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       七人七色 ビタースイート・キューピッド(1)


 ぐしゃりと嫌な音がして、綺麗にラッピングされた「それ」は一瞬にして無残な姿へと変わってしまった。
 ひどい。あれは先輩のために一生懸命作った物なのに。
 そう抗議する前に、目の前にいる彼女は鬼のような形相で私を睨み付けて「この卑怯者!」と叫んだ。
「アンタのような奴を薄汚い泥棒猫って言うのよ! 人の彼氏に手を出すとか信じられない!」
「ち、違います! 私、そんなつもりじゃ」
 これは今までのお礼とか感謝の気持ちをお世話になった先輩に伝えたかった、ただそれだけなのに。
「だったら何? 義理だったらこんな手の込んだの作らないでしょ? 健気アピールで人の彼氏に取り入ろうとか恥を知りなさいよ!」
「それは誤解です! 私は本当に」
「誤解? 本当にそう言い切れるの? こういうの、迷惑なのよ。私だけじゃなく、彼にとっても」
 迷 惑。
 その単語に私は言葉を失った。
 そんなつもりじゃなかったのに。どうして。
 ショックで頭の中が真っ白になっていく中、彼女の罵倒は次々と降りかかってくる。
 もう、やめて。許して。
 私が悪いんです。私が悪いって認めるから、もう許してください。
 だけど、それは相手に伝わることもなく、罵倒は止む事もなく続いた。

 そこで、目が覚めた。

 

 どうしてあんな夢を見たんだろう。
 起きてからしばらくたつのに、その余韻が全然消える気配がない。
 おかげで朝の支度に手間取って髪型は決まらないわ、出かけようとして二度も忘れ物をするわ、忘れ物を取りに引き返す途中で思いっきりすっころぶし。
 結局、学校に辿り着いたのは始業開始5分前だった。月曜からこれじゃ先が思いやれる。
「おはようあかり。って、何か朝から疲れてるみたいだけど大丈夫?」
 フラフラになって教室に辿り着いた私を、クラスメイトにして親友のクリスティーナ・I・丁(ひのと)が心配そうに声をかける。
 ちょっと変わった名前だけど、彼女のお母さんはアメリカ人で、彼女自身もアメリカ生まれの、ちゃんとした本名である。私たちはティーナって呼んでるけど。
「だ、大丈夫。そういう日もあるってことで」
「そ、そう? 大丈夫ならいいんだけど」
 ティーナは首をかしげながら私の方を見た。肩にかかった長い髪がさらりと揺れる。
「それよりも昨日、『白猫館のラブレター』見たよ。すっごい感動した!」
「え、あれ見たの? いいないいなー」
「美術部のみんなとね。まあ、色々あったけど」
 この色々に関しては笑えることから笑えない事まで文字通り「色々」だったんだけど、それはまあ前回の章でやったのでここでは省略。
「あかりのいる美術部って、確か山県(やまがた)君も一緒なんだよね?」
「ヤマさん? うん、そうだよ」
 ヤマさんこと山県 公斗(やまがた きみと)君。同じ部活仲間でクラスも一緒の男子だ。大体の人は彼の事を、色黒で背がとても高く、いつも落ち着いてる人で認識している。あとすごく真面目。
「と言っても昨日はそんなに喋ってなかったけどね。映画も違うの見てたし、ゲーセンでは勝手に男子同士で盛り上がってたみたいだし」
「ふーん、そうなんだ」
 なんとなくヤマさんの席の方に目をやると、彼はどういう訳か、考える人の像のようなポーズのまま固まっていた。
「ヤマさん、何やってるんだろ?」
「さ、さあ?」
 ティーナは、考える人モードになっているヤマさんの方を少しだけじいっと見ると、すぐに持っている楽譜に目をやる。
「それ、部活の出し物?」
「うん、まあね。テスト期間で間が空いた分、ちょっとでも感覚を取り戻さなきゃって思ってさっきからずっと見てたの」
 彼女の部活は合唱部。文化祭では演劇部と合同でミュージカルをやるとか言っていた。
「いつも思うんだけど、歌える人ってすごいよね。楽譜通りの音の声を出すって感覚が私には難しいもん」
「そう? 私にしてみれば、白い紙見てサラサラ絵が描ける感覚の方が分からないと思うけど。紙はどこまで行っても紙だもん」
「そういうもの?」
「そういうものよ」
 意外、とよく言われるんだけど私は歌うのが超苦手だ。音階? 音程って言うの? とにかく楽譜通りの高さの声がきちんと出せない。
 絵を描くときは、例えば赤色を塗るときはちょっとくらいピンクがかかろうがオレンジがかかろうが「赤色」と認識できるけど、音楽の場合はそうはいかない。ドの音はちゃんとドの音で出さないと、ちょっとでも外れるとごまかしがきかないのだ。
 と言う話を前にティーナにしたら、「絵の方がごまかし効かないじゃん。一目でそういうのばれちゃうし、音は聞き流しちゃったらばれないしスルー出来るもん」と反論されたけど。
「あかりの部活は順調?」
「うん。うちは毎年展覧会だから。あとやる事は仕上げと配置と飾りつけだけ。バリエーションは結構豊富だよ。油絵とか水彩以外にもCGや漫画もあるし、ヤマさんなんか立体で馬とか作ってたし」
「え? 山県君、馬とか作れるの?」
 ティーナがヤマさんの席の方をチラリと見、すぐに視線を戻す。
「馬以外にも動物作ってたよ。鳥とか狼とか」
「へ、へえー」
 なんだか取り繕っているような笑顔のティーナ。なんかおかしい。
 私はそれを言おうとしたけど、ティーナが話題を切り替える方が早かった。
「あ、昼休みはクラスの方の打ち合わせだよね。衣装合わせの」
「え? あ、そうだよね。そろそろ最終チェックしないといけないもんね」
 私たちのクラスはハロウィンの時期が近い事もあって、仮装パフォーマンスをやる事になってる。簡単に言うと、皆が思い思いの衣装をまとって校舎のあちこちをうろつくだけ。
 外からのお客さんの案内や、ちょっとしたパトロールといった役割も兼ねているけど、基本的にはテーマパークの着ぐるみのようなものだと思った方が分かりやすいかも。
「でもあかりの作った衣装楽しみなんだよねー。てか、服作れる腕があるのになんで美術部入ってるのかが謎だわ」
「まあ、そこは悩んだんだけどね。絵を描くのも同じくらいには好きだよ」
 本当は手芸部の先生があんまり好きじゃなかったというのもあったんだけど。美術部の国木田(くにきだ)先生も相当変わってるけど、あっちの方がまだ許せるというか。
 あ、これは内緒ね。。

 

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