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譲れない戦い #とは


       七人七色 陸校美術部の騒々しい休日(4)


 映画鑑賞後、時間はすでに1時を回っていたので近くのハンバーガー屋で昼食をとることにした。
 食事中は先程観た映画の話で盛り上がったり、大将と道ノ倉がテリヤキバーガー対チーズバーガーと言う不毛な討論(と言うほどの物でもない)を始めたり、そこへ甲府が入ってきて何故か最終的に2段アイスのトッピングの組み合わせ談義というよく分からない方向へ話が発展していった。
「だーかーらー。上にはこってり味のアイスを乗せて、下はさっぱりしたシャーベットで締めるのが一番だって」
「えー。シャーベットよりチョコミント、それか抹茶アイスみたいな渋いので締めだよ。ミッチー分かってない」
「ん? 私は前に上下ともチーズケーキ味にして食べた事があるが?」
「「大将(喜衣乃ちゃん)は2段アイスの食べ方を全く分かっていない!」」
「これが噂のダブルツッコミか・・・」
 ちなみに俺は2段でアイスを食べるという事自体やらない。1個食べたらそれで満足してしまうし。
 1年生3人はと言うと、志村と市原は先程観た映画の感想を語りあっており、町成はと言うと、誰の話の輪に入らず、ほとんど氷水になってしまってるドリンクを退屈そうにすすっていた。元々自分から話の輪に入らないタイプだから、放っておくとすぐ一人になってしまう。まあ、本人も特別寂しがりでもなく、構ってほしいという感じでもなさそうなので変に世話を焼かない方がいいんだろうが、部活以外はどう過ごしているんだろうか、町成は。大将とは別の意味で浮いていそうな気がする。

 

