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前回までのあらすじ
国民が戦闘術をはじめとするありとあらゆる事を学ぶ国立戦術学園。その戦士科剣術コース8年生のジャナル=キャレスは在学をかけた追試験を蹴って、友の危機を助けようとした際、『万物の『力』を増幅させる力』を覚醒させてしまう。
その『力』は学園教育総会会長のニーデルディアに目を付けられ、同時に卒業生であるフォード=アンカレッジに、ニーデルディアには近づかないようにと警告される。そんな二つの思惑の中、フォードの警告を無視して最後のチャンスともいえる試験に挑むジャナル。だが、ニーデルディアの放つ魔物に絶体絶命の危機に陥る。
死を覚悟したその瞬間、狙ったかのように発動する『力』。そしてその『力』こそがニーデルディアの目的である『アドヴァンスロード』だったのである。
そして同時刻。ジャナルの幼馴染のアリーシャ=ディスラプトは裏庭で一人の『魔族』と遭遇するのだが……

祝!総会帰還

 危険分子は叩きのめす。それがこの世の常識。

WORST UNIT 3
第三章 巡る対極(1)

 

 戦士科剣術コース8年生・ヨハン=ローネットの朝は早い。毎朝7時前には登校し、学科専用の体育館で自主トレーニングを始める。
 早朝の自主トレーニングをする者は、彼以外にもいるのだが、ここ一週間は学園教育総会の監視の目を恐れてか、誰も来なかった。
 巨大な剣、というよりも刃の部分は矛のような形をしている武器を上段に構えたまま、微動だにしない。型の練習と精神統一を兼ねた修行だ。
 彼は目を閉じたまま、その姿勢をずっと保ち続けている。
 5分。そして、10分。
 時は確実に過ぎているのに、彼の周りだけ時間が止まっているようだった。
 が、更に数分後、その沈黙は体育館のドアを開ける音によって破られた。
「あれ、ヨハン? おはよ」
「お前か、カーラ」
 長い髪に半分埋もれている顔を上げ、入口の方を見る。その目は感情が一切伝わらない、ひどく無機質なものに見えた。
「元気そうじゃない。昨日はいきなり休むから何事かと思ったよ」
 同じクラスのカーラ=カラミティは外見はそれらしい色気が微塵も感じられないが、クラスで唯一の女子だ。だが、その実力は決して男子には劣らない。
「ああ。大事ない」
「こっちは大変だったよ。昨日ディルフがうちのクラスにやってきて「ヨハン出せ」ってわめくし。一体なにやらかしたんだか」
「ディルフ? ああ、ジャナルの弟か」
 そういえば一昨日路地裏で会ったような気がする。その直後、妙な女魔族に遭遇して、しとめ損ねて……ヨハンはしばし回想していた。
 ディルフのことはどうだっていいが、魔族を取り逃がしたことが、彼にとっては屈辱だった。
「あ、そうそう。総会のお偉いさん達、さっき帰ったよ。これで思いっきり羽が伸ばせるね。って、優秀なヨハンには関係ないか」
「そうか」
 カーラは少し困った顔をした。どうにもヨハン相手だと一問一答みたいな会話になってしまい、会話が全く弾まない。
 しかし、人と接することの少ないヨハンと話す数少ない機会だ。このまま終わりにはしたくなかった。
「そうだ。せっかくだから手合いしよ。練習用の剣もあることだし。よし、決まりね、決まり」
 カーラは通学用のカバンとして使っている丈夫な麻袋から木製の小太刀を二本取り出し、それを器用にくるくると回して見せた。
「やれやれ」
 ヨハンはため息をつくと、カーラの提案に応じることにした。

 

