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  OG&OB


     七人七色 まつりの前(2)


 部活の時間になると、雨はざあざあと強くなり、風も出てきた。思ってたよりも早く台風が近づいているらしい。
 とはいえ、今のところ警報が出るほど酷いわけでもなく、多くの部活はそのまま決行を取っていたのでうちの部もそれに倣うことにした。文化祭に向けて作品の最終チェック、レイアウトの打ち合わせ、飾り付け用の小物の制作(これはあかりが率先してやっていた)などやる事がまだ残っている。
「雨酷くなってきたねー」
「そうだな」
 私はあかりの手伝いで小物に使うリボンを巻いていた。もうこれは美術というより手芸の領域に当たるような気がするのだが、「手芸も芸術の一つ!」というあかりの主張に反論する要素が見当たらなかったのでそれ以上は何も言わなかった。が、美術部において活動中にぬいぐるみ作ったり刺繍縫ったりした部員は後にも先にもあかりくらいしかいないとだけは言っておく。今回の文化祭も何故か絵に紛れてどっかのゆるキャラみたいな動物のぬいぐるみも展示されているし。
「あかり。これでいいか?」
「うん、喜衣乃ちゃんも結構上達したねー。じゃあこれは壁の所に飾ろっか」
 ふとあかりのすぐ横を見ると、彼女は私がリボンを1本巻いている間に複雑な紙細工が何個も出来上がっていた。
「そう言えば今日、先輩達が来るんだっけ? いつ来るのかな?」
「もうそろそろ来ると思うのだが。あ、どうやら今着いたようだ」
 部屋の外からガラガラと台車を引きずるような音がこちらに近づいてきて、美術室の戸が勢いよく開けられる。
「よー、頑張ってるか、後輩どもー」
 小柄な体に不釣り合いな大きな荷物をカートに乗せて引きずりながら、洲田先輩が室内に入ってきた。その背後には、先代の副部長である省野 考作(しょうの こうさく)先輩の姿も見える。
「いやー、教室からここまで持ってくるの大変だったわー。省野っち、男ならレディに荷物持たせんなって」
「全部お前の荷物だろうが! と言うか朝一で美術室に運んでおけばこんな手間にはならなかっただろうに」
「むーりー。今日遅刻寸前だったもーん」
 妙に甘えた声でわがまま放題な洲田先輩を横目に、省野先輩は盛大なため息をつく。
 この2人は、部にいた時からこんな感じだった。一度洲田先輩に、省野先輩への態度が少し横柄ではないかと言ったことがあるのだが、それを止めたのは省野先輩の方だった。
「あいつはあれでいいんだ」と返されたが、正直何がいいのかは分からない。だが、省野先輩にとっては「あれ」である方がいいのだろう。だから私はそれ以上は何も言わなかった。
「あー、洲田先輩たちいらっしゃい!」
「2人とも夏以来ですね。お久しぶりです」
 部屋の奥にいた部員達が一人、また一人と先輩たちの方へ集まってくる。
「おー、みんな元気そうだねえ」
 集まった部員達を一人ひとり見ながら、洲田先輩が嬉しそうに笑う。
「で、ミヤコちゃん、荷物どうしたらいい?」
「とりあえずそっちに広げておいてください。と言うか、その呼び方も相変わらずですよね」
「都 喜衣乃(みやこ きいの)だから何も間違っちゃないでしょ」
 荷物はカートからおろされ、てきぱきと並べられていく。省野先輩の荷物も同様だった。
「わあ」
 部員達の感嘆の声が上がる。
 大小様々な油彩画のキャンバスと水彩画のパネル。どれもこれも先輩達が美術部の活動を通して作り上げた傑作中の傑作だった。
「どうよ、後輩ども。こんだけあれば展示物にも花が咲くってもんでしょ」
「まるで後輩の作品には花がないような言い方をするな」
 けらけらと笑う洲田先輩を、省野先輩がたしなめる。
 だが実際、洲田先輩の描いた油絵は私のものと比べものにならないくらいに美しかった。
 花の絵はちゃんと立体的に見えるし、風景画は遠くのものと近くのものがはっきり認識できる。静物画で描いた果物もおいしそうに見えるし、自画像もちゃんと本人そっくりだ。
 省野先輩の水彩画も、儚げなのに惹きつけてやまない、濃淡と透明感の美しい作品だ。
「やっぱり先輩の絵は綺麗っすね。省野先輩の絵とか男が描いたとは思えないですもん」
「ミチ、お前は俺にケンカ売ってるのか」
「いや、褒めてるんで、ぐわああ」
 現・副部長のミチが言い終わらないうちに、省野先輩は眉間に皺を寄せながらヘッドロックをかけていた。
 プロレスは専門外なのでさほど詳しくないが、あれだけ頭部をがっちり締められると抜けるのにも至難の業だろう。下手に抵抗すれば余計に首が締まる危険もある。
「で、どうよミヤコちゃん。ミヤコちゃんから見て、イケると思う?」
「そうですね。かなりの破壊力のある技なので危険を承知で強引に後ろに体重をかけるか、足払いをかけてバランスが崩れた隙を狙うかそれとも」
「ごめん、ミヤコちゃん。絵の事を聞いてるんだけど」

 

 

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