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ばったり。

WORST UNIT 4
第四章 黄昏の犯行(7)

 

「ジャナルさんがここへ来たかって? そんなのあなたに関係ないでしょ」
 客の出入りにひと段落着いた『カルネージ』に駆け込んできたアリーシャを見て、リフィはツンケンな態度で応対した。
「あのね、来たかどうか聞いてるだけなんだけど、なんでそんなに警戒してるの?」
「別に。仕事中ですから」
 急いでいるというのに困った。かといってリフィに事情を説明するにもためらうものがある。間違いなく話がややこしくなるからだ。
 仕方なく他を当たろうとアリーシャが店を出ようとしたとたん、奥のカウンターから声がした。
「ジャナルならさっき来たぞ」
「お兄ちゃん?」
 声の主はリフィの兄であるフォード=アンセムだった。
「確か30分前か? リフィ、お前と何か喋っていただろう」
 フォードはカウンターでグラスを拭いていた。話には応じているが、こちらを見ようともせず、職務に集中している。
 リフィはそんな兄を恨めしげににらみながら、「どっちの味方してるのよ」と小声で呟いた。
「それで何か言ってなかった?」
「だからなんで。ひっ!」
 リフィの顔色が変わった。彼女の顎の下にアリーシャの具現武器(トランサー・ウエポン)である魔術師用の杖が突きつけられていたのだ。
「悪いけど私、遊んでいる暇は無いんだ。少々荒っぽいけど、痛い目合いたくなかったら答えなさい。……むしろ吐け」
 アリーシャの目は本気だった。というよりも視線だけで人を殺せそうだ。
「ほ、本当に知らない!いえっ、マジで!」
「本当に?」
「き、きっとイオさんの所です! どこにいるのか知らないけど、ジャナルさん必死で探してたみたいだし!」
「で、イオは?」
「だからそれが分からないんですー! イオさん、ジャナルさんあてに置き手紙を置いていったけど、私は読んでないしぃ」
 リフィは泣きそうになってフォードに目で助けを求めるが、彼は全く気付いてないのか気付きたくないのか、とにかく無視した。
「つまり、イオがジャナルを呼び出した? ま、とりあえずありがと」
 リフィからしてみれば、とりあえずで済まされる問題ではないが、アリーシャにとっては大きな情報だ。そして問題はどこに呼び出したのかだ。
「置き手紙を残すくらいだから、人目がつかない場所。学校だと裏庭か校舎裏、地下は鍵掛かってるから除外、か」
「校外だとこの辺じゃ裏通りと、南に下ったところにある先の倉庫か、後は森林公園だな。リフィ、このグラス片付けておいてくれ」
「お兄ちゃん! 中途半端に会話に入ってこないでよ! そりゃ最近出番ないから気持ちは分かるけど!」
「そんなみみっちい思想はない。ほら、さっさと片付けろ」
「むー。今の発言は絶対嘘だ」
 低次元な会話をしている兄妹をよそに、アリーシャは手がかりを追うべく店を飛び出していった。

 

「・・・・・・!」
 耳元でジャナルが何かを叫んでいるのが分かる。が、何を言っているのかは分からない。
 活動し始めたウイルスは、あっという間に体を蝕んでいった。
 身体が熱い。息が苦しい。何も見えないし、聞こえない。
 ああ、自分は死ぬんだ。イオは薄れゆく意識の中でそれを悟った。
 ジェニファアには本当に悪い事をした。死ぬという事がこれほど苦しいものなんて想像できなかったから。今更ながら罪悪感にかられる。
 しかし、どうしてできなかったのだろう。あいつらのやり口が汚いとはいえ、ジャナルを殺さなければ自分が死ぬというのに。それしか道がなかったというのに。
 強いて言うなら自分が弱かったからか。メテオスやジピッタにも直接的に逆らう事もできず、己のかわいさにジェニファアを刺し、ようやく暗殺を決意しても土壇場で良心の呵責と生理的嫌悪に襲われ、屈した結果がこのザマだ。救いようがない。
 けれども山ほどの後悔をしているのに反して、イオは心のどこかでその結果に安心していた。何故かは分からないが、そう思った。

 

