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  ※ホラーではない


     七人七色 まつりの前(3)


 当然の流れとして、今度は先輩達が我々の作品を見ることになった。男子は省野先輩、女子は洲田先輩が見ているのだが、割とさくさくと進む男子の講評に比べて、女子の方はあかりと1年生部員の志村 沙輝(しむら さき)が洲田先輩にいろいろ質問責めをしているために、なかなかこちらの方には回ってこない。
 と言うかあかりはともかく、沙輝は何故こういう時だけ意欲的なのか。私やあかりと言う先輩がいながら、我々に美術関係の質問が飛ぶことは滅多にない。
 思い返してみれば、部のOBである京極(きょうごく)さんが来た時もそうだった。沙輝は知らない人や滅多に会えない人を見ると遠慮なくグイグイ行く性分らしい。
「ねえねえ、藍も先輩に作品見てもらいなよ」
「えっ、でも」
 逆にもう一人の1年女子部員・市原 藍(いちはら あおい)は控えめと言うか、あまり自分を表に出したがらない。
「いいから見せる!」
 しぶる藍の抵抗もむなしく、漫画の原稿が詰まったファイルが奪われる。
「や、やめてくださいっ。そんな、人に見せられるものじゃ」
「いや、これ展示物じゃん」
 洲田先輩のもっともすぎる言葉に藍は言葉を詰まらせる。
「う、うう。分かってるんですけど、いざ本番ってなると緊張で胃が」
「往生際悪すぎー。ナリ君見習いなよ。ほら、ちゃんと逃げずに省野先輩の話を聞いているし」
 男子の方を見ると、ちょうど彼らは1年生唯一の男子部員である町成 翼(まちなり つばさ)の絵を見ているところだった。だったのだが。
 何故か、省野先輩の顔は苦笑いを含んだ表情で引きつっていた。
「町成、これ、マジで飾るの?」
 先輩の問いに、なんでそんな事を聞くのか分からないと言いたげな表情で町成が頷く。
「いや、確かに題材は自由だけどさ、さすがにこういうホラー系なのはちょっと」
 町成は、わけが分からず首をかしげている。そこへ2年生部員の山県 公斗(やまがた きみと)が間に入った。
「それ、ホラーじゃないんですよ。一応」
「へっ?」
「町成曰く、それスペインのトマト祭りだそうで」
「え? いや、これの何処にトマト要素が」
 省野先輩は引きつった顔のまま、町成と彼の作品を見比べながら、やがて諦めたようにため息をついた。
「タイトルはちゃんとスペインのトマト祭りだと分かるようにして大きく書いておけよな? 絶対だからな。さもないと血まみれゾンビの群れと間違われるからな。と言うかなんでその題材をチョイスしたんだよ」
 最後の方は早口気味で、彼は頭を抱えていた。
「ミヤコちゃん、ミヤコちゃん」
 不意に後ろから袖を引っ張られる。
「ほら、ミヤコちゃんの絵で最後だよ。作品はどれ?」
「藍の作品、もう見終わったんですか?」
「いやー、3ページ目くらいで恥ずかしさで死にそうな顔になってたから、本人がいないときに読むことにするわ」
 横を見ると藍が恥ずかしさでうずくまっている。
 前にミチに止められたが、やはり藍には武道に触れさせて精神力を鍛えさせた方がいいのかもしれない。
「ミヤコちゃーん。はーやーくー」
「はい、今すぐ!」
 慌てて作品を並べる。私が出すのは油絵の具で描いた風景画と静物画、それと習作で描いた水彩と素描が数点(本当はもっと出せたのだが、スペースの都合でミチに止められた)なのだが、やはり洲田先輩のものと比べるとどうしても見劣りするものがある。
 いや、だからと言ってたじろいではいけない。
 剣道の試合だって、例え格上の相手であっても全力でぶつかっていくのが筋であり、礼儀でもある。ありのままを堂々と貫いてこそが美術道なのだ。
「ほー。窓から見た景色だね。なんかこう、頑張って描いたって感じがミヤコちゃんらしいというか」
「私らしい、ですか?」
「うん。あ、この部分の緑は結構リアル」
「おかげさまで」
 その部分は先日、OBが来た際に手を加えてくれたものである。尤もそのOBは本来やってくるはずの人物ではなく、人違いで連れてこられた方だったが。
「あ、あとここの距離感もうまく出てると思う」
「おかげさまです」
 そこはどうしてもうまく描けずに、結局顧問の国木田(くにきだ)先生に直してもらった箇所である。
「まあ、強いて言う事があるとしたら空の色がちょっと生っぽいかなー? いかにも絵の具って感じの色がする。個人的な感想だけど」
「そ、そうですか」
 そこはものすごく苦労して苦労してようやく納得がいくようになった部分である。自分としては納得のいく空になったつもりなのだが、残念ながら洲田先輩には不評だったようだ。
 しかし褒められている箇所が人に手助けしてもらった部分で、指摘された個所が自力でやった部分とはこれはもう相当未熟なのだろうか、私は。
「で、ところで思ったんだけどミヤコちゃん、額縁はあるん?」
「え、ええ。確か先生が準備室にあるものを適当に使えっておっしゃっていました」
 早速見たい、と言う先輩を準備室へ案内する。
 のだが、ここで予想外の事が起きた。
「これ、サイズ間違えてない?」
「え?」
「20号のが欲しいのに10号になってるわ、しかもこれFじゃなくてP」
 当然合わないどころか、入りすらしない。一気に血の気が引いた。
「国木田先生、間違えて注文したのか・・・」
「いや普通、額縁の種類と号数を両方間違えないっしょ! もうこうなったら角材で囲って額縁にするって手もあるから使えそうなやつを探そ?」
 その後、あかりたちの協力も得て、予備の額縁や角材を探すのだが、どうしても一作品分の額が確保できない。
「どうしよう。まさか1つだけ額無しにするわけにもいかないよね?」
 あかりが心配そうにこちらを見る。当然そんな見栄えが悪くなる事は避けたい。
「どこか、こういう角材が余ってるクラスを探して分けてもらうしかないな」
「でもどこが何の出し物やるか把握していないし、全クラス聞いて回るのは大変だよ? うちの学校、校舎多くて教室バラバラだし」
 ちなみにうちのクラスの出し物は仮装だからそういうのは無いよ、とあかりは付け加える。
「ならばみんなで手分けして」
「あ、先輩先輩! それだったらアテがありますよ!」
 不意に沙輝が割って入ってきた。
「アテ?」
「体育館に行く途中の坂道の途中にぼろいプレハブがあるでしょう? あそこ臨時の廃材置き場になっているからもしかしたらそこにあるかも!」
「沙輝、それはほんとうか!」
「うん、普通のごみ置き場だとかさばるからって。私が行った時には角材も何本かあったし」
「でかした!」
 思わぬ情報を得て早速現場へ向かうことにする。が、
「でも外、ひどい雨だよ?」
「あ」
 改めて窓の外を見ると、雨はまさにバケツをひっくり返したような豪雨と化していた。
「行くの? この雨の中」
 洲田先輩が、自分はごめんだと言わんばかりにつぶやいた。

 

 

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