 昼食後はそのまま近くのゲーセンに行くことになった。
 校則的に大丈夫か? と何度も繰り返す大将を、道ノ倉が「流行を追うのも美術やる人間には必要だ」と言う訳が分からない理論で説得し、自分はそのまま両替機の方へさっさと行ってしまった。
「ところで山県」
 大将が俺の方を見た。
「どうした、大将」
「遊ぶだけの為に浪費する感覚がよく分からないのだが」
 小銭とは言え、お金はお金。確かにゲーセンに行かない人間にとっては無駄遣いにしか見えない。
「すまん、大将。それは俺にもあまり理解できない。何せ、こういう機会じゃないとゲーセンに行くこともないし」
 そこへ甲府が乱入してきた。
「あー、もう。難しく考えなくても遊園地で乗り物乗るときにお金払うのと同じと思えばいいじゃない。ね? まあ最近の遊園地は入場パスで乗り放題の所がほとんどだろうけど」
「そういうものなのか?」
「まあ、無駄遣いはよくないという意味なら同意だけどね。ほら、プリクラでも撮ろっか」
 こういうのを女性らしいというのだろうか。本当に甲府はよく気が回る。さっきの古着屋の事と言い、今も俺が返答に困ったときの助け舟と言い、よくそんなに機転が働くものだと感心する。
 女子たちがプリクラ台の方へ行ったため、必然的に男子だけが取り残された。
 両替から戻ってきた道ノ倉を加え、何かのゲームで勝負してみようという話になり、とりあえずすぐそばにあったエアホッケーの台の方へ移動した。まあ、これならゲームに疎い俺でもできそうである。
 じゃんけんで戦う順番を決めた結果、最初の試合は道ノ倉VS町成、俺は審判役(と言う名のただの見学)となった。
「いっくよー、ナリ君」
 無駄にテンション高い道ノ倉に、町成は半分呆れた顔でこくりと頷く。
 そう言えばゲーセンのエアホッケーとは言え、町成が運動するところを見るのはこれが初めてのような気がする。と言うより、町成の小柄でひょろっとした容姿からスポーツとか運動と言うイメージが一切沸いてこないのである。本人には申し訳ないが。
 まあ、さすがに素人がろくに仕事できないサッカーやバスケで突き指する道ノ倉ほどは酷くはないだろうとは思うけど。道ノ倉の運動神経のなさはある意味すごい。
 サーブは町成から。コンという音と共にパックが撃ちだされ、壁に数回バウンドしてから道ノ倉のゴールにあっさりと入る。
「おい、いきなりサーブで点取られるなよ!」
「いやー油断しちゃって」
「今絶対素で取れなかっただろ」
 気を取り直して次は道ノ倉のサーブである。
 一瞬、サーブミスで自殺点というベタな展開が頭によぎったが、さすがにそんなことにはならず、パックは無事に撃ちだされた。
 中央のネットを通り抜け、次は町成のレシーブだ。と思ったとたん、カーンという音と共に、パックが道ノ倉側のゴールに突き刺さった。
 レシーブどころか、あまりにも鮮やかなカウンターの炸裂。それを理解するのに俺も道ノ倉もしばらくかかった。
「ちょ、え。ええっ?」
 当の町成は何事もなかったのように平然としている。
 その後試合は一方的に町成の優勢が続き、結局道ノ倉は相手の油断で1点返せただけで終了した。
「てか、ナリ君強すぎ! 実はプロなの?」
 道ノ倉の問いに首を振る町成。
「クラスの友達と何回かやったことがるくらいで」
「まじかよ!」
 驚く道ノ倉。 むしろ俺はどちらかというと町成にクラスの友達がちゃんと存在していたことの方に驚いたのだが、それは黙っておこう。いや、安心はしたけど。
「あと、こういう動きに慣れてるってのもあると思います。俺、中学の時は卓球部だったんで」
「え、うそ? ナリ君卓球部だったの? 僕てっきりサッカー部だと思ってた」
「卓球部です」
 2戦目は俺と町成との試合だった。
 結果はやはり俺の負け。試合内容としては道ノ倉よりはマシに戦えたというレベルか。
 3戦目はまあ、特筆すべきところもない。何をやってもさっきの町成のプレイには全く及ばないし、結局3点差で俺の勝利で終わった。
「あちゃー、僕が最下位? まあ、指の怪我があったしなあ。てかナリ君がこんなに強いとは思わなかった」
「確かにな。動きが半端じゃない。あとついでに言うが、負傷していない方の利き腕しか使わないゲームはハンデとは言わないからな、道ノ倉」
 しかしこれだけの逸材なのになぜ町成は美術部に入ったのか。大将のように特殊な(本当に、極めてまれな事例)事情があるとも思えない。
 あ、よく考えたらうちの学校卓球部がなかった。それでか。
「なんだか楽しそうだな」
 プリクラを取りに行っていた大将がいつの間にか戻っていた。
「途中から見ていたが、特に町成の動きは群を抜いていたな。まさかここまで動けるとは思わなかった」
「でしょ? 大将もそう思うっしょ? って、大将?」
 道ノ倉の言葉を無視し、大将は町成の前に立った。
 男子の割には小柄な町成と、女子の割には長身な大将が一緒にいると、どうにも奇妙なバランスを感じてしまうのだが、それはさておき、大将は町成を見据えながら、きっぱりはっきりと言った。
「町成。一対一の勝負を申し込む」
「うあ、やっぱりそうくるか!」
 町成の代わりに道ノ倉が反応する。まあ、好戦的な大将の事だ。こう言い出すのは予想の範囲内ではあったが。
「ナ、ナリ君、先輩だからって無理にきく必要はないからね?」
「何を横からごちゃごちゃ言ってるんだ、ミチ」
「いやいや、大将、これは別に邪魔して言ってるんじゃなくて、純粋に心配してるんだよ、僕は」
「私の心配なら無用だ。エアホッケーで何を心配することがある?」
 言うまでもなく、道ノ倉の「心配」は大将の相手をさせられる町成の方をさす。が、道ノ倉にそれを訂正する度胸はないので、結局スルーされた。
「で、どうする? 気がすすまないなら無理強いはしないが」
 町成は大将の顔をじっと見上げると、やがてこくんと頷き、「やります」と答えた。

 

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