 対して、ジャナルの方はほとんどパニック状態だった。
 長年の付き合いの友人が前振りもなく自分の命を狙ってきた挙句、目の前で死にかけている。パニックにならない方が無理な話だ。
「イオ! しっかりしろ!おいってば!」
 高熱を引き起こし、身体がひきつけを起こしている。一刻も早く助けなければならない。
 ジャナルは普段着ている赤いジャケットの内ポケットから黒い筒を取り出した。打ち上げ花火と同じ仕組みの非常灯で、いざという時のために常備している。
「火、火をつけないと。ん?」
 気配を感じて彼は振り返り、背後にいた人物を見て驚愕した。
「アリーシャ」
 そこにはいつになくシリアスな表情で立っているアリーシャがいた。フォードが挙げた場所を巡り、ようやくここへ辿り着いたのだ。
「アリーシャ! 頼む、お前の魔法で応急手当を! 早く! このままじゃイオが死んじまう!」
 アリーシャの視線は倒れているイオに注がれたまま、動こうとしない。
「彼が、イオが犯人なの?」
「そんな事言ってる場合かよ! 今は」
 言ってからジャナルははっとした。
 アリーシャの目の前で倒れているイオは、彼女にとっては親友の仇なのだ。自分の親友を不幸な目に遭わせた人間を誰が助けようと思うか。それはジャナルでも分かる。分かっているから犯人探しにも協力した。
 しかし、ジャナルはこうなってしまうまでカーラ達の懸念を楽観視しすぎていた。
「頼む、お前の気持ちも分からなくはないが、こいつを死なせるわけにもいかないんだ!」
「っ! ピースオブフォース、起動っ!」
 アリーシャの手に具現武器(トランサー・ウエポン)が握られる。魔術師用の長い杖はまっすぐイオの方に向けられる。
「どいつもこいつも勝手なんだから! ここで見捨てたら私が悪者になるじゃない!」
 杖の先から淡い光が放たれる。周囲の空間がバチバチと音を立てながら歪み始める。
「いい? これは妥協じゃないからね! ・・・・・・『治癒天使(サブディアン)』!」
 空中に何枚もの羽が舞い、全身が真っ白な天使・・・・・・というには妙に手足の長い不気味な体型だが、アリーシャが使役する召喚精霊の一つ、治癒天使(サブディアン)は瀕死のイオの身体に癒しの光を降り注ぐ。
 癒しの光はジャナルが切り裂いた肩の傷をゆっくりと塞いでゆく。それを見てジャナルはほっと一息をついた。しかし。
「どういう事? 傷は塞がっても回復する気配がない!」
 アリーシャがイオのそばへ駆け寄って様子を見るが、イオは大量の汗をかき、吐血を繰り返し、一向に良くなる気配がない。
「魔力が弱いんじゃないのか?」
「違う。弱いんじゃない。魔法そのものを受け付けない! こんなのって」
 これには途方に暮れるしかなかった。回復魔法を受け付けないとなると、医師や治癒師(ヒーラー)に見せても助ける事ができない。
「けどなんで魔法が効かないんだ! まるでカニスの言っていたノン何とかっていう薬……あっ!」
 ジャナルが何か思い出したように叫んだ。
「その薬だ! 魔力を弱める薬! 栄養剤に入っているとかいう! 確か昼に飲んでた!」
「ノンウィザーの事? 確かに栄養剤に入っているけど、あれくらいの量ならせいぜい催眠術程度の魔法しか防げないし、数十分で切れるって。天使級の魔法を受け付けないとなると、原料のままかなりの量を飲まないと。一体どこでそんなものを」
 が、常識がどうあれ、現実にイオの身体は回復魔法を受け付けず、死へと急降下しつつあるかなり危険な状態である。
「せめて苦しんでいる原因が分かれば」
 考えろ、考えろ。冷静にかつ急いで考えろ。2人は必死で考えるが、対処法が見付からない。見付からないから無力感に襲われる。
「っくしょう! 何でもいい、とにかく何とかなる『力』があれば!」
 この時、2人は気付かなかったが、ジャナルの右手がわずかながらに光を放っていた。だが、その光が何かアクションを起こす前に、第三者の存在がそれを打ち消した。
「縁起でもない事を言うな、人間」
「あんたは?」
 顔を上げると、いつの間にか治癒天使(サブディアン)は消え代わりに青白い肌の異形の女が立っていた。
「面と向かって話すのはこれが初めてだな、小僧。わが名は『制する魔女・テンパランサー』。見ての通りの魔女だ」
「魔女ぉ? どう見ても魔族だろ? ってもしかしてお前がイオを!」
 ジャナルがジークフリードを片手に、制する魔女に斬りかかろうとする。
「待って、ジャナル!」
「なんで止めるんだよ、アリーシャ! 魔族は昔から人類の敵なんだぞ!」
「いいから止めるっ!」
 渋々それに従うジャナルを見てから、アリーシャは制する魔女に向き直った。
「なんであんたがここにいるのよ? いなくなったんじゃなかったわけ?」
「たわけ。私に魔力を供給してくれるお前がいなくなったら私は強制的にいつ目覚めるか分からない眠りについてしまうだろうが。短時間でお前の魔力がひどく消耗しているから来て見れば」
 魔女は冷ややかにイオの方を見下ろした。
「悪性のウイルスだな。ノンウィザーの粉末で効果を相殺しようとしたようだが……免疫力が極度に低下している」
「ウイルス? 助かるのか?」
 ジャナルが叫んだ。
「ずいぶんとぬるい脳の持ち主だな。この小僧は。こやつはお前を殺そうとしたのだぞ」
「けどっ!」
 ジャナルもアリーシャも何故イオがジャナルを殺そうとしたのかは分からない。一方的な立場から見れば、助ける義理などないのかもしれない。だが、それでも友人は友人。見捨てられるほど彼らは非情になりきることはできなかった。
「あんたなら助けられるの?」
 アリーシャが魔女にきいた。
「助けたいのか? 重ねて言うが、こいつはお前の友人を殺そうとしたのだぞ。それでもか?」
「まあ、ジェニファアの事だってある。けど」
 彼女は少しだけジャナルの方を見た。それからイオの方を見た。
「けど、ここでイオが死んだらジャナルやカーラ達が悲しむ。そうなったらきっと私は後悔する。人の苦しみを軽々しく背負えるほど、私は強くない」
「サンキュ」
 ジャナルの顔から笑みがこぼれる。アリーシャの言葉が純粋に嬉しかった。
「人間特有のきれいごとだな。もっと冷静に現実を見たらどうだ」
 そうはいうものの、魔女は嫌そうな顔はしていなかった。むしろジャナル達に向けられた視線は、人類の敵である魔族とは思えないほど穏やかだ。
「あら、私は冷静に現実を見ているつもりだけど。で、手は貸してくれるんでしょ」
「契約だからな。別にこやつが生き延びた所で私が損する訳でもない。今からわが力でノンウィザーの『効力』とウイルスの『繁殖力』を抑えるからその間に魔法で回復させろ」

 

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