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hiroine?

WORST UNIT 1
第一章 事件開始の三日間 (3

 

 それから2時間。アリーシャの指導により勉強を始めるジャナルだが、はかどる気配はなかった。本人曰く「身体が勉強を拒絶する」、何せジャナルは数学年下の生徒でも分かる一般知識ですら分かっているのかどうかも怪しい。
「で、AとBの相乗効果により導き出された答えは、って、聞いてる?」
「聞いてるけどさっぱりだっつーの」
「分かろうとしなさい。さもないともっとスパルタンに」
「ナルベクソウシマス」
 既に武器を取り出そうとしているアリーシャを見て、ジャナルはすぐに大人しくなった、のも束の間。
「だー! こんなの全然分からないって!」
 頭で理解する前に集中力の方が先に尽きた。ちゃぶ台返しの如くノートと筆記用具を放り投げるとジャナルは立ち上がった。
「あ! 何処行くのよ、ジャナル!」
「俺としてはこんな手段は使いたくなかったが、この際、仕方ない」
 どこかで聞いたような言い回しを、これまた芝居のかかった口調で呟くと、ジャナルは部屋のドアに手をかけた。
「ジャナル」
「止めるな、アリーシャ。男にはやらねばならない事があるんだ」
「別に止める気はないけど、学校に忍び込んで答案を盗もうとしても無駄だよ?」
 ドアノブに触れていたジャナルの手がビクリと止まる。
「えーと第26条『生徒下校後は学園内立ち入り禁止。敷地内はセキュリティ魔法により強制的に侵入者を排除する』、塀でもよじ登ろうもんなら怪我をすることくらい子供でも知ってるよ?」
 アリーシャが生徒手帳をパラパラと捲りながら読み上げる。ちなみに、例外的に教師や用務員などの学校側が許可した者に対してはこのセキュリティは発動しない。
「いや、ま・さ・か・とは思うけどね。そんな馬鹿なことをするのって」
「そ、そうだよな、はは、ははは」
 乾いた笑いがこぼれ落ちる。
「で、最後の手段とやらは何?」
 アリーシャが嫌味な笑みを浮かべながら問いかけた極悪級の意地悪な質問に、ジャナルはただ笑ってごまかすしか出来なかった。

 

「なるほど。それほどまでに深刻なのか」
「うん。冗談抜きで。退学記念慰めパーティーの企画を考えたほうがいいくらいだわ」
 休憩時間に来ると言っておきながら、フォードが顔を出したのはそれからさらに1時間後。店は既に閉店していた。
「にしてもまさかあのニーデルディアが会長になっていたとはな。時間が立つのは早いものだ」
「え、何? あの人そんなに有名なの?」
 確かに人目を引く容姿だが、既に2年も前に卒業したフォードがニーデルディアと言う人物を知っているという事はアリーシャにとっては意外だと思えた。
「いや、有名ってほどじゃないけどな。俺が在籍していたときに一度会ったことがあった、それだけだ」
「その割には嫌そうな顔してるけど」
「まあな」
 そう言ってフォードはアリーシャから視線を外し、窓の外を見た。星も見えない漆黒に染まった空の下、校舎のシルエットがぼんやりと浮いて見えた。

“残念ですね。貴方にはすばらしい『素質』があったというのに。それを無駄にしてしまうとは大変愚かな行為です”
“何とでも言ってください。俺はその申し出を受ける気はありませんから”
“まあ、いずれにせよ貴方にはもう用がありません。ですがこれだけは言っておきましょう。『選ばれる』という事は人にとって最大の名誉なのです。そしてその名誉を手にしたものが世界を動かしているのです。あの子も例外ではないですよ。ほら、貴方と仲の良い錬金術科の女の子”
“な・・・・・・!”
“彼女の才能はすばらしい。その才能もまた『選ばれる』にふさわしいでしょう”

