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ＷＯＲＳＴ ＵＮＩＴ 4
第四章 黄昏の犯行（３）
イオが目を覚ましたのは、薄暗い石造りの部屋だった。殴られたショックでまだ視界がぼんやりしている。
両手は天井から鎖で垂れ下がっている拘束具で囚われている。
こんな場所が学園にあったのか。いや、そもそもここは学園内なのか？
などと思っていると、廊下から足音が聞こえてきた。音から察するに数は２人。それもこっちに向かってくるようだった。
ギィ、とさびた音を立てながら入り口のドアが開く。
「いいザマだな、イオ＝ブルーシス。」
現れた人物の一人は予想通りメテオスだった。一気に不快指数が上がり、イオは視線をそらす。
「また、殴りに来たわけか」
「それが望みならいくらでも殴ってやるが」
皮肉は皮肉で返される。だが、状況的に殴られるだけでは済まされそうにない。無事にここを出られる保障すらないのだ。
「まあ、メテオス君。生徒を乱暴に扱うもんじゃあないよ」
少し遅れて入ってきたのは小柄な中年の男だった。
「誰？」
「自分の学年の教師の顔と名前くらいは覚えておきなさい。私は錬金術科機工学コースのジピッタだ」
「！ あ、思い出した。確かカニスのことが元で処分を食らった」
「口を慎まんか！」
メテオスが怒鳴りつける。
しかし、学園一の陰険教師（剣術コース８年の調べによる）メテオスと、上から処分をくらったダメ教師という珍妙な組み合わせはなんなのか。大体こんな事がバレたらメテオスも含めて懲戒処分どころか免職になるのは間違いない。生きて帰って証言できればの話だが。
「ふん、これだから剣術コースのガキは嫌いなんだ。で、ジピッタ先生、あなたの『奥の手』と何なんですか？どういうわけかこいつはあなたの調合した催眠の香が効かなかったんですよ」
「効かない？ ふむ、直前にノンウィザーのような抗魔剤でも口にすれば話は別だが」
ノンウィザー。最近どこかでその単語を聞いたことがあるな、とイオは考えろうとして、カニスの言葉を思い出した。
“一応栄養剤にも使われているけど、大半は糖衣錠だしね。元々は抗魔剤みたいに魔術や呪いから身を守るための薬なんだけど”
・・・・・・・
・・・・・・・
そういうことか。イオはようやく察した。
突然の呼び出しで食事を完食する時間がなかったので代わりに栄養剤を口にした。その栄養剤にジピッタのいう催眠の香を無効にするノンウィザーの成分が入っていたとしたら。
最悪だ。たった数錠の薬を飲んだばっかりにメテオスに３発も殴られた後、鎖につながれて暗い場所に閉じ込められるなんて冗談にも程がある。よほど貧乏くじを引くような不運な人間でもこうまではなるまい。
「まあ、人道的にこれを使うのはあまりお勧めできんがね。だが、使ってみる価値はあるだろう」
ジピッタは着ていた白衣のポケットから金属製のケースを取り出した。中から現れたのは妙に黒っぽい液体の入った注射器。とりあえず、注入されたらヤバい事は間違いないだろう。
「イオ＝ブルーシス。戦士科剣術コース８年生の出席番号１番。実技・学科共にそれなりに優秀でクラス委員を務めている。だが、調書によると君は一見人望が厚いように見えるが、実は外面がいいだけ。世渡り主義で損得勘定でしか動かない、冷淡で自分勝手な人間だ」
「あんたたちに言われたくない」
「そう。君も我々も同類。自分一人が良ければそれ以外は何のためらいもなく捨てられるんだろう？メテオス君、取り押さえなさい」
メテオスの太い腕がこちらに伸びたかと思うと、なおも抵抗するイオをあっさりと取り押さえ、右手の袖を捲り上げられる。そこにジピッタが注射針を突き立てた。中の液体が注入されると肌に焼け付くような激痛が走り、イオは呻いた。
「これで君は我々と共犯だ」
ジピッタは未だ苦痛に呻くイオを冷ややかに見下ろしながら言った。
「今注入したのは生体組織を狂わせるウイルスだよ。体内に潜伏してから４、５時間後に発病。今からだと日没ごろだな。そしてその解毒剤はメテオスが持っている。この意味が分かるね？ ちなみに、これはハッタリではないよ」
単純な取引だ。ウイルスの恐怖から逃れたければこいつらに従わなければならない。
「ジャナルを殺せ、か」
