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withwitch

WORST UNIT 2
第二章 魔女と最後の希望(6)

 

 ニーデルディアが訓練場の入り口を見やると、ドアの陰から体格のいい青年が姿を現した。
 フォードの目は憎悪に満ち、射抜くようにニーデルディアを睨み付ける。
 訓練場で気絶している落第問題児と、その担任と校長。そして、彼らを満足げに笑って見下ろす総会長。どう見ても異常な光景だ。
「ニーデルディア、お前は一体何者だ? それに今のはあの時の『力』なのか?」
「どうでしょうね?」
「答えろ!」
 フォードの声が室内にこだまする。
 だが、ニーデルディアはその態度を崩さない。
「焦らなくてもいずれ分かりますよ。その『力』がどこに向かっていくのかも。それにあなたが今の出来事を言いふらしたところで誰が信じてくれるんでしょうかね?」
 フォードは唇を噛んだ。2年前の記憶が瞬時にサルベージされる。ニーデルディアが何かを企んでいることまで突き止めても、その企みが何なのかが掴めなかったため、誰一人として彼に味方する者はいなかった。彼が慕っていた恋人でさえも。
「あなたは『厄介事に他人を巻き込みたくない』というタイプでしょうね。ですが、おせっかいついでに忠告しておきましょう。あなたが出来る事など何もありませんよ。それだけは確かです」
 そう言ってニーデルディアは懐から封筒を取り出すと、それをフォードに投げてよこした。
「せめてもの仕事です。彼が起きたら渡して下さい。追試の合格証が入っています」
 それだけ言うと、ニーデルディアは、文字通り姿を消した。

 

 一方その頃、アリーシャは裏庭でずっとフォードを待っていた。30分後に集合と言っておきながら、時間になっても一向に来る気配がない。
 誰かに見つかったか、フォードの予想通り本当に何か危険な目にあっているのか、そういった可能性は否定できないが、だからといって探しに行くわけにもいかなかった。
 授業で習った野外訓練の鉄則で、集合場所に遅れている者がいて、なおかつその者の居場所が特定できない場合でも無闇に探しに行ってはならない。探しに行った事で行き違いになったり、余計なトラブルに巻き込まれたりする危険もあるし、大体非効率的すぎるからだ。
 かといってそのまま家に帰るというのは薄情な気がするのでアリーシャはもう少し待つことにした。
 待つこと更に10分。フォードは未だ来ない。
「やっぱ帰ろうかな。明日も学校だし」
 そう思った時である。近くの茂みがガサガサと動く音が聞こえた。
「フォード?」
 口ではそう問いかけるが、すぐにそれがただならぬ気配だと察した。
 違う。これは人の気配じゃない。
 アリーシャは素早く上着についている校章バッジを手にとって念じた。
「起動・ピースオブフォース!」
 それが瞬時に身長くらいの長さの杖に変形したのを確認すると、アリーシャは棒術の構えをとった。
「出てきなさい!」
 鋭い声で闇に問いかける。
「言われなくても」
 返事はすぐ返ってきた。
「全く、ここの人間は武器がないと話をすることすらできないのか」
 茂みから出てくる人物を見て、アリーシャは目を見開いた。全身に緊張が走る。
淡い外灯の明かりのもとに現れたのは青白い肌をした女だった。それから目に付いたのは鳥のような手足についた鋭い爪と、トカゲのような尻尾。
「あ、あんた魔族?」
「質問に答えろ。お前は召喚術師か? 時間が無いからさっさと答えろ、小娘」
 あまりの高圧的な態度にアリーシャはカチンと来た。
「こっちだって魔族なんかの質問に答える義理なんてないっつーの! 召喚術師だから何?」
「それは肯定とみなしていいのだな? 話は早い。小娘よ、私と手を組め。私を召喚霊として使役するのだ」
「はあ?」
 いきなりの提案にアリーシャは戸惑った。
 アリーシャが得意としている召喚魔法は呼び出す精霊と、魔力を使って契約を結び、それらを使役する技術だ。本人がリフィに話していたとおり、契約さえ結ぶことができれば、理論上魔族を召喚する事だって不可能ではない。だが、魔術師史上、人間の敵である魔族を使役するなんて事は前代未聞だ。人と魔族は永遠に相容れないものだというのが世界の常識なのだから。
「何が目的?」
「ある魔族の抹殺だ」
「魔族が、魔族を?」
「人間だって殺人はするだろう。まあそれはともかく、あのまま奴を放って置くわけにはいかない。私はこの世界がどうなろうと知ったことじゃないが、そうなって困るのはお前らだ」
「世界が? 何それ?」
 またも妙なことを言い出す魔族だ。
「冗談で言っているわけじゃないぞ、小娘。私は奴さえ抹殺することができればそれでいい。それさえできればお前ら人間には危害を加えない。場合によっては同胞を敵に回してもかまわない。さあ、早く決めろ」
「いや、急に言われたってすぐに決められるものじゃないでしょーが!」
「断れば口封じにお前を消す。昼間の分からず屋には、私をただの魔族としてしか認識してなかったから放っておいたが、ここまで事情を説明した以上、他に選択肢はない」
 魔族の女の目は本気だった。
 ジャナルの『力』。フォードの『過去』。ニーデルディアの『陰謀』。そして目の前にいる魔族との『遭遇』。これは全部偶然なのだろうか。くどいようだが、人間にとって魔族は敵。意味深でいかにもな言葉で惑わせておいて、喉元に喰らいつく可能性だって否定できない。だが、これが偶然ではなく、何かしらの繋がりがあるのだとしたら。
 もし、そうだとしたらこの魔族はこれらの謎を解くための大きな鍵となりうる。その鍵をみすみす逃すわけには行かない。もちろん、これも可能性としては確信的とは言い難い。どちらにせよ、この魔族の提案を呑むか否かの選択は、全財産を賭ける博打に等しいものであった。
「それで、あんたが殺したい魔族がいるのはともかくとして、なんで私の召喚霊になる必要があるわけ?召喚術は術者が精霊を使役してなんぼの魔法、つまりあんたは私に使われる立場。それって魔族にとってはプライドを捨てる事にもなる。しかも言い方悪いけど、一度契約した召喚霊は術者には逆らえない」
「小娘に言われなくとも召喚術のメカニズムは知っている。それにこの程度の事で傷つくような安いプライドは持ち合わせてはいない。私が必要なのは、目的を成し遂げるための」
 女魔族の身体がゆっくりとだが、透けていく。
「この世界で活動するための、魔族の活力である、人間の持つ魔力。情けない話だが、それが尽きると肉体を維持する事もままならない。自由に動けるための安定した供給源が必要なのだ」
「単なる行き倒れかっ!」
 一気にアリーシャの緊張感が抜けた。こっちは殺されるのを覚悟していたというのに、本当にピンチだったのは相手だったとは。何が全財産を賭ける博打だ。もう油断するとその隙に殺されるとか、考える気力も失せた。
「要求を呑むか否かさっさと決めろ。言っておくが、お前の魔力を喰らい尽くしてミイラにするくらいの気力は残っているぞ」
 そう言っている間にも魔族の身体はどんどん透けていく。
「絶対それハッタリでしょ」
 アリーシャは、少し警戒を解いた。
「あんたの目的が何だか知らないけど、召喚術師との契約は絶対よ。私と契約した以上、絶対に周りの人たちに危害は出させない。ただでさえ色々厄介な事を抱えている奴らばっかりなんだから」
 ああ、これで私も厄介さんの仲間入りになるんだろうな、とアリーシャは思ったが、それは口に出さずに、深いため息をついた。

 

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