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空席のまま

WORST UNIT 4
第四章 黄昏の犯行(4)

 

 魔術科召喚術コース8年、ジェニファア=ライヤーの不幸がクラスメイト達の耳に届いたのはそれから25分後の事であった。
 第一発見者は授業に使う資材を取りに行った下級生。
 血まみれになった床の上でパニックになりながら保健医を呼び、そのままジェニファアは運び出された。
 あまりに突然の事だったので クラスメイト達はその事にショックを隠せず、泣く者、怯えるもの、怒りを露にする者と収拾がつかない状態になっていた。
 ジェニファアの親友であるアリーシャ=ディスラプトも例外ではない。
「何で、どうしてジェニファアが、こんなことに」
 医師の話によると、ジェニファアは鋭い刃物で一突きされ、声も上げるまもなく倒れたという。
 傷口の形から凶器の種類がある程度絞り込まれ、学園内では犯人の行方を追っている。
「許さない。犯人の奴見つけたらこの手でひねり潰して八つ裂きにしてやる!」
 顔に似合わない黒いセリフを吐きながらアリーシャは拳を握り締めた。

 

 PM2:23。5時限目終了後の休み時間。
 ジェニファアが刺されたという話はジャナル達剣術コースの耳にも届いた。
 話によると、午後の授業が始まった直後くらいに刺されたジェニファアが見付かったらしいから、容疑者はこの時間帯にアリバイのない人物だということ。
 そして、凶器はエペのような細い剣で、先端が菱形になっている武器である事から、武器を作った製造メーカーがライライ工房のものだと言う事まで判明したのらしい。
「しっかし、剣で一突きだなんてひどい話があるもんだな」
 ものすごく他人事のようなジャナルの発言にカーラはキッとにらみつけた。
「ジャナル、あんた、この状況が何を意味しているのか分かっていて言ってるの?」
「え? 凶悪犯に気をつけろって事だろ?」
「あんた、本物のバカだ」
 カーラがこめかみを押さえながら呟く。
「俺達剣術コースの人間が疑われている」
 事態がよく分かっていないジャナルに、ヨハンが答えてやった。
「え? 何で?」
 ここまで言ってもピンとすらこないとは。カーラは深いため息をついた。
「いいかい? 凶悪犯の凶器は剣。それもメーカー製の剣だからモンスターやそういった類の仕業ではなく、犯人は人間っていうことがわかるだろ? ここまではいいね?」
「うん」
「ジェニファアって子が襲われた現場も人通りが少なかったとはいえ、昼間の学園の渡り廊下。犯行を行うにはリスクが大きすぎるからこれは計画的犯行ではなく、衝動的にやったものの可能性が高い。これも分かるね?」
「う、うん」
「で、ジェニファアが一撃で倒されたというのをきくと、犯人は剣技に長けているって言うのも分かるだろ」
「あーなるほど、だから犯人は剣術コースの人間である可能性が高いって言う事か。・・・・・・って、えー!」
「遅いっ!」
 ようやく事の重大さに気付いたジャナルはあまりの衝撃で口をパクパクさせていた。
「ってことは俺達全員容疑者?」
「天然ボケもたいがいにしろっ!」
 カーラの手刀がジャナルの脳天に鮮やかにきまる。そのやり取りを見ていたヨハンがそれを見かねて口を出した。
「ジャナル。お前が喋ると進む話も進まん。少し黙っていろ」
 そこまで言われてしまったら、従うほかない。
「カーラ。お前の言いたい事は分かる。俺もそれを考えていた」
「やっぱりヨハンもそう思う? けど外部の犯行ってのも」
「ないわけではない。だが、あいつの剣・ヤミバライは確かライライ工房の武器だったな」
 2人の視線は、昼からずっと空席のままのイオの机に注がれていた。
「・・・・・・なあ、今思ったんだけどさ」
「黙ってろといったはずだが、ジャナル」
「いや、一言だけ! もしかしてさ、容疑者ってアリバイのない奴が一番怪しいことにになるんだよな? そうすると、怪しいのって」
 ヨハンとカーラは無言でジャナルを睨みつけた。

 

「校長? 大丈夫で・・・・・・はありませんね」
 同時刻。校長室ではすっかり心疲労でぐったりしてしまった校長を教頭がなだめていた。
 無理もない。丸一週間学園教育総会に気を遣い、その直後には『アドヴァンスロード』の封印が解けた事が発覚。更にその『力』が暴走して体育館が大破。どうにかしないと、と対策を練っている最中に女生徒が刺されるという事件が起こる。心が休まる時間がない。
「教頭、私はもうダメかもしれん」
「何仰ってるんですか。そりゃあの『力』の事や総会長のことも気になりますが、本部へ行ったトムが戻ってくるのを待ちましょう」
「しかしなあ」
 校長が反論しようとした時、校長室の扉がノックされた。
「お取り込み中失礼します」
 入ってきたのはメテオスだった。
「今の事件で生徒たちが混乱に陥ってます。父兄からの苦情も来ておりますし、午後の授業は中止にしたほうがよろしいかと思いまして。許可を頂けますか?」
 元の原因はこいつだというのになんとも白々しい演技である。
「しかし、犯人が生徒だっていうこともありうる。」
「生徒の安全の方が大事です。放置しておくと第二、第三の犠牲者が出るかもしれません」
「むう」
 校長は考えた。確かにメテオスの言っていることは正しい。犯人の確保よりも生徒の安全だ。だが、『アドヴァンスロード』の事といい、ニーデルディアの事といい、対策が全く立てずにいる自分がもどかしくて苛立っているのが正直な気持ちだった。
「分かった。今から放送でそう指示するように伝えてくれ」
「了解しました。その判断力に感謝を」
 またもわざとらしい発言をしながらメテオスは一礼する。
「いえね、私なんぞの言うことなど聞くに値しないと思っていましてね」
「何を言い出すんだ、メテオス。自分を卑下する発言はよせ」
「それは失礼」
 メテオスはもう一度頭を下げると、そのまま退室した。
 ガチャリと後ろ手にドアを閉め、誰もいない廊下で笑いをかみ殺す。
(何が自分を卑下するな、だ。よくそんな事がいえるもんだ。私がどれだけ苦労させられたかも知らないで)
 神経質そうな顔が憎々しげに歪む。
(さてと、これで嫌でも人間は減る。イオ=ブルーシス、やはり思ったとおりの奴だ)