「おい、フォード、フォードってば」
 ジャナルの大声によってフォードは現実に引き戻される。
「この問題とこの問題と、あとここからここまでが分からないんだけど」
「全部じゃないか! さっきアリーシャがこれ以上もないくらい細かく説明してただろーが!」
 何にせよ、ニーデルディアの話はこの際どうでもいいことである。今一番問題なのはジャナルの追試のことだ。
(何事もなければいいんだが、な)

 

 その後、ジャナルの勉強会はアリーシャ&フォードのスパルタ教育により、日付が変わるまで続いた。
町全体が眠りに付いたかのように静寂に包まれ、ほとんどの建物からは明かりが消え、街灯だけがほんのりと周囲を照らしている。首都のような大都会なら深夜でもバーやカジノの煌びやかな光が輝いているのだが、地方都市であるこのコンティースでは警備能力が都会と比べると格段に落ちるので、魔物を呼ぶ恐れのある夜間の不必要な照明は禁止されていた。
「なーんか今日のフォード、変だったよね」
 いくらアリーシャでも女性一人夜道を歩かせるのは危ないということで、ジャナルはアリーシャを家まで送ることになったのだが、道中の話題はテストのことからいつの間にかフォードの事に変わっていた。
「あれは絶対あの総会長と何かあったって感じだよね。まあ、聞いた所で答えてくれそうにないだろうけど。フォードって面倒見はいいけど自分のこ とはあまり話さないタイプだし」
「だろうなあ。結構苦労してそうなのにさ」
「苦労?」
 アリーシャが首をかしげた。
「俺、見ちまったんだよな」
「え?」
 アリーシャがジャナルの方を見ると、珍しくシリアスな表情をしていた。
「フォードの卒業式ん時、偶然なんだけどやばいシーンに遭遇したんだよなー。なんか校舎裏でフォードとさ、当時付き合ってた元カノって奴? とにかく その二人がなんか言い合いしていて仕舞いには元カノがフォードに鉄拳かましてたぜ。あれはすごかった」
「ええっ! でもなんで?」
「知るかよ。それに状況が状況なだけに問いただすなんて命知らずな真似できるかって。奴はこの世界で2番目に敵に回したくない人間なんだからな」
 ちなみにジャナルが1番敵に回したくないのは他でもない、目の前にいる人物である。
 それからしばらく無責任な仮説を立てたり意味のない論議を繰り返しているうちにアリーシャの家が見えてきた。
「いーい? 私もフォードも付き合ってやったんだからたんだからそれを無駄にしないでよね!」
 アリーシャが、門扉に手をかけたその時、
「てめえ、ふざけんなよ!」
 男の怒鳴り声と同時に、ガシャンと何かが倒れる音がした。
 喧嘩だ!  瞬時にそれを理解した二人はそれぞれの武器を片手に音のした方へ走り出した。
「光精霊(ルミエル)!」
 アリーシャが短く叫ぶと、空中に白熱灯のような光を発する球体の毛玉が現れ、周囲を明るく照らす。
「あっち!」
 10数メートル先にあるごみ収集所の前で三人組の男を発見した。木箱やらビンやらが散乱した道路に誰かが倒れているのも見える。
「こらー! 弱い者いじめは男の風下にも置けねーぞ!」
 正しくは『風上』なのだが、とにかくジャナルは『ジークフリード』を片手に男達に飛び掛った。落下と同時に蹴りが男の一人に命中し、そのまま地面に倒れこむ。剣の意味は全くと言っていい程無かった。
「何しやがる!」
 よろよろと男が立ち上がる。
「こんな夜中にこんな騒ぎを起こして! って、あああっ!」
 それこそこんな夜中に近所迷惑とも言えるくらいのアリーシャの大声がこだました。
「あー! てめえは!」
 アリーシャの姿を認めた男が少し遅れて叫ぶ。
「「あんた達(てめえ)は放課後にぶつかった連中(女)!」」
 最後に見事とも言えるハモリが炸裂した。
 そう、この男達は夕方にぶつかったアリーシャに絡んできたものの、あっさり返り討ちに遭ったチンピラ3人組だった。
「な、何でてめえがこんなところにいるんだよ?」
「それはこっちの台詞だわ!こんなに悪党ならあの時始末しておけばよかった!」
 アリーシャの身体から魔力を含むオーラが湧き出る。長いポニーテールがゆらりと逆立った。
「ち、畜生!」
 再びコテンパンにされるのは目に見えている。そう判断したチンピラたちは一目散に逃亡した。
「なんだ、張り合いがない」
 どの道、夜中に派手に暴れ回るわけにもいかないので、穏便と言えば穏便に解決はしている。その場にいる人間は不満そうだが。
 二人は具現武器(トランサー・ウエポン)を片付けると、倒れている人物を助け起こした。幸い意識もあり、たいした外傷もないようだった。
「す、すみません、何と言っていいのか」
 光精霊(ルミエル)の光に照らされた相手は小柄、失礼な言い方をすれば貧弱なもやしっ子体型の少年だった。くしゃくしゃになった猫っ毛の下にある顔も童顔で、いかにも人畜無害で気弱そうだ。
「子供? てか、こんな時間に出ちゃ駄目だろ。だからあんな連中に狙われるんだよ」
「ご、ごめんなさい。でもお金もってこいって、あ、別にカツアゲってわけじゃ」
「どう見てもカツアゲじゃねーか!」
「ジャナル、彼が怖がっているからちょっと落ち着きなさい」
 今にも食って掛かりそうなジャナルを、アリーシャがドスのかかった声でたしなめる。
 そして、少年の方を向くと諭すような優しい口調で話しかけた。
「あのね、人からお金を巻き上げることはいけないことなの。それは分かるよね?」
「は、はい」
「君だってあんな連中にお金を渡すのは嫌でしょう?」
「できることなら」
「大丈夫。今度あいつらが君にひどいことをしようとしたら跡形もなく消し飛ばしてあげるから」
 少年からの返事はなかった。むしろ、青ざめたまま震えていた。

