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未だに挿絵に登場してなかったのは私のミス。

WORST UNIT 4
第四章 黄昏の犯行(5)

 

 1巡目は特にめぼしい情報は得られなかった。
 2巡目も同様だった。
 3巡目になってジャナルが昼休みに行われた、クラス委員の会議にジェニファアはきちんと参加していたという情報を得て戻ってきた。
「けど妙なんだよ。そいつも会議に出てたクラス委員なんだけど、気がついたらみんなで床に寝ていたって言うんだ」
「それ、どういう事?」
「言葉通りの意味。・・・・・・痛っ!」
ジャナルの脳天にアリーシャの裏拳が入った。
「それを探ってこなきゃ意味ないだろーがぁ! やり直しっ!」
 そんなさっしょうな、(正しくは殺生(せっしょう))と泣き言を漏らすジャナルだが、アリーシャには一片の妥協も許されなかった。それだけ犯人への怒りが大きいのだろう。
 気を取り直して4回目の聞き込みへ行こうとした時、カーラはジャナルに近づき、小声で言った。
「あたい、イオの家に行ってくる。あ、これアリーシャには黙っておいて」
「カーラ?」
「やっぱりイオの無実を証明するならイオを捜すべきだと思う」
 それを聞いてジャナルは複雑な気分になっていた。
 今更ながらもし、イオが犯人だった場合、自分はどうするべきなのか。
 少なくとも、素直に告発したりアリーシャの復讐に加担できそうもない。かといって庇い続けるには限界がある。それを考えると、結局どっちつかずになりそうな気がして、嫌な気分でいっぱいになった。

 

 PM4:10。イオ=ブルーシスはまだ学校にいた。ジェニファアの事で学園中が大騒ぎになっている中、彼はずっと人気のない場所で身を潜めていた。
 考えている事はただ一つ。これからどうしたらいいのか。
 あの教師の言いなりになってジャナルを殺し、解毒剤を手に入れる。自分が生き延びるためにはそれしかない。
しかし、けれども。
 人殺しの罪を一生背負っていく自信なんかない。そうでなくてもジェニファアの事だって衝動的にやってしまったとはいえ、自分には重すぎるほどの罪を犯した。ジャナル暗殺を実行したところでその罪と苦しみが単純計算で2倍になるのだ。
(冗談じゃない)
 いかに楽をするかを考え、適当にバカやって、ほんの少しだけ他人を出し抜いて、そんな日常。それがもう失ってしまったものだと自覚したとたん、イオはたまらなく悲しくなってきた。
 その上、頼る人間もいなければ、助けを求める事すら許されない。
(畜生っ!)
 頭がガンガンして、吐き気がする。それがウイルスのせいなのか、精神的なものなのかは分からないが、それは時間が経てば経つほどひどくなっていくような気がした。
「イオ君?」
 不意に上から声がした。驚いて伏せていた顔を上げると、身体に不釣合いなほど大きなリュックサックを背負ったカニスが不思議そうな顔でこちらを見下ろしていた。
「どうしたの、こんなところで?」
 イオは少し警戒した。警戒してから、あからさまに態度に表してはよくないと気付き、無理矢理平静を取り繕った。
「あ、ああ。お前こそこんなところで何やってるんだ?」
「何ってここ、錬金術科の校舎裏、なんだけど」
 そこまで気が動転していたのか。イオは自分がいた場所が、カニスが在籍している錬金術科の校舎裏だという事をようやく思い出した。
「ま、ここは正門から反対方向だから僕くらいしか通らないと思うし」
 少し苦笑いするカニス。彼をいじめていたチンピラ学生と鉢合わせしないようにと考えた回避策が、彼らが停学処分になった後も習慣になっているのだろう。
「ねえ、イオ君。なんか顔色悪いように見えるけど、本当に大丈夫?」
「そうか? 気のせいだろ」
 そういいつつも、イオは客観的に見ても顔色が悪く、妙にやつれて見える。眼鏡のせいで目立たないが、目に生気がない。
「なあ、カニス。ダメ元で聞くけどどんな毒や悪質ウイルスでも効く薬ってあるのか?」
「そ、そんなのあったら僕が欲しいくらいだよ。それに、僕の専攻は機工学だからちょっと薬品とかは専門外だし。あ、でもうちの担任のジピッタ先生なら元々薬学・化学の先生だったからそういうのに詳しいかも」
「そ、そうか」
 というか、そいつが俺に変なウイルスを打ち込んだ張本人である。
 イオはため息をついた。まあ、確かにカニスは悪くない。悪くはないが、イオをへこまかすには十分な発言であった。
「あ、イオ君。悪いんだけど、お、お願いを聞いてくれるかな?」
「なんだ、いきなり改まって」
 イオがカニスのほうをみると、カニスは何故かものすごく言いづらそうにしている。下を向いたり震えたりと、なんだかこちらを怖がっているようだ。
「い、いや、あのね。やっぱりいいや」
「何だよ。言いかけてやめるなよ」
「ううっ」
 ますますカニスは黙ってしまった。これではいじめっ子といじめられっ子の構図だ。
「あ、あの、僕、ちょっと教室に宿題のレポートを忘れちゃって」
「まさか、取りに行けって言うんじゃないだろうな?」
「ち、違うよ。ちゃんと自分で取りに行くから、その、その間、僕の荷物を見ててくれないかな?」
「は?」
 イオは口を開けたまま固まった。荷物番を頼むのに何でそんなにためらう必要があるのか。
「ちょっとの間なら構わないけど、別に何か変なものが入ってるって事はないよな?」
 すると、カニスはぱあっと目を輝かせて、
「ありがとう。よかった、断られるかと思った」
 と感激し、背中に背負ったやたら大きなリュックサックを下ろすとイオの隣に置いた。着地の際、リュックサックからズシン、と大きな音がした。
「ジャナル君はイオ君のことをケチだとか言ってたけど、全然違ってた」
「ジャナルが?」
 これから解毒剤のための標的であるジャナルの名前が出てきたので、イオはピクリと反応した。
「うん。宿題写させてくれないとか、日直代わってくれないとか」
「それは俺でなくても普通断るだろ」
「え? 僕、いつも学校行くとクラスの人に当番とか頼まれたりするけど?」
「それは都合よく利用されてるんだよ! 気付け!」
 ダメだ。カニスはいじめられている事は理解しているようだが、変な所で自覚症状がない。もしくはそんな環境に慣れきってしまい、多少のことは当たり前と感じてしまっているのか。
(けど、誰かに良いようにされているのは、俺も同じだな、この場合)
 ただ、イオはカニスと違って自覚はしている。しかし相違点はたったそれだけ。何一つ刃向かう事もできない。
 他人に、しかも嫌いな人間に屈折するのは嫌だ。けれどもそれを拒めば命はない。死ぬ事はもっと嫌だ。
 気がついたらカニスはいつの間にかレポートを取りに行ったのか、いなくなっていた。
 カニスのリュックサックのベルトにくくりつけてある時計を見ると時刻は4時半になろうとしていた。死への時間は刻々と迫る。
(俺は、まだ死にたくない!)
 そして、しばらくためらった後、無遠慮にリュックサックの中を探り始めた。