 AM8:20。生徒たちが登校してくる時間帯だ。
 学園中のアラというアラをチェックしていた学園教育総会の人間が朝一番に本部に帰ったことで、学校生活を煩わす存在がいなくなり、学園はいつも通りの活気が戻っていった。
 廊下で大声できゃあきゃあ喋る、階段に座り込む、低学年のクラスになると教室内をはしゃぎ回っている者もいる。どれもこれも総会にとっては排除すべき汚点だ。これまで抑圧されていた反動とも言えるかもしれないが。
「るるる~立ち上が~れ~」
 軽やかにスキップをしながら、歌を口ずさんでいるのは、戦士科格闘術コース5年生のリフィ=アンカレッジだ。格闘術コース在籍、という割に彼女は小柄で華奢だった。筋肉もあまり付いていない。
「未だ見ぬ~戦場へ~と~旅立~つき~み~は~・・・・・・あれ? 次なんだっけ?」
 足を止めて次のフレーズを思い出そうとする。単語を少し口ずさんでは「あ、これは違う曲だ」とか「二番の歌詞だった」などと呟いている。
「うー、思い出せない! ・・・・・・あれ?」
 リフィが頭を抱えていると、前方に赤いキャップと赤いジャケットというやたら目立つ服装の人物がフラフラと歩いているのが見えた。
「あー! ジャナルさん!」
 そのまま元気よく赤いジャケットの背中をポンと叩いた・・・・・・つもりだったが、相手は不意打ちをくらったかの如くそのまま地面に倒れた。
「ああっ、ごめんなさい! 大丈夫ですか? 保健室、行きます?」
「保健室はいいけど、大丈夫じゃない」
 ジャナルがずれたキャップを手で直しながら立ち上がる。
 朝一というのに、彼は気が抜けていてぼんやりしている。どうにも昨夜の試験の疲れが一晩立っても取れていないらしい。どちらかというと、肉体的疲労より精神的疲労の方が大きいようだ。
「ところでフォードはどうしてる?」
「お兄ちゃん? それがひどいんですよ。昨夜は仕事ほっぽってどっか行っちゃうし、おかげであたしが叱られちゃったし。すっごく悲しかったですぅ。ま、朝はちゃんと市場に出かけたみたいだから元気なんでしょうけど」
 妙に媚び媚びした話し方をするが、リフィは元々こうなのでジャナルは気にしない。
「まさかとは思うけど、まさかなあ」
 ジャナルは昨夜の試験のことははっきりと覚えていない。死を本気で覚悟した辺りから気を失い、気が付いたら自分の寮のベッドの上に倒れていて、傍らには総会の印が押された合格通知書が置かれていた。それがある以上、この学園に残ってもいいという事だろうから通学したのだが、何か釈然としない。
「なんだ。悪運が強い奴だな」
「おや?」
 不機嫌そうな顔で全身に何本ものベルトを巻いたファッションの男子生徒がやってきた。
「ディルフじゃねーか。どうした?」
「別に。とりあえずバカ兄が復帰したことで俺も後ろ指さされなくてすむことを実感しているだけ。ったく散々迷惑かけやがって」
 自分だっていきなりクラスに殴りこみに来たくせに、人の事言えないだろうが。ジャナルはそう思ったが、ディルフの性格上それを口にしたら更にややこしくなりそうだったし、そうなった時の彼の相手をするのは精神的にも疲れるので黙ってやることにした。
「ディルフさん、ジャナルさんはものすごく疲れてるんですよ。何もそんな言い方しなくたって。素直にお兄さんを心配していたって言えばいいのに」
 ジャナルを弁護するかのようにリフィが口を出す。が、これが地雷の元だった。
「素直も何も別に心配なんかしてない! 心底迷惑してたんだ!」
「ひ、ひどーい。こんないいお兄さんなのに、どうして弟さんはこんなひねくれで偏屈に育ったんでしょ?」
「何だと! 俺がこのバカ兄よりレベルが低いといいたいのか!」
「ジャナルさんはバカじゃありません!」
 リフィが明らかに贔屓で物を言っていることは明白なのだが、ディルフは全く気付いていない。
「ああ、もう朝から勘弁してくれよ・・・・・・」
 当のジャナルは付き合ってられないといわんばかりにその場をそっと去ることにした。

 

「お、おい、ジャナルだ! ジャナルが来たぞ!」
 教室に入ったとたん出迎えてくれたのは、鳩が豆鉄砲を食らったようなクラスメイト達の驚きの顔であった。 そして驚いたあと、喜びと落胆の二つに分かれた。
「嘘だろー! 絶対無理だって思っていたのに!」
「よおっしゃー! 大穴的中!」
 その他、金額を計算する者、頭を抱える者、ジャナルを罵倒する者とクラス中大騒ぎだ。
「・・・・・・なんだこれ?」
「賭けをしていたんだよ」
 イオが眼鏡をかけなおしながら答えた。
「お前が退学するかしないかをな。ま、言いだしっぺは俺だけど。おかげで損したぜ。絶対お前は受からないと思ってたのに」
「ちょ、ひどっ! お前、それが友達に言うセリフか?」
 話によると、この賭けに参加したのは乗り気のなかったヨハンとカーラを除くクラス全員の13人。うち、儲けを出したのはたったの3人。自分の在学を賭けた試験をギャンブルの対象にされ、しかも合格すると思っていた人間の少なさに、ジャナルは少し傷ついた。
「ま、これでお前は在学決定。煩わしい総会の堅物も居なくなったことだし。またいつもの平和で楽しい学校生活に戻るというわけだ」
 そうこうしている内に、朝錬に出ていたヨハンとカーラが戻り、始業のベルが鳴った。
 だが、HRの時間になっても担任であるトムは現れなかった。代わりに10分程してから露骨に嫌そうな顔をした槍術コースの教師・メテオスがやって来た。
 メテオスは教壇に上がると、眉間にしわを寄せながらこちらを見回した。そしてやはり露骨に嫌そうなため息をつく。
「聞け、能無しのヒヨッ子共。トムは体調を崩して休むそうだ。よって今日このクラスで予定していた実戦授業は私が見ることになる」
「え? 槍術コースと戦うんですか?」
「愚か者。なんでうちの生徒とお前らなんかと戦わせにゃならんのだ。メニューは別々に決まっているだろう。分かったらさっさと体育館へ来い」
 言うだけ言うとメテオスはさっさと教室を出て行った。
「ヤな奴っ!」
 去ったあとでジャナルが叫んだ。
「なんで復帰早々あんな奴の顔を見なきゃならないんだよ!」
「仕方ないだろ、メテオスなんだから。にしてもトム先生どうしたんだろ? 身体を崩すようなキャラじゃないだろうに」

 

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