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VS?


     七人七色 ビタースイート・キューピッド(5)


「へー、そんなことが。なんか意外」
「沙輝、それ何気に失礼だから」
 部活終了まで時間があるものの、作業も打ち合わせも終わったので女子たち全員で他愛のない雑談に花を咲かせていた。話題は言うまでもなく、ヤマさんの話だ。
「でも山県先輩ってやっぱり女子苦手なんですね」
「あ、藍ちゃん気付いてたんだ」
「私も男子と喋るの、あまり得意じゃないので何となくそれに似てるなって」
「うん。ヤマさん先輩、最近は割と普通だけど、うちらが入部したての頃はそんな感じ」
 後輩二人の証言に、私と喜衣乃ちゃんは思わず顔を見合わせた。
「知ってた?」
「いや全く」
 付き合いの長い私たちの方が気付かないって、本当にどうなんだろう、これ。
「けど、いいのか?」
「いいのかって?」
「いや、山県とあかりの友達が付き合う話」
「どういうこと?」
 喜衣乃ちゃんの質問の意図が分からない。そもそも二人が付き合うことに何の問題があるんだろう。
「なんだかあかりを見ていると、賛成するのをためらっているように見えた」
「私がぁ?」
 自分でも素っ頓狂だと思える声が出た。
「いや、ちょ、待って、ねえ。何処をどう見たらそうなるわけ? 大体嫌いだったら仲を取り持つこともしないでしょ? 意味が分からないよ」
「ならなんで、焦ってるんだ。さっきの山県への態度もいつもと違う」
「そ、それは」
 それは私にもわからなかった。ヤマさんにはすごく申し訳ないんだけど、自分でもどうしてそんな行動を取ったのか、さっぱりだった。
「一度よく自分の気持ちを整理してみたらどうだ。そうしないと見えてこないこともある」
 なにそれ。
 まるで火薬に火がついたかのような、カッとした何かが心の中で湧き上がる。
「喜衣乃ちゃん。何か勘違いしているようだけど、私は別にそんなんじゃないから」
 自分でもぞっとするような暗い声。
 喜衣乃ちゃんは一瞬眉をひそめたが、何事もなかったかのように続けた。
「だったらなぜ怒ってるんだ? らしくない」
「怒ってるつもりはないし、そう見えるのは喜衣乃ちゃんが変なことを言うからだよ」
「私は別に変なことを言ったつもりはない」
「つもりはなくても、そう見えちゃう場合もあるの!」
 言ってから頭の中で忘れたいと思っていた何かが弾けた気がした。

 

「それは誤解です! 私は本当に」
「誤解? 本当にそう言い切れるの? こういうの、迷惑なのよ。私だけじゃなく、彼にとっても」

 

 ああ、私ってどうしてまた似たような間違いをやっちゃうんだろう。

 

 否定しているのに、全然通じなくて、それなのに誤解されるようなことをやっちゃって。
「あかり?」
「ごめん、私、帰る」
 なんかすごく泣きたくなってきた。
「待て、あかり」
 喜衣乃ちゃんが引き留めようとするのを、手で制止すると、ただ一言「追っかけて来たら許さないから」と釘を刺して私はそのまま退室した。
 自分でもものすごくきつい事を言ったと思う。でも、ここまで言わないと喜衣乃ちゃんはどこまでも追及してくるだろう。あの子はそういう子だ。

 

 私、本当に何やらかしちゃったんだろう。
 放課後辺りから自分でも分からない事ばかりやっちゃってるし。らしくないって散々言われてる気がするし。
 美術室から下駄箱までの長い距離をとぼとぼと歩きながら考える。
 ティーナとヤマさんがうまくいってほしいというのは本心だ。二人ともいい人だし、そもそも反対するんだったら仲人も応援もしない。
 じゃあ、なんで私はさっきヤマさんに対してあんな態度を取っちゃったんだろう?
 言動が不甲斐ないから苛立った? いや、確かにツッコミ所は多かったけど怒るほどの事じゃない。

「一度よく自分の気持ちを整理してみたらどうだ。そうしないと見えてこないこともある」

 さっきの喜衣乃ちゃんの言葉が思い浮かぶ。
 あれは身勝手な誤解だと思ったけど、もしかして誤解しているのは私の方?
 あんまり考えたくないし、考えたことすらなかったけど。

 私は、もしかして、ヤマさんの事を好いているんだろうか?

 何かめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど! 急速に全身が熱くなって思わず足を止める。
 ううん、恥ずかしがっている場合じゃない。これは多分重要な事だ。
 でも、あくまで冷静に考えなきゃ。うん。
 ギュッと目をつぶって、5秒か10秒くらいヤマさんをどう思うのかを考える。


 結論。


 多分、恋愛で言う好きとは違う気がしてきた。
 そう思ったのは、単純に頭の中でミッチーとどっちが好きかと問いかけて、二人ともそれほど差がないという事に気づいてしまったからだ。
 何だ。見苦しい嫉妬とかじゃなくて本当に良かった。
 そこまで考えて、じゃあこのモヤモヤした感情の正体は何? という疑問がわき起こる。
 恋愛感情じゃないんだったら、もう何も問題ないはずなのに。
「あかりちゃん。こんな所にいた」
「ひゃあっ!」
 いきなり声をかけられ、思わず変な声を上げる。心臓が飛び出そうだった。
 振り返ると、声をかけたのはミッチーだった。私の悲鳴にびっくりしたのか、口をぽかんとあけている。
「って、これじゃ僕が変質者みたいじゃないか!」
「ご、ごめん」
 本当、どうにも今日の私はグダグダだ。
「一体どうしたの? 美術室に戻ったら大将の様子がおかしかったし」
「う。やっぱり」
 どう考えなくても私のせいだ。
「きっと怒ってるよね、喜衣乃ちゃん」
「ううん、めっちゃ凹んでたよ」
 いっそ怒ってくれた方が気が楽だったかもしれない、と考えるのは勝手かな。どっちにしても酷い事言っちゃった。
「で、本当に何があったの? 話したら楽になるかもよ?」
「でも」
「大丈夫、僕、守秘義務は破らないから。ほら、アメ食べる?」
 鞄からごそごそとキャンディの袋を出しながらにっこりするミッチー。
 私はちょっとだけ、5秒くらいためらって、それから無理矢理笑顔を作りながら、キャンディの袋に手を伸ばした。

 

 

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