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※高校時代
   七人七色 日陰者の奇跡(6)

 

「こっち、この絵ですよ」
 京極さんが気になると言うので、留守番係の国木田先生を室内に残して、部員全員で食堂前にある例の絵のある所へ集まった。
「名前も京極って書いてあるし、日付もちょうど京極先輩が高校生やってた時の物のはずなんですけど」
 京極さんは目を細めながら絵を眺める。眺めてから少し考え込んだ。
 そして何度も何度も絵と、絵に描かれているサインを見返す。
「これ、もしかしてオレのじゃなくてあいつの絵のような気がする」
「え?」
 ほぼ全員が同時に同じ反応をした。
「えっと、あいつ、というのは?」
 山県先輩が平静を装いながら質問する。
「うーん、確証はないんだけどね」
 京極さんは視線を絵の方に向けたまま答えた。それから「あ、ごめん夢中になっちゃってたわー」と、言いながらこちらの方に向き直った。
「あいつってのは、オレの従兄弟の京極 一高(きょうごく いちたか)」
「従兄弟!?」
 場にいたほとんどの人間の声がハモッた。
 いや、それよりもこの人、今
「あれー? なんでびっくりしてるの? まー、あいつも俺と同じ美術部だったんだけどさ、3年に上がるときに受験に専念するって急に言い出して辞めたんだよ。せっかく一緒に頑張って来たのにさー」
 人の思考を遮らないでほしかったんですが。そんな俺のことなどお構いなしに京極さんの話は続く。
「あいつとはご近所さんでもあったんだよ。昔から兄弟みたいに育ったようなもんだけど、あいつ口下手でしかも無口でこっちから話題ふらないと全っ然喋ってくんないんだよ。だから何考えてるのか分かんなくて、困ったもんだったよ」
 なんか自分の事言われているみたいで耳が痛いのは気のせいだろうか。
「あ、あの!」
 困惑気味の志村が京極さんに問いかけた。
「い、今、従兄弟さんの名前、イチタカって言ってなかった? じゃなくて、言いましたよね?」
「え? 言ったけど何?」
「さっきの人! さっき来た京極さん、イチタカって名前だった!」
 一瞬沈黙が走った。
 それから、
「はああああああ!?」
 うん、ここまで来るとみんなのリアクションは予想できるし、事実その通りだった。
「ナリ君も覚えているよね? あの人が先生にそう呼ばれてたの」
 興奮気味の志村に押されるかのように、こくこくと頷く。
 あのさっきの偽者疑惑の人の名前を認識したのは2回。一度目は志村が彼とぶつかって、荷物をぶちまけた時に落としたネームプレートと、すれ違った先生が彼の事をイチタカ、とファーストネームで呼んだ時。
 と言うか同じ苗字の人間(しかも血縁者)が同学年にいるからファーストネームで呼び分けしていたわけか。
「えっと、つまりだな、つまりだよ? 普通に考えるとありえないくらい確率低いけど、もしかしなくてもさ」
 道ノ倉先輩が勿体付けたような訳の分からないことを言い始めた。
「でもそう考えると、全ての辻褄が合うと思います」
 市原さんはすぐに道ノ倉先輩の言いたいことを理解したようだった。
 俺も少し考えてから、全てを察した。
 つまり、「美術部OBの京極さん」は二人存在している。すなわち、爽司郎さんと一高さん。
 で、本来来るはずだった京極さんは目の前にいる爽司郎さんの事で、さっきの偽者騒動で現れたのが京極 一高さん。
 だから「陸校美術部OBの京極さんですか」の問いにも肯定するほかないし、すれ違った先生と面識があっても何ら不思議ではない。故に彼自身は素性を偽って騙す気など最初からなかったのだ。俺らが爽司郎さんと勘違いしていると気付くまでは。
 で、一高さんは「自分の時代の美術部は趣味の延長で、遊びのようなもの」と言っていた。ただ好きなように絵を描き散らすだけの部活動なら、基礎的な知識が伴っていなくても何らおかしくない。
 完全に辻褄が合う。
 そして、爽司郎さんの方はそんなぬるい環境にいながらもものすごい才能を発揮したハイスペックな鬼才だった、と。
「しっかし、一高の絵がここで見られるなんてな。いつから飾られてるかは知らないけど、ここにあるということはいいって思われてるんだろ?」
「うーん、もしかしてそれって」
 道ノ倉先輩が何か言いかけたところを、山県先輩が腕で制止した。
 一高さんには非常に申し訳ないのだが、その絵は多分爽司郎さんの絵と間違われている気がする。サインが苗字までしか描いてないし。
 つまり目の前にあるのは鬼才でもなんでもない、名声的にありがたみも何もない、いち美術部員の絵である。そう書くと一高さんがすごく気の毒に見えるが。
「うーん」
 横を見ると、志村がうなっていた。
 ああそうか。こいつは京極さんの絵を見て美術部に入ったんだった。鬼才の爽司郎さんじゃなくて、一般の部員である一高さんの。
 やっぱり鬼才だと思っていた作品がそうでなかったと知ったらショックだろうな。俺だったら恥ずかしくて死にそうになる。
 が、そんな心配も次の瞬間ぶっ壊れた。
「これって、すごい、すごい事じゃないですか!」
 奴は、うって変わってテンションハイな声で叫んだ。間近で聞くとマジうるさい。
 多分、ここが漫画の世界だったら空間に巨大なクエスチョンマークが浮かんだだろうと思われる、一同を唖然とさせるには十分すぎるほどの謎発言だった。
「ねえ、ナリ君もそう思うでしょ?」
 思う以前に言っている意味すら分からんから。
 と言うかたまたま近くにいて目が合っただけで話を振ってこないでほしい。
「だって、うちのOBには海外留学する天才だけじゃなくて、こんなすごい絵を描ける人もいるんだよ? 実力派が二人いるってすごくない? そうでしょ? 私もいつかすごいって言わせられる絵を描きたい!」
 一人はしゃぐ志村のノリに誰も付いていけるはずもなく、俺らはただそれを眺めるだけだった。
「いやー、やっぱり美術部最高! この部は素晴らしい実力者が集う伝統あるエリートを育成する部だったんだ!」
 お前がエリートになる未来像が一ミリも想像できないんだけど! この間だって色々先生にボロクソ言われてたじゃないか!
 やっぱり俺、こいつ苦手だ。おもにおめでたすぎる思考回路が。
「だが、私達は一高さんに謝るべきなのか? 勝手に連れてきたのに偽者扱いしてしまったのはさすがに申し訳が立たない」
 都先輩が神妙な面持ちでそう言った。
「でも、人違いで連れてきた件ならともかく、偽者扱いの件は謝ったら逆に失礼な気がすると思うが」
 すかさず反論したのは山県先輩だった。確かに「鬼才と間違えてすみませんでした」なんて言われたら惨め以外の何者でもない。さっき一高さんが逃げるように帰っていったのもそれが原因だろうし。
「んー、従兄弟として言っておくけど、気にしなくていいんじゃね? あいつ昔から過ぎた事掘り返すと不機嫌になるタイプだし、まあ、どうしてもって言うなら俺が気にかけておくよ。どっちみち、連絡先知らないだろ?」
「ですが」
「だから気にしなくっていいって、現部長さん。まあ、あいつの住所が変わっていなかったら何処かでまたひょっこり会えるかも、よ?」
 爽司郎さんはにやりと笑った。

 

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