 

 アリーシャを家まで送った後、ジャナルはこの不憫な少年を家まで送ることになった。
「わざわざごめんなさい」
「いいよ。気にするな。どうせ方向同じだし」
「でもジャナル君は強いね。やっぱり戦士科の人って勇敢っていうか」
「いやいやいや・・・・・・って、あれ?」
「え? 君、戦士科のジャナル君でしょ?」
「ああ、そうだけど・・・・・・俺って後輩の間でも有名なのか。まあ、2コ下に弟がいるにはいるけど」
 すると少年はちょっと寂しそうな感情を含みながら苦笑いした。
「僕、一応同学年なんだけど。それにジャナル君とは何度も顔合わせているはずだし」
「え? 嘘? そうだったっけ?」
 この『え? 嘘?』が同学年だったことに対してなのか、顔を合わせているということに対してのことなのかはさておき、ジャナルは後者の件について必死に思い出そうとする。
 無理だった。
「ほ、ほら前の追試のときも一緒だったでしょ? 僕、生まれつき身体が弱くて学校をよく休むからどうしても人より勉強遅れちゃうんだ」
「あ、あー。つまりお前も俺と同じ追試常連ってことか!」
 言っていることは正しいが、普通に学校へ行って追試というのと、やむを得ず追試というのではかなり隔たりがある。そして、それ以前の問題として、追試で顔を覚えられること自体、不名誉だということにジャナルはまったく気づいていない。
「で、えーと、なんて名前だっけ?」
「あ、僕? 僕はカニス。カニス=アルフォート。錬金術科機工学コース、8年」
「もしかして次の追試も受けるのか?」
「歴史と物理学。後は課題の提出かな。物を作る学科だからむしろそっちのほうが大変だよ。明後日までに剣1本仕上げなきゃいけないから」
 明後日、追試の日である。劣等生が人並みの知識を得ることと、病弱の少年が剣一本を完成させること。それらを成し遂げるにはあまりにも時間が短すぎるように思えた。

 

 

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