 

 PM4:30。ジャナル達の捜査の4巡目が終わった。運が悪い事に、ジャナルがさっき聞き込みをした相手は帰ってしまっていたようで、新しい情報を得ることはできなかった。そんなジャナルを待ち受けていたのが、アリーシャの罵詈雑言だった。
「仕方ないだろ、こればっかりは」
「仕方ないですむか! せっかくの手がかりをフイにしやがってっ! どう落とし前つけるつもりだ、コラァ!」
 非常に分かりにくいが、下のセリフがアリーシャのものである。怒りのあまりに口調が変わってしまったアリーシャに逆らうのは命知らずもいいところである。
 どういうわけか、アリーシャは普段は活発で温厚、面倒見のよい性格なのだが、一度キレると口調がとてつもなく汚くなり、手がつけられなくなるくらい凶暴になる。おまけに戦闘狂の気があるらしく、自分が「敵」と見なした者には容赦しない。
 そんな彼女の性格によって一番被害をこうむっているのが、幼馴染み兼腐れ縁なジャナルなのだが、困った事に彼はそういうキャラと認識されているのか、誰もジャナルに同情しない。否、例外的にリフィがいたが。
「ごめん、遅くなった」
 集合時間から少し遅れてカーラがやって来た。
「あっ! カーラ、助けてくれよ。アリーシャが、ぐぐっ」
 ジャナルはカーラに助けを求めようとするが、あっさりとアリーシャに首を絞められる。
「まあ、ジェニファアの仇を取るまでの我慢だね。ほら、アリーシャも怒りたいのは分かるけどとりあえず我慢する! それからヨハン。あんたもいるんだったら止めてやりなよ」
「嫌だ」
 ヨハンは迷惑そうにきっぱりと言った。
 4巡、約一時間半の聞き込みは昼間の会議の件以外、大した収穫は得られなかった。授業中止の放送が流れてからかなり時間がたっているので校内にはほとんど生徒が残っていない。探偵団気取りの連中も飽きたのか、帰ってしまったようだ。
 これ以上やっても無駄じゃないかと思ったが、アリーシャがそれに納得しないだろう。彼女の気持ちを考えれば、いくら首を絞められても「はい、おしまい」とは言い出せない。
 だが、アリーシャも口では「犯人を捕まえるまで帰らない」と言っていても、このまま捜査を続けたところで収穫の望みがない事が分からないほど愚かではない。
 ラスト1回だけ。これでダメならいったん打ち切る。アリーシャはそう宣言して、教室を出て行った。
「ねえ、ジャナル」
 アリーシャに聞かれていないか確認してからカーラが先ほどの報告をした。
「さっきイオの家に行って来たけど、あいつ、まだ帰ってなかった」
「え?」
「あたいらは昼休みからずっとイオの姿を見ていない。それにジャナルが聞いたクラス委員の会議のこと。何がどうなってるか分からないけど、多分何かに巻き込まれてるんじゃ」
 ジャナルは黙り込んで、考えた。
 推理物の定番パターンとして、一番容疑がかかっている行方知らずの人間が実は人知れず殺されているというものがある。現実に起きたらシャレにもならない。
「イオを捜そう。取り返しのつかない事になる前に」

 

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