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  最寄りの病院。

    七人七色 まつりの前(5)


「まさか、こんなことになるとは思わなかった」
「本当だよ、もう!」
 あの後、ミチがテンパってその場で119番にかけたせいで(しかもその前に間違えて110番にもかけたらしい)学校に救急隊員が駆けつけて大騒ぎになった。
 スチール棚が倒れたのは転倒防止の対策をしていなかったのも原因だが、最大の原因は床が古くて足場が不安定になっていた事と、棚の上の方に物を詰め過ぎていたせいで倒れやすくなっていた事だった。
 そして私たちは室内にいたので全く分からなかったのだが、スチール棚の転倒直前に起きた強い揺れと衝撃の原因は、地震でも雷でもなくプレハブの外に生えている雑木林のうちの一本が屋根の上に倒れ込んだことによるものだった。そう、プレハブに入る前にミチが今にも倒れそうで怖いと言っていた斜めに生えているあの大木。
 ただでさえ不安定に立っている木に、急に激しくなった雨風がとどめを刺したわけだ。これが落下した衝撃でプレハブ全体が揺れ、その揺れでスチール棚が倒れるという事故が起きたと考えると自然災害というのは本当に恐ろしい。
 私の怪我の具合はというと、床に打ち付けられた時にあごを少し擦りむいたのと、背中に軽い痣が数か所できた程度で大事には至らなかった。
 てっきりスチール棚が頭に直撃したものだと思っていたのだが、運よく、それは本当に運がよかったとしか言いようがないのだが、ぶつかったと思われる私の頭頂部がちょうどポニーテールの結び目になっていて、そこがクッションの役割を果たしていたらしい。まさか普段何気なくしていた髪型に命を救われるとは思いもしなかったが。
 それから私とミチは病院に連れていかれ、事情を知って駆け付けてきた母と、ミチの母親、そして荷物を届けに来たというあかりもやってきてひとしきり大騒ぎの中で診察と治療が終わって、母が会計をしに受付の方に席を外しているのが現状である。
「本当に心配したんだからね。大丈夫だろうって止めなかった私たちも悪いんだけど」
「いや、あかりは悪くない。誰もこうなるとは想定できなかったからな」
「でも」
 あかりは何かを言いかけて、やめた。私はそれを追及しなかった。
「というかミッチーはどうなったの? ミッチーは喜衣乃ちゃんが助けてくれたから無事なんでしょ?」
「いや、それが」
 確かに私が咄嗟に突き飛ばしたので、ミチはあの重いスチール棚の下敷きにならずに済んだ。そういう意味では無事ではある。
 ところが私が突き飛ばしたことによって、ミチはすっ転びながら壁まで飛ばされたらしく、そこで先日突き指した指をまたひどくぶつけてしまったらしい。
 あの時、私はスチール棚の直撃からミチを守ることで手いっぱいで、突き飛ばされた先の事は考えられなかった。
「おーい、大将&あかりちゃん!」
 長い廊下の奥からミチと彼の母親がこちらに向かってやってきた。ミチの指は真新しい包帯でそこだけ太くなっていた。
「すまない、ミチ。まさかこんなことになるとは思わなかった」
「いいのよ、気を遣わなくて」
 ミチの代わりに彼の母親が答えた。長い髪の落ち着いた女性で、ミチとは対称的だった。
「むしろあなたの方が大変だったのに、大けがをしなくてよかったわ。この子ったら女の子に庇われた上に取り乱しすぎ」
「う」
 ミチが苦い顔をする。
「でも大将が救出されるまで僕、本当に心配したんだからね! 僕のせいで大将死んじゃったら全然スタイリッシュじゃないし!」
 言葉の意味は分からないが、心配で取り乱している事だけは理解した。
「だいたい大将は無茶しすぎなんだって」
「部長が部員を守るのは当然の義務だ」
「そこが無茶だって言うんだよ!」
 ミチが声を荒げる。すかさず彼の母親が「病院で大声あげないで」とたしなめたのですぐに彼は落ち着きを取り戻した。
「と、とにかく僕の指の事は気にしなくてもいいし、助けてくれたことはありがとうなんだけど大将が死にかけた り大怪我するのは絶対だめだから! 部員のなにもかもを面倒見ないといけないルールはないんだし、そ もそも洲田先輩の時代とかも適当だったし、それでも部はちゃんと回ってたじゃん」
 洲田先輩の事はともかく(あの人は本当に気まぐれかつ放任主義である)、そこまで言われると反論の言葉すら出ない。ミチが私に対してあれこれ意見や助言をすることは今まで度々あったが、ここまで叱ってきたのはおそらく初めてだ。
「心配かけて、すまなかった」
「分かればよし。ま、部長をサポートするのが副部長の当然の義務ってことで」
 ミチはキザたらしい口調だが、本当に心配だったのだろう。いや、心から私の身を心配してくれたのだろう。 それを考えると少し気恥ずかしくなる。
「ミッチー、自分でかっこいい事言った感がちょっと寒い」
「あかりちゃん、ひどっ!」
 思わず顔をひきつらせるミチに、あかりがあははと笑う。おそらく場が暗くならないように気を遣っているのだろう。
「とにかく今後は二人とも心配かけるのはナシだからね! 喜衣乃ちゃんは女の子なんだからもっと自分を大事にしなきゃ」
 ああ、自分は未熟者でありながらそれでも心配してくれる人達に恵まれてるんだ。私が怪我を負ったり危険な目に遭ったりすることを悲しんでくれる仲間が。
 そう思うと、心が少し軽くなる。叱られてるのに何となく嬉しい気分になる。
「そうだな。もうこういった心配をかけることはないように気を付けよう。一歩間違っていたら重傷だったかもしれないしな。となると」
「となると?」
 ミチが聞き返してきた。
「無茶をした私が間違っていたのであれば、つまり正解は最初からミチを見捨てるべきだったのか」
「大将、さすがにそれが正解だと言われてもリアクションしづらい」

 

 

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