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黄昏決闘。

WORST UNIT 4
第四章 黄昏の犯行(6)

 

 アリーシャには内緒で、ジャナル、カーラ、ヨハンの3人はイオがいそうな場所を探す事になった。じゃんけんによりジャナルが学園周辺、カーラがイオの自宅周辺、ヨハンが街の中心街周辺という分担になった。
 ジャナルが担当した学園周辺の道は雑談している生徒の集団がちらほら見られた。凶悪犯に対する警戒がまるでなっていないのには呆れた話だが、いくらなんでもイオがこの集団の中に紛れ込んでいるというのはなさそうなので、声をかけやすそうな集団に話しかけてみた。
「黒髪で、眼鏡をかけていて、顔は面長でな奴、見なかったか? 背は俺よりちょっとだけ高いけど」
「あれ、それってイオ先輩の事? それだったらさっきサ店の方に入っていったのを見ましたけど」
「本当か?」
 ここで言う喫茶店といえば『カルネージ』しかない。ずいぶんあっさりだと思ったが、これは有力な手がかりだ。そのまま向かいにある『カルネージ』へ駆け込む。
 が、店内は学生の客でいっぱいいるものの、肝心のイオの姿はどこにも見当たらなかった。
「ど、どんなトリックを使ったんだ、あいつ!」
 またも何かズレた事を言いながらジャナルは途方に暮れた。
「あー! ジャナルさんじゃないですかあ?」
 入り口で立ち尽くすジャナルを妙に思ったのか、店の手伝いをしていたリフィがこっちへやってきた。
「よかったー。会えなかったらどうしようって思ってたんですぅ」
「あのな、リフィ。悪いけどお前に構っている暇はないんだけど」
「そんな事言わないで下さいよぉ。渡すものがあるんですから」
 そういってリフィは店名の書かれたエプロンから、糸でぐるぐる巻きにされた紙切れを取り出した。
「これは?」
「イオさんから。もしジャナルさんがここへ来たらこれを渡してくれって」
「何だって?」
 イオの奴、もし俺がここへ来なかったらどうするつもりだったんだ。
 と思いながら受け取った紙切れを開くと、そこには見慣れた字でジャナル宛の伝言が書かれてあった。

 『森林公園地点B904で待つ。一人で来い。』

 

 ジャナル達の暮らす街・コンティースには森林公園とは名ばかりの未開拓区域がある。学園からそう遠くはないのだが、見渡す限り木々しかないような場所にわざわざ来る人間はいない。
 野戦訓練には最適な場所なのだが、融通の聞かないことに、ここが公園と銘打ってある以上、役場がそれを許してくれなかった。
 指定された場所に来たものの、イオの姿はない。だが、殺気とも言えるただならぬ気配が周囲を包んでいるのが分かる。ジャナルはそういうのには人一倍敏感だった。
 ジャナルは無言のまま一歩も動かずにいた。手には具現武器(トランサー・ウエポン)のバッジが握られている。
 日はだいぶ傾いていた。遠くのほうで街中の喧騒だけがかすかに聞こえてくる。
 そして時間だけが過ぎていく中、ジャナルは背後から聞き取れないほどの小さな音をとらえ、横に飛んだ。
 間髪いれずにちょうどジャナルの立っていた地面に金属製の釘のような暗器が数本突き刺さる。
「何の冗談だよ!」
「冗談じゃないさ」
 背後から聞きなれた声がしたかと思いきや、うなじに尖った金属の冷たい感覚が走る。
「イオ?」
 振り向かなくともどういう状況か分かっていた。イオの『ヤミバライ』が背後から突きつけられている。
「悪いけど、やっぱり死んでくれ」

 

「どうして黙ってたー!」
 最後の聞き込みが終わり、教室に戻ってきたカーラとヨハンを迎えたのはアリーシャの怒声だった。
「どうもおかしいと思ったらやっぱり隠し事をしていた! どういうことか説明しろ!」
 アリーシャの傍らには、遠くの景色を見る能力を持つ精霊・千里眼(ヨーイツ)がいた。どうやらこれで先程のジャナルとカーラの会話を盗み聞きしていたらしい。
 最早、これ以上隠し通すことはできないのは目に見えている。カーラは腹をくくって全てを打ち明けた。
「というわけなんだ。あ、でも別に犯人と決まったわけじゃないからね、多分」
 アリーシャはふてくされたまま、返事をしない。
「だけどこれだけは信じて、アリーシャ。あたいらはあんたを騙すつもりはないんだ」
 またも、アリーシャからの反応は、ない。
「そりゃアリーシャが犯人を憎む気持ちは分かる。友達を殺されたりしたんだから」
「殺されたぁ? 誰が?」
 アリーシャが素っ頓狂な声を上げた。
「え? え? だってジェニファアは」
「ちょっとちょっと! 勝手に殺さないでよ! ジェニファアは生きてるってば!」
「は?」
 カーラは凍りついた。ヨハンも意外そうな表情でアリーシャを見る。
「だ、だって発見時に息がなかったって」
「血液が気管に詰まっていただけ。もう少し発見が遅れていたら本当にやばかったみたいだけど、意識不明の重体だってことには変わらないし、本当に死んじゃったら私」
 急にアリーシャは肩を落とす。今までアリーシャがこれでもかというくらい怒鳴り散らし、皆を振り回してきたのも、全ては友が傷つけられた悲しみからきたものだ。それを思うとカーラは痛々しい気分になってきた。
「ごめん、弱音吐いて。それにジャナル達が手伝っているのに、ってジャナル探さないと!」
 アリーシャが千里眼(ヨーイツ)に向かって何やら呪文を唱える。が、唱え終わる前に千里眼(ヨーイツ)はパッと消えてしまった。
「やっぱまだコントロールが完璧じゃない、か。しょうがない、また手分けして探そう。」