「剣術コースのくせに聡いな」
この場合クラスは関係ないだろう。いつもながらメテオスは剣術コースの生徒、もしかしたら８年生限定かもしれないが、何故ここまで敵視する必要があるのか。
だが、そんな事よりもイオはもっと気になる事があった。
「何であいつを殺さなければならないのか？ 体育館の事だって別に犯人と決まったわけじゃないだろ？」
そう言いつつ、イオはジャナルが全くの無実とは思ってはいない。ただ、彼を犯人と決め付けるには証拠がなさ過ぎるので断言できないだけだ。それに殺す必要がどこにあるのか。
「あいつはな、とり憑かれているんだよ。人が触れてはいけない『力』にな」
「人が触れてはいけない力？」
思わず聞き返したが、メテオスはそれには答えず、代わりにまたイオの胸倉を掴んで吐き捨てるように言った。
「余計な事には突っ込むな。お前は言うとおりにすればいいのだからな」
ＰＭ１：２７。昼休みが終わるまであと３分。
第三会議室では催眠状態から生徒達が正気を取り戻していた。
皆、不思議そうにしていたが、直後に授業があるため、そのまま誰も深入りする事もなく解散した。ばたばたとあわただしい足音が廊下に響く。
ジェニファアもその中の一人だった。具現武器(トランサー・ウエポン)を持ったまま倒れていた事には疑問はあるものの、そのまま会議室を後にした。何があったかなど後で考えればいい事だ。
「あー！ 急がないと」
ジェニファアが在籍している魔術科の校舎はここから遠い位置にある。必然的にダッシュで急いでいると、人通りの少ない渡り廊下でよく知った顔が向こう側からフラフラと歩いてくるのが見えた。
「イオ！ 何よ、そのザマは？」
返事はなかった。右腕を押さえたまま彼はずっとうつむいている。よく見たら顔に殴られた痕が見えた。
「ちょ、無視するな！」
黙って去ろうとするイオを、ジェニファアは強引に引き止める。
引き止めてからジェニファアは、さっき第三会議室で目が覚めた時イオの姿がなかった事を思い出した。
（確かに私は会議室でこいつと話をしていた。なのに・・・・・・）
廊下に授業開始のベルが鳴り響いた。
「授業、行かなくていいのか？」
イオが白々しく言った。まるで何かを隠していて、それを悟らせないように取り繕っているように見える。ジェニファアはその態度にひどく苛立った。
「正直に答えてよ！ あの会議室で何があったの！ あんたなら知ってるんでしょ？」
「うるさい！ 黙ってろ！」
くってかかるジェニファアをイオは怒鳴りつけた。彼本人はジェニファアを追い払いたいだけなのに、逆に不信感をあおってしまった。
「やっぱり。だったらあの変な出来事はあんたの仕業って事？」
「何でそうなるんだ。いや、この場合その方がいいのか？」
「何わけわからないことを言ってんのよ。あの部屋でいなくなったのはあんただけ」
そう言いかけて、ジェニファアははっと気がついた。
（違う。メテオス先生もいつの間にかいなくなっていた）
会議室で待っていたらメテオスが来た所までは覚えている。けれどもそこから先の記憶があやふやだ。
「教えなさい、イオ。メテオス先生はどうしたの？」
「うるさいって言ってるだろ！」
再びイオが怒鳴る。余計な詮索を一切許さないと言わんばかりだった。
〝そうそう。当たり前の事だが、我々の事は他言無用。万一任務中に我々をかぎまわろうとする人間がいたら、口を封じろ〟
拘束具を外された時、ジピッタは卑屈な笑みを浮かべながらそう言った。
〝ま、助けを求める事は考えない事だ。唯一お前を救うための解毒剤はここにしか存在しない事を考えればどうするべきか分かるだろう？〟
エセ教師め。生徒を捨て駒にして自分達は知らん顔か。
だが、それに対してどうする事もできない事もイオは知っていた。死にたくなければ従うしかないのだ。
「脅したって無駄だからね。あんたが何考えていようとも、私はこの事を絶対に暴いて見せるから！」
イオが退かなければジェニファアも退かない。
元々顔を合わせれば口論になるような２人だ。話そのものが通じるはずがない。
「バカな女だ・・・・・・」
「えっ？」
イオの右手には、銀色に輝く剣が握られていた。
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