前の話へ

ふーいずひー。


七人七色 日陰者の奇跡(5)

 

「えー、何その反応。まるでこっちが不審者みたいじゃないか」
 いや、どう見てもそんな真っ金々な髪の部外者が馴れ馴れしい態度で乱入して来たら、よほどの馬鹿でない限り警戒するだろう。
「ちょっと空港でトラブルがあって、到着遅れたのは謝るけどさー」
「空港、ですか?」
 甲府先輩がまるで腫物を触るかのように恐る恐る問いかけた。女子からしたら関わるのもためらうようなヤンキー的な容姿の青年だし。
「え? まさかオレ、登場を完全にスベったから本当に不審者扱いされてたりする?」
 チャラ男はドン引きしている一同を見回すと、わざとらしく咳払いしてから、背筋を伸ばした。
「お初にお目にかかります。オレの名は京極 爽司郎(きょうごく そうしろう)。かつて陸校美術部の部長を務めていたこともあります」
「え?」
「え? じゃないって。だから、オレが京極 爽司郎。今日ここに遊びに来るって言ったでしょ?」
 誰からともなく「えええ!」と驚きの叫び声が上がった。それも絶叫に近い感じの。俺もつられて叫んでいたかもしれない。
 だって、この見るからにチャラそうな金髪男が「京極」と名乗ったんだから。
 じゃあ、さっきの「京極さん」は?
 結局あの人は先輩たちの言う通り、よく分からない「偽者」なのか? 頭がこんがらがってきた。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょおっと待って! 待ってください! あなたが本当に京極先輩ですか? 美術部OBで、大きなコンクールで賞とって、海外留学もしているあの、京極先輩ですかぁ?」
 志村が明らかにパニックになっている。最後の方、声が完全に裏返っているし。
「まー、賞取ったのはまぐれだと自分でも思うけど、大体あってるね。って、なんで?」
「だったら証拠を見せて下さい!」
 志村の両手からさっきのスケッチブックが差し出された。
 「京極」さんは、呆気にとられた表情でスケッチブックと志村を交互に見比べながら、ようやく描けと言われていることを悟り、スケッチブックを受け取って白紙のページを開いた。
「じゃ、簡単なスケッチでいいなら描いて見せるから。とりあえず、俺の正面に座って。鉛筆は、んー、これでいいか。個人的に芯は2センチは出してほしかったけど」
 「京極さん」はモデルである志村をじっと見た。そして鉛筆を一本手に取った。
 ここから先は驚くほど速かった。
 白紙のスケッチブックにアタリと言う点を何か所かつけると、鉛筆を寝かして薄く塗りつぶし始めた。ところどころ濃淡を変えながら、それは紙全体に広がっていく。
 まる描いて十字の線とか、そんなものは一切入れない。輪郭線もろくに描いている気配もない。それでどうやって描くつもりなんだろう? と考えている内に、塗りつぶしたそれは人の顔の形へと変化していく。時折細かい線と、消しゴムで形を整えながら、実に無駄のない動きで、スケッチはあっという間に完成した。
 目・鼻・口などのパーツは鉛筆の濃淡とちょっとした線を入れただけなのに、ちゃんと志村の顔に見えるのが驚きだ。言ってはなんだが、さっきの15分かかった絵は何だったのかと突っ込みたくなるレベルである。
 俺だけでなく、他のみんなもこれには感嘆していた。国木田先生だけは「なかなかやるな」的な表情をしていたが。
「で、これでオレが京極って証明になるかい?」
「う、あ、はい」
 志村は裏返った声のまま硬直している。
「じゃー、この絵にいくら払える?」
「あ、あかり先輩の持ってきたマシュマロクッキーを好きなだけ」
 それを聞いた京極さんは「いい答えだ」とゲラゲラ笑った。
「金取る気だったんすか?」
「労働に見合った報酬を受け取るのは当然だろう。日本は無報酬で何でもサービスしすぎなんだよ」
 他にもさあ、と言いながら「京極さん」は海外のエピソードや、日本と海外の芸術文化の違いなどジェスチャーを交えながら面白おかしく語る。
 そして、皆の作品を一通り見ながら、一つ一つアドバイスをするようになってる時には、場にいる全員がこの「京極さん」こそが本物と信じるようになり、さっきの偽者騒動などどうでもよくなっていた。
「なるほどー。やっぱりしっかり物を見るって大事なんですね!」
「志村ちゃん、だったか。君は本当に熱心だね」
「はい! 何てったって美術部に入ったのも先輩の絵がきっかけですから!」
「へー。何処で見たんだい? 展覧会?」
「食堂前に飾ってある大きな絵です!」
「え?」
 京極さんが不思議そうな顔をした。
「どうしたんです?」
「いや、オレの絵、卒業する時に全部残らず持って帰ったから、ここにあるはずがないんだけど」
「え?」
「うん、だからこの学校にオレの絵は存在しているはずがないってこと」
「ええ?」
 また不可解な展開になった。

 

次の話へ

七人七色TOPへ戻る


inserted by FC2 system