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とりあえずポーズ取らせてみた


       七人七色 陸校美術部の騒々しい休日(3)


 女性陣が待ち合わせの場所の裏手にある古着屋へ入って10分。
「じゃーん。これなら全身バナナ色にはならないでしょ」
 にこにこしている甲府の背後で、大将が居心地悪そうにそわそわしている。
 大将はあの派手なライダースーツの上に薄手のジャケットとデニム製の四角い形のスカート(ボックススカート?と言うのらしい)をはいていた。 なるほど、他の色を組み合わせることによって全身の派手さを緩和することができるという訳か。単純だがいいアイデアだ。
「ワゴンセールだからめっちゃ安いの! 1枚150円だよ150円!」
「だがこのスカート、歩幅がかなり制限されてて動きにくいのだが」
「たまにはいいでしょ。だいたい喜衣乃ちゃんは普段から大股で歩きすぎ」
「う」
 一瞬で大将を黙らせる甲府の話術が恐ろしい。
「じゃ、映画館行こっか」
 そしてこの切り替えの早さである。

 

 映画館はほどほどの込み具合だった。
「んーと、何見る? 今からだと3本やってるみたいだけど」
 甲府が上映時間の表示された電光掲示板を見ながら言った。
 うちの部の情けない所だが、こうしてみんなで遊びに行く際、「遊びに行く」と言う約束を取り付けても具体的に何をして遊ぶのかを全く決めていない。
 今回の場合、映画館へ行くという目的はあっても、何の映画を見るのかは全く決めていないし、そもそも今何を上映しているのかも知らない。つまり、行き当たりばったり。
「今からの時間帯だと、『白猫館のラブレター』と『ミスターデンジャー』それから『人狼塔からの脱出』の3本だね。どうしようかなー」
 映画に行くという企画を立てた甲府ですらこれである。
「白猫館のラブレターって、どんな話?」
「猫カフェを舞台にしたラブコメ。原作は大ヒットした恋愛小説で、読んだことあるけど面白かったよ」
 1年女子2人がポスターを見ながらあれこれと話している。
 まあ、ラブコメは個人的にパス、か。 あまり興味のないジャンルだし、ポスターのデザインもどちらかと言うと女性好みな感じだし。
「うーん、ラブコメは今気分じゃないなー」
 隣にいた道ノ倉も同意見のようだった。
「えー、ミッチー先輩はラブコメ否定派ですか?」
 1年女子の1人、志村 沙輝(しむら さき)が茶々を入れるように言う。
「いや、否定ってわけじゃないけど、みんなそっちに行きそうだから僕が行くと浮きそうだし。それに」
 そう言って道ノ倉は一瞬だけもう一人の1年女子である市原 藍(いちはら あおい)の方をチラリと見た。
「映画の出来が外れだった場合、藍ちゃんが「原作と違う」と色々文句言いそうで怖いんだよなあ」
 もちろん本人に聞こえないようにする配慮は忘れていない。
「ああ、藍ってそういうの気にするタイプだから。わたしは平気だからフツーに観ますけど」
 となると、残る選択肢は2つ。
「ミスターデンジャーというのは?」
「ハリウッドお決まりのガンアクションだな。もうそろそろ公開終了のはずだから見るなら今かも。ただ」
「ただ?」
「僕、この映画、先月も見たんだよなあ」
「悪いが道ノ倉、お前の事情はどうでもいい」
 まあ、アクション映画なら退屈せずに済むだろう。
「えー、ヤマさん冷たいー」
「子どもか。お前はあともう一つのやつを見ればいいだろ」
「もう一つのやつって、人狼ナントカってやつか」
 そう言いながら脇に張ってあるポスターを見る。なんか、ヨーロッパにありそうな石造りの建物の脇に統一感のない老若男女の顔が10人ほど浮かび上がっている。キャッチコピーは『疑心暗鬼遊戯の最高峰』。どう見てもホラーである。道ノ倉の顔から一気に血の気が引いていた。
「無理! 絶対無理!」
「あらすじは、殺人鬼のいる塔に閉じ込められた男女10人が命がけの脱出ゲームに」
「あらすじ言うのやめて! それだけで夜眠れなくなっちゃうから!」
「ミチ、うるさい」
 横から大将がたしなめる。
 結局、甲府と1年女子2人が白猫館、俺と道ノ倉と大将がミスターデンジャーを見ることになった。
「って、ナリ君は? いつの間にかいないんだけど!」
 志村の声でようやく気付いたが、周囲を見ても町成の姿がどこにもいない。
「どこ行っちゃったんだろう? まさかはぐれたとか?」
「子どもじゃあるまいし。いや、でもナリ君って小動物っぽいしなー。うっかり悪い人に絡まれてるとか」
「沙輝ちゃん、縁起悪いことを言わないの!」
 とはいえ、探しに行くにも上映時間まであまり余裕はないようだ。下手に動こうとすると行き違いになる恐れもある。
「電話は?」
「マナーモードになってて気づいてないみたい。とりあえずチケットだけでも買っておく?」
 が、町成がどっちの映画を見るのかがさっぱり分からない。騒がしそうなのが苦手な感じがするから白猫館の方が好みそうな気がするが、かといってラブコメをすすんで観るタイプにも見えない。
 仕方なく、町成の分は本人が来てから自分で買わすことにし、俺たちは俺たちでチケットを買うことにした。一人だけ席がバラバラになってしまうが、まあ、厳しいことを言えばいない奴が悪いんだから仕方ない。
 俺たちの席は比較的中央寄りのいい席が取れた。まあ、公開終了の誓い映画で人が少ないのだろう。白猫館組は隅っこの方の席しか取れずに気の毒だったが。
「あ! ナリ君! ナリ君戻ってきた!」
 上映時間間近になってようやく、彼が姿を現した。
「ナリ君、どこ行ってたの!」
「ストラップの金具落として、探してて」
 志村のヒステリックな剣幕にたじろぎながら町成が事情を説明する。
「まあそれは後! もう時間内から先行っちゃうよ。ナリ君も見たい映画のチケット買いに行きなよ。席、バラバラになっちゃうけど。はい、これナリ君の割引券」
「あんまり時間内から早くねー」
 町成は頷いてから上映時間の表示された電光掲示板を見る。
 それから彼がチケット売り場の列に並ぶのを見届けてから、俺たちはそれぞれのシアタールームへ移動した。


