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narikun


       七人七色 陸校美術部の騒々しい休日(2)


 部活開始の時間ぎりぎりになってから1年生の女子2人がやってきた。
「すみません、学年集会が長引いちゃって」
「そうなんですよー。なんかうちの学年でいじめが発覚したらしくて、連帯責任で全員お説教。本当、たまったもんじゃないわ」
「それはまた生々しい話だな」
 大将が眉間に皺を寄せる。まあ、社会問題になっている昨今、いじめという単語だけでみんなが敏感になっているから気持ちは分かる。
 うちの部に限っては大丈夫だと思うが、人間関係は何が起こるか誰にも分からない。大将は何処に行っても浮くような性格だし、道ノ倉は人間の好き嫌いが激しいし、甲府は男女ともに人望はあるが、その分嫉妬の対象になりかねないし。そう言っている俺も、いつ何処かで何のトラブルに巻き込まれるかも分かららない。
「ちょ! ナリ君どうしたの、それ?」
 不意に甲府の素っ頓狂な声が響いた。
 反射的にそちらを見ると、今し方やって来たらしい、1年生唯一の男子部員である町成 翼(まちなり つばさ)が居た。
 口元には絆創膏が貼られており、よく見ると変色して腫れている。どう見ても何でもありませんで済むような怪我ではない。
「こんなに怪我しちゃって! 酷い、誰がこんなことを」
「一体誰にやられた? 場合によっては私が直々に抗議してやる」
「ナリ君、正直に言うんだ。僕らは味方だから」
 次々とくる質問攻めに、町成は明らかに困惑した表情で首をふるふるさせている。
「隠さなくていいから! 私たちはナリ君が困ってたらできる限り力になりたいだけだから」
 問い詰める甲府に、町成はさらに力強く首を振った。
 というより、むしろ町成は今の状況に一番困っていないか?
「あー、とりあえずみんな落ち着こう」
 俺は間に割って入って、ひとまず町成を隔離させた。
「とりあえず先に町成の話を聞こう。先輩3人に問い詰められたら答えづらいだろうに」
 町成は俺の方を見て、こくりと頷いた。
 俺もあまり人の事は言えないが、町成は会話がとんでもなく苦手で無口な奴である。
 喋らないから自己主張も薄く、自分から話すこともないから何を考えているのかよく分からない大人しい人間だと周囲に認識されている。
「その、誰かにやられたとかじゃなく、不注意で」
 ようやく町成がしどろもどろになりながら話し出した。
「町成、そうなのか?」
「いやいやちょっと待て! そう言わされてるだけかもしれないじゃん。いじめって加害者も被害者も事実を隠したがるって言うし」
 すかさず飛んできた道ノ倉の反論に、町成は激しく首を横に振った。
 見たところ、本当にいじめではなさそうな気がする。俺は町成に続きを促した。
「えっと、2時間目の体育の授業、バレーで」
「バレー?」
「レシーブに失敗して、ガンッと」
 俺はその光景を想像した。
 相手の強烈なスパイクを正面から防ごうとして、ミスってボールが自分の方へ跳ね返って顔に激突。想像するだけで痛そうだ。
「あり得ない話ではないな」
「ヤマさん?」
「心配することが悪いとは言わないが、先輩が後輩の言い分を信じなくてどうする、道ノ倉。少なくともサッカーやバスケで突き指するより信憑性はあるだろ」
「ちょ、ヤマさんひどっ!」

 

 日曜朝。待ち合わせ20分前。さすがにまだ誰も来ていない。
 どうにも俺は待ち合わせや約束事をすると、早すぎる時間に来てしまう傾向がある。こんな早くに来ても退屈になるのは分かり切っているのに、だ。
 待ち合わせ12分前。最初に姿を現したのは黒い帽子に迷彩柄のズボンを履いた町成だった。
「おはよう」
「おはようございます」
「痣、ほとんど消えてるみたいだな」
「はい」
 いつも通り町成は小声かつ淡々とした受け応えだ。常に騒がしい道ノ倉とは違い、町成はうるさくないのが助かる。
 助かるのだが、会話が全くと言っていいほど続かない。
「天気が良くて助かったな」
「はい」
 そう、ここから先の会話が全然発展しないのである。
 時期的に文化祭の話題を振るのが最適だと思うが、この話題は部活内ですでに出尽くしてしまって今さら話すことがない。おかげで今や部員全員の出し物と担当する作業も把握済みだ。
 そうこう考えている内に、待ち合わせ7分前になり、ようやく甲府と1年生女子2人がやってきて、5分前に道ノ倉が到着した。
「あれ? 大将まだ来てないの? 珍しいな」
「本当だ。いつも早めに来る感じなのに」
 大将は生真面目な性格なので、当然待ち合わせの時間もきっちり守るタイプだ。部活だって特別な事情がない限り遅刻することもない。
 まさか、何かあったのだろうか。
 などと考えていると、約束の時間ちょうどに背後から「待たせてすまない」と声がした。
「もー、大将。いつもより遅いから何があったのかと」
 いち早く振り向いた道ノ倉の顔が引きつった。俺もつられてそちらを見る。
「いっ?」
 一瞬で道ノ倉の心情が理解できた気がした。
「着替えに時間を喰ってな。何せこういう服を着たのは初め」
「ねーよ! いくら何でもそれはない!」
 大将の言葉は道ノ倉の叫びによってかき消された。
 それもそのはず、大将の服装は全身派手な黄色だった。
 しかも、傍から見るとお笑い芸人がコントで着用しているような全身タイツ。いや、素材からしてライダースーツか? なんだか体型がくっきり表れるのでとても艶めかしく見えるのだが。って、何考えてるんだ俺は!
「ちょ、ヤマさん! いきなりビル壁にヘドバンかますのはやめて!」
「何でもない。ちょっと雑念を振り払っただけだ」
「いきなりやられると怖いから! それはともかく!」
 道ノ倉は平静な態度を強引に取り戻そうとしながら大将の方を向いた。
「で、大将。その服はどういったコンセプトで?」
「コンセプトも何も、言っただろう? 従兄にもらった服だと」
「何者なんだよ、大将の従兄さん!」
「バイク関係のスタントマンと聞いている」
 何でも聞くことによると、大将のその衣装はバイクのショーでコンパニオンさんが着ていたものなのらしい。
「だからって、そんなバナナみたいな服」
「着て来いと言ったのはミチだよな?」
「う」
 とてつもない屁理屈と言いくるめだと思うが、大将の睨みの前ではヘタレな道ノ倉に勝ち目はない。
「で、でも喜衣乃ちゃんのその服はちょっと目立ち過ぎだと思うんだよね」
 状況に見かねた甲府が助け舟を出してきた。
「む。確かにここへ来るときやたらと注目されていたとは思ったが」
 いや、その時点で気付かないことの方に俺は疑問を感じるのだが。
「だが、家に帰って戻ってる時間はないな」
「大丈夫。ここは私に任せて。簡単で値段もお手頃な方法があるから」
 そう言って甲府は、得意げににんまりと笑った。

 

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