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bouzen


     七人七色 ビタースイート・キューピッド(3)


 結局ティーナの頼まれごとはほとんど達成できないまま、その日は終わってしまった。
 ヤマさんの言葉を素直に信じるのなら、少なくとも今のところ誰とも付き合ってもいなければ、好きな人も特にいない。
 だけど、ヤマさんのオーバー過ぎるにも程があるリアクションは何なのだろう。普段ならミッチーのからかいなど適当にスルーしているのに、どうしてあの時に限ってあんな反応だったんだろう。どうにもそこが気になってしょうがない。というか、あんなに取り乱したヤマさんを初めて見た。
「というわけだったの」
 翌朝一番に、ティーナにはありのままの出来事を全て話した。あんまり役に立てなくてごめんと付け加えながら。
 私の話を聞き終えたティーナはしばらく考え込んでいたけれど、やがて何かを決心したかのように顔を上げた。
「私、頑張って告白してみる」
「え?」
「勝算あまりなさそうだけど、本当にフリーだったらチャンス、かもしれないし。それに、山県君に好きな人がいるなら、ほら、きちんと確かめたいし」
 ティーナ、まさかそこで思い切るなんて。
 よくある「恋する乙女は無敵」というフレーズがあるけど(あるよね?)正にそれ。ただ、めちゃくちゃ声が緊張で震えてる。
「ティーナ。本当に、大丈夫なの?」
「う、うん」
 ヤマさんの反応はすごく気になるけど、こう言っちゃってる以上ティーナを止める理由もない。ダメだった時は本当に責任とれないけど。
「という事であかり、今からいってくる!」
「え。今から?」
「うん。今から。私の勇気が切れる前に言わなきゃダメな気がするから」
 言うや否や、ティーナはヤマさんの席にまっしぐらに特攻した。席で小説を読んでいたヤマさんが不思議そうに顔を上げる。
「山県君!」
「な、何だ?」
「話があるからついてきてほしいの! ここじゃちょっと話せないの!」
 そう言ってティーナはヤマさんの腕を強引につかむ。
 これ、絶対テンパって暴走している気がするんだけど、止めるべき? いや、ここで止めたら告白の邪魔にしかならないし!
 ハラハラと見守る中、ようやくティーナがヤマさんを教室の外へ連れ出すことに成功する。ヤマさんが抵抗しなかったのが幸いだった。
 それから待っている間、ものすごく長く感じた。
 HRのチャイムが鳴る直前になってようやく放心状態のティーナが戻ってくる。
 だけど、ヤマさんはいつまでたっても戻ってこなかった。

 

「ちょ、ティーナ。その、大丈夫?」
 いつもの倍くらい長く感じた一時限目の授業が終わってから、私はティーナの元へ真っ先に駆け寄った。本人はまだ放心状態で、心ここに非ずのままだった。この様子じゃ、授業も上の空だったと思う。
「おーい、ティーナ?」
 私はティーナの目の前に手をかざすと上下に振って見せた。
「あ、あかり」
 やっと反応した。なんだか今にも泣きだしそうなくらい、危なっかしい表情。
「あのね、ちゃんと告白した」
「え?」
「東階段の踊り場まで、山県君を連れて行って、ちゃんと告白した」
 声が可哀想なくらいに震えている。
「でも」
 そして急激に暗くなるトーン。そっか。この様子だとダメだったんじゃ
「逃げてきちゃった」
「はい?」
「返事聞く前に逃げてきちゃったのっ!」
 軽く目眩がしてきた。どうやらティーナはヤマさんを連れ出して二人きりになったところで告白したのはいいけど、あまりの緊張に耐えられず、パニックになって逃げてきたらしい。
「どうしよう、あかり! どうしよう!」
 涙目でどうしようと言われても。ある意味その場でフラれるより心臓に悪い事になっちゃってるし。
 そして一番謎なのは、ヤマさんが未だ教室に戻って来てないという事だ。あの人の性格上、授業をサボるなんてありえないのに。
「おーい、甲府」
 不意に私を呼ぶ声がしたので、仕方なく考えるのをやめて、そちらに顔を向ける。
「今さっきB組に行ったら、大将が渡してほしいってさ。これ、部活のノートじゃね?」
「喜衣乃ちゃんが?」
 渡されたノートを見ると、確かにこれは美術部専用の日誌だった。定期的に個々の活動内容を書く決まりになっている。
「あれ?」
 ノートがやけに固いと思ったら、下敷きが挟まったままだった。ご丁寧に『二年B組 都 喜衣乃』と名前が書かれている。
 ああ、喜衣乃ちゃんうっかりした時期挟んだまま回しちゃったか。見たところ普段から使っていそうなものっぽいし、下敷きなしでノート取ったりするのは嫌だろうから(少なくとも私にとってはすごく耐えられない)返しに行かなきゃ。
「ごめんね、ティーナ。ちょっと席外すわ。その、まだダメだって決まったわけじゃないから、はやく元気出してね?」