 

 午後の授業は中止となり、ジャナル達は下校する・・・・・・ということにはならなかった。
「いーい? 犯人はこの手で捕まえる! そんでもって叩きのめして、締め上げて、ボコボコにして、すりつぶして灰にする!」
 帰ろうとしたところに復讐と怒りに燃えたアリーシャが教室に乱入してきたのだ。
 カーラとヨハンの言ったとおり、アリーシャも剣術コースに犯人がいると疑っているらしく、教室に入ってきた時から、ものすごくピリピリとした空気、いや、殺気を放っている。
 そしてそんなアリーシャには逆らえないと察したジャナル達は(ヨハンのみ成り行きで巻き込まれた)犯人探しに協力すると申し出た。
 ジェニファアとはあまり話した事はないのでどんな人までかはよく知らないが、アリーシャとは仲が良かったという事だけはきいていた。
 もし自分が同じ立場だったらというのを考えると、アリーシャを見捨てる事ができない。
 そんなこんなで即席に作られた捜査団は犯人確保を合言葉に活動する事になるつもりだったが。
「で、具体的にどうするんだ? 前みたいに『千里眼(ヨーイツ)』で探すのか?」
「犯人が誰だか分からないから無理。それに魔力も体力もものすごく使うし、正直使えないと思う」
「動機から考えるってのはどう? 怨恨とか復讐とか口封じとか猟奇的趣味とか色々あるだろ?」
 カーラが手を上げながら意見を述べた。
「例えばジェニファアとすっごい仲の悪い奴とかさ」
「なるほど。仲が悪い、ね」
 アリーシャは少し考えた。いくら親友でも対人関係の全てを把握しているわけではない。実際、ジェニファアが付き合っていたという彼氏の名前も顔も知らないのだ。
 が、ふと今日の昼休みにジェニファアが愚痴っていた事の内容を思い出した。
「仲が悪いで思い出したけど、そういえばイオはどうしたの? いつもあんたたちと一緒にいるのに」
何気ない、しかし尤もな質問にジャナルとカーラが固まった。
「い、いや、というか、何でそこでイオが出てくるんだ?」
「え? だって今ジェニファアと仲が悪い奴って言ったじゃない。なんか話によると彼氏との別れ話を茶化したり、人の揚げ足取ったりしてとにかくムカつくって言ってた」
 ジャナルとカーラが同時に各々のこめかみを押さえた。これではイオの容疑がどんどん深まっていくではないか。
 無論、アリーシャのために犯人は捕まえたいという気持ちはある。事件の概要を考えたら犯人の行動はどう考えても許す事などできない。
 だが、午後から姿を見せないとはいえ、イオを疑いたくないというのも正直な気持ちだ。だからアリーシャに彼のアリバイがない事を言うのにも抵抗がある。言ったら最後、アリーシャのことだ。真相に関係なくイオを捕まえて問答無用で八つ裂きにやりかねない。
 どうしたものかと2人が考えていると、ヨハンが横から口を出してきた。
「それだとジェニファアがイオに対して恨んでいるのは分かるが、イオ本人がジェニファアを恨んでるとは限らないと思うが」
 数秒間沈黙が流れた後、ジャナルとカーラはヨハンの方に尊敬の眼差しを送った。
(ヨ、ヨハン! よく言った!)
 最早犯人を見つけたいのか隠蔽したいのか分からない。
「と、とにかくここで話すよりやっぱ現場とか行って調査したほうが良くない?」
「そ、そうだな。うん、カーラの言う通り。よし、そうと決まれば早速GO!」
 ものすごくぎこちないノリでジャナルは元気良く立ち上がり、拳を突き出す。兎にも角にもアリーシャに考える隙を与えてはならなかった。
 そんなジャナルの努力(?)が報われたのか、そのまま作戦会議は中断され、4人は実際に事件のあった現場へ赴く事になった。
 現場検証により、事件の真相を調査する、はずだったのだが。
 やはり世の中そんなに甘いはずはなく、現場に行く途中で教師に止められてしまった。
「現場は立ち入り禁止です! どいつもこいつも探偵ごっこをしたがるんだから! これで12組目です!」
 あっさり締め出しをくらう4人。それよりも同じような行動を取ろうとした団体が12組もいる事の方が恐ろしい。
「あーあ。振り出しに戻る、か」
「って言うか、みんな探偵モノにはまりすぎだっつーの」
 どこの世界も事件を捜査して推理する探偵というのはカリスマ的職業なのらしい。
「でもこんな事では私は諦めないから。ここはやっぱり効率悪いけど聞き込み捜査で行こう。それでいい?」
 特に異論を唱えるものはいなかった。そして簡潔な話し合いの結果、20分おきに教室に集合するという、この街の自警団が事件捜査時によく使うスタイルをとることにした。

 

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