの単なる挨拶だ。それ以上もそれ以下もない。仮に何者かがその中へ潜り込んだところで何になるというのか。現にあの京極さんは言動は挙動不審でも、特に何かを仕掛けたとかそういう意味での怪しい動きはなかった。ただ会話して、絵を描いて、クッキー食べて、それだけだ。
 が、その答えに誰かが気付く前に、美術部の戸が勢いよく開いた。


「やっほーい!! 陸校美術部諸君! オレは、オレは帰って来たぞー!!」


 やかましさでは部員一の志村を超えるハイテンションな奇声とともに、髪を金髪に染めたチャラい青年が室内に乱入してきた。
「いやー、卒業してから結構年が経ったと思ったけど、学校はあんま変わってないのな。懐かしくて涙出るわー。ん? どうした、ハトが豆鉄砲喰らったみたいに固まってさ」
 チャラ男はずかずかと俺らの方に近づいてくる。
「・・・・・・誰?」
 チャラ男を除く、ほぼ全員の声がハモった。

 

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