 映画はまあ、道ノ倉の言ったまんまの『ハリウッドお決まりのガンアクション』だった。
 劇的に面白いという訳でもなく、まあ暇つぶしにはなるかと言えるくらいの。ラストで大爆発が起きるのもお約束だったし。
 スタッフロールを見終え、3人で外に出るとロビーのソファにはすでに町成がいた。心なしかとても機嫌がよさそうに見えた気がしたが、俺たちの姿を見るとすぐにいつもの無表情に戻った。
「あれ? ナリ君一人? 他の女子は?」
 道ノ倉の問いに町成は首を横に振りながら「まだです」と答えた。
「てか早いね?」
「スタッフロール、あんまり興味ないので」
 ああ、たまにいるな。映画のスタッフロールは見ないタイプ。俺はなんとなくもったいないから最後まで見ていくタイプだが。
 さらに5分ほどして、白猫館組が戻ってきた。
 少し夢見がちな表情の甲府に、号泣している志村、そしてそれをなだめる市原。
「ラストの空地のシーンが! ほんと、マジ、奇跡で、もう!」
「原作だと公園なんだけどね。とりあえず泣き止もう? ね?」
 本当に後輩女子2人は性格が対照的だ。
「なんかああいうの見てるとものすごく面白かったように見えるよなー」
「何だミチ、やっぱり猫の方が見たかったのか? 何なら一人映画館に残って次の上映時間を待つか?」
「ちょ、大将、何気に酷くね?」

 

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