 

 聞き間違いだと思った。さもなくば何の冗談だと思いたかった。
 だが、彼はきっぱりとこう言ったのだ。「死んでくれ」と。
 ためらう余裕などお互いになかった。
 ヤミバライの突きが来るほんのわずか早く、ジャナルは頭をかがめて反転してそれをかわした。
「起動・ジークフリード!」
 手の平の中にあったバッジが黒い片刃の剣に変形し、次いで来る二発目の突きを叩きつけて弾く。
「どういうことなんだよ、イオ!」
「いいから黙って死んでくれ!」
 イオの攻撃は止まることなく続く。残像となって何本にも見える突きをジャナルは剣一本で防ごうと必死だ。それでも全てを防ぎきれず、身体中に小さな傷が少しずつ増えていく。話し合いというものは通じそうになかった。
「てやあっ!」
 ようやくジャナルも攻撃に転じた。刃の先端がイオの腕をかすめ、灰色のコートの生地が裂けた。イオも相手が反撃に出たところで表情が険しくなる。
 こうなった以上、イオの真意を問いただす前に、彼の戦意を失わせなければならない。
 だが、向こうはこっちを殺そうとしている以上、手加減というものが感じられない。互いの実力差がほとんどない以上、「倒す」と「殺す」の心構えで流れが決まってしまう。案の定、押され始めたのは「相手を殺さないように倒す」方のジャナルだった。
(ち、ちくしょう)
 このままでは負ける。イオが何故自分を殺そうとしているのかは分からないが、彼は本気だ。だからって、向こうがこっちを殺そうとしているのならこっちも殺すというわけにもいかない。ジェニファアの件の重要参考人ということもあるが、それ以前にイオはクラス編成の時から顔を知っている、幼馴染みのアリーシャの次に付き合いの長い人間だ。たとえ「甘い事言ってないで現実を見ろ」と言われても、仲間だと思っている人間にいきなり殺意を抱けと言う方が無理である。たとえ向こうがいきなり襲い掛かってきても、だ。
 あるいは無意識に「これは嘘なのだ」と現実逃避しているのかもしれない。目の前の現実を認識しきれていないのかもしれない。
(けど)
 ヤミバライの攻撃がジャナルの肩口を裂くのと同時に、ジャナルは一歩前へ踏み込んだ。
「けど、死ねるかよ!」
 下段に構えたジークフリードを一気に上へ突き上げる。剣先はイオの左胸から肩を捉え、赤い線を刻む。 風が舞い上がるような、まっすぐで美しい一撃だった。
「げ! やりすぎた?」
 思いの他、イオの出血がひどかったのでジャナルは戸惑った。が、ジャナルの動きが止まったとたん、またもやヤミバライの突きが飛んでくる。奇妙な言い方をすれば、心配無用なのらしい。
 だが、先ほどと比べてわずかだが動きが鈍い。負傷はお互い様なのでそれを差し引いても、イオの顔色は悪く、息切れもひどかった。
 その上、攻撃も大振りで精密度も落ちている。一撃必殺をスタイルとする彼らしくない動きだ。
「なんで、俺ら、こんなことする理由なんかないだろ!」
 幾分か回避に余裕ができたので、ジャナルは思い切ってイオに問いかけた。
「カーラたちだって心配してたんだぞ!」
「黙れっ!」
 一進一退の攻防が続く。だが、ジャナルは問いかけをやめなかった。
「らしくないだろ、こんなの! お前はそんな奴じゃないはずだ!」
「黙れって言ってるだろ!」
 ヤミバライの剣先が一直線に飛んできた。刀身がわずかに沈みかけた夕日を反射して光っていた。
「はあっ!」
 攻撃が当たる寸前にジャナルは身体を横に反転させ、ジークフリードを振り上げた。金属音が鳴り響き、ヤミバライを払い落とす。イオの手から離れたヤミバライはそのまま地面に落ち、転がった。
「チェックメイト」
 ジャナルが肩で息を切らせながら言った。全身傷だらけのぼろぼろだった。沈痛そうな表情で、イオの方を見据えている。
「ジェニファアの事も、お前がやったのか?」
 言いたくなかった問いだが、彼はあえて問う。これだけはどうしてもはっきりさせなければならない。
「ああ。」
 観念したようにイオが答えた。一番聞きたくない答えだった。
「どうしてっ!」
「悪かったとは思ってる。本気で後悔してるし、今更隠す気もない。」
 ずっとイオは犯人じゃないとみんなで信じていたのに。現実は無情だった。ジャナルは何か言おうとしたが、言うべき言葉が見付からなかった。困ったように空の方に視線を泳がせると、空は日没寸前で暗い色に染まっていた。
「どの道、俺には、無、理、だった」
「イオ?」
 イオの身体は目に見えて異変をきたしていた。全身から血の気は引いているのに大量の汗が流れ出している。身体はフラフラしているし、呼吸もさっきより荒い。
「お、おい! 大丈夫か!」
 だが、イオはそれに答える事もなく、倒れた。

 

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