 

 私は急いで階下にある喜衣乃ちゃんのクラスに行き、下敷きを返した。そして急いでティーナの元へ戻ろうとして、ふと足を止めた。
 そう言えば告白した場所って東階段だって言ってたっけ。
 この校舎には私たちが普段使っている西階段と、全くと言っていいほど使われていない東階段がある。
多分ありえないと思うけど、最後にヤマさんがいたこの場所に失踪の手がかりがあったりして?
 まあ、やっぱりありえないよね、と思いつつ、一応様子を見てみようと東階段の方へ向かい、そのまま階段を上る。
 そして踊り場に出て方向転換した途端、私は思わず小さく悲鳴を上げた。
「ちょ、なんでっ?」
 なんと、踊り場の隅っこに、ヤマさんが体操座りでうずくまっていた。
「甲府か」
 まるで錆びついたロボットのようにぎこちない動作で顔を上げるヤマさん。その姿は異様過ぎて正直怖い。
「というか、すっごく顔色悪いんだけど、大丈夫?」
「あ、ああ、命に別状はない」
「そんな大げさな事は心配してないよっ?」
 ダメだ、このヤマさんなんかおかしい。いや、おかしいって言ったら失礼だけど。
「一体何があったの?」
 返事がない。
 だけど沈黙に耐えられなくなったのか、観念したかのように話し始めた。
「さっき、丁に呼び出されて、連れてこられた」
「あ、ごめんヤマさん。その辺の事情は知ってるんだ」
「なんだとっ?」
「だって、私とティーナ親友だし。告白されたんでしょ、ティーナに」
 ヤマさんが顔を真っ赤にして言葉を詰まらせた。
「それでどうするの? ティーナったら告白の返事もらう前に逃げちゃったんだけど、あの様子じゃヤマさんの方から何か言った方がいいかもね」
「何かしらって、俺はどうしたらいいんだ」
 こればっかりは当人同士の問題なので、私にはどうすることもできない。
「だだだだいたい、その、女子にこ、告白されること自体初めてなんだぞ、俺は。それも好き以前に今まで喋った事すらない相手に。それに」
「それに?」
 そこでヤマさんが再び黙り込んだ。黙り込んだ上にふさぎ込みはじめた。
 なんかものすごくティーナに残念な知らせを届ける羽目になるんじゃないかと思って、体中から嫌な汗が噴き出すような感覚に襲われた。
 だってこのパターンだと「他に好きな人がいる」というのがものすごく濃厚なんだけど。
「・・・・・・だ」
「え? なんか言った?」
 10秒くらい無反応の状態が続き、ようやくまたヤマさんが顔を上げた。もう人前には出せないくらい酷い顔つきになっていた。
「女子と喋るのが壊滅的に苦手なんだ、俺は!」
 今度はこっちが言葉を詰まらせて沈黙する番だった。ようやく出た言葉が「は?」だったもん。
「誤解するな。俺は女嫌いでも女性差別主義者でもない。ただ、その、会話というかコミュニケーションというか」
 この後のセリフはもうちょっと続いたんだけど、テンパって舌が回っていないため、まともに聞き取れたのはここまで。でも言いたいことは分かった。
 つまり、ヤマさんは異性の前だと極度に緊張してしまううえ、色恋話が全くダメという事である。
「って、私や喜衣乃ちゃんとは普通にしゃべてるじゃん!」
「お前ら2人は部活でよく顔合わすし、そもそも中学も一緒だったろ!」
「つまり、慣れたと」
 なんか頭がクラクラしてきた。
「あれ? 今「2人」って言ったよね? 藍(あおい)ちゃんと沙輝(さき)ちゃんは? あの子たちもうちの部活でしょ?」
「最近は目線さえ合わせなければ普通に喋れるくらいにはなった」
 つまり、目線逸らした状態で会話できるまでに半年くらいかかった、と。
 なんだか頭がクラクラしてきた。
「ヤマさんって何事にも動じなさそうな人だと思ってた」
「何事にも動じない人間などこの世にいない」
「そうだけど、いばって言う事じゃないよ、それ」
 けどどうしよう。ヤマさん理論だと、ヤマさんがまともにティーナに話しかけられるようになるまで今から最低半年くらいかかるという事になる。同じクラスとは言え、お互い今の今まで会話がなかったんだから他人同然だし。これじゃ、ティーナの恋を成就させるのは難しいかもしれない。
「で、でもヤマさん、それだと今は別に好きな人がいるってわけじゃないんだよね?」
「い、いるいない以前に無理なんだ! 本当に!」
 ヤマさんが声を荒げた。
 そして勢いよく立ちあがったと思うと、フラフラしながら逃げるように上り階段に足をかけた途端、動きが止まった。
 何事かと思ってヤマさんの視線の先を追ってみると、
「2人とも、何してるの?」
 階段の上から、ティーナが泣きそうな顔でこちらを見下ろしていた。

 

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