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そして夜へ。

WORST UNIT 4
第四章 黄昏の犯行(8)

 

 魔女が左手をイオの身体にかざし、念を込めるのを見てアリーシャはすぐに『治癒天使(サブディアン)』を再び呼び起こす。
 悪しき『力』のみを抑え、回復能力だけを促進させる。それも魔族と天使という正反対の属性を持つ生命体のコラボレーションだ。後にも先にもこんな荒業は見ることはできないだろう。
 だが、順調だと思っていたのもつかの間、アリーシャの身体が変調をきたしはじめた。高レベルの天使と魔族を同時に使役しているのだ。その上、数十分前には召喚術の中でかなり扱いの難しい『千里眼(ヨーイツ)』も呼び出している。いくらバイタリティ溢れる彼女でも限界が来ているのだ。
「アリーシャ!」
 よろめき、倒れかけるアリーシャをジャナルは寸前の所で受け止める。
 それでもアリーシャは構えた杖を握ったままそれを離そうとしなかった。
 ここで倒れたら全てが台無しだ。絶対に失敗は許されない。
「大丈夫か?」
「んなわけないでしょっ! 突っ立ってる暇があったら魔力還元で支援しなさいっ! それくらい授業で習ったでしょ?」
「そ、そうか! 気が動転していたっ!」
 ジャナルが杖に手を伸ばす。魔力還元とは、体力と精神力を魔力に変え、術者の不足分の魔力を分け与えるという戦闘支援技術の一つであった。
 杖にジャナルの魔力も加わり、アリーシャは再び安定を取り戻す。
 だが、ジャナルはあくまで戦士科の生徒で、魔法そのものは使えない。適正というものもあるが、アリーシャのように正式な魔術の訓練をしていないので、単純に魔力が2倍になるわけではない。どちらかというとないよりはましといった程度であった。
 イオの方はというと、回復しているのかどうかかなり微妙だ。呼吸はしているので少なくとも生きている事は分かるが、それもどちらに転ぶか予測がつかない状態だ。
(力がっ、吸い取られるみたいに抜けていく! 魔法ってこんなに力を使うもんなのかよっ!)
 魔術師の杖は容赦なくジャナルの力をむさぼってゆく。だが、人命がかかっているのだ。やめるわけにはいかない。
(くっそぉ。助かってくれよ、イオ!)
 ジャナルはこれほど自分の力の無さをもどかしく感じた事は無かった。ピンチになったことは幾度もあったが、それでも心の中でどうにかなるとたかをくくっていた。だが、今回ばかりはそんなものは通用しない。
(俺にもっと『力』があれば!)
 この際贅沢は言わない。どんな代償だって払ってやってもいい。この後どうなっても知らない、何でもいい。
(頼むからなんか奇跡でも起きてくれ!)
 杖を握り締める力が強くなる。より脱力感を感じたが、そんな事に構っていられなかった。
「ジャナル?」
 いち早くその異変に気付いたのはアリーシャだった。
 ジャナルの身体から膨大な魔力があふれ出ている。あふれ出た魔力は光の波動となり、空気中に散開している。どれだけ修行を積んだ魔術師でもこれだけの魔力は持っていないだろうといえるくらいの『力』。一言でいうなれば、それはありえるはずが無い『異常』だった。
「バカな。死への恐怖だけが引き金ではないのか! 小僧、手を離せ! 下手に覚醒したら!」
 魔女の制止が終わらないうちに、周囲は光に包まれた。

 

 夜。
 ジャナルとアリーシャは気がつくと学区内の病院にいた。妙なエネルギーを感じたというヨハンが、カーラをつれて森林公園で倒れている3人を発見したのだという。
 アリーシャの方は軽い魔力の欠乏症で一晩眠れば治るらしいが、ジャナルはそれプラス、戦いで負った傷の数がひどいので数日間の通院を言い渡された。
 そしてイオの方は医師の話によると、一命は取り留めたが危険な状態である事には変わらないと宣告された。
 ジャナル達に専門的なことは分からないが、イオは体内の至る所で内出血や筋肉麻痺を引き起こしていたらしい。今の所判断がつかないが最悪の場合、脳に障害を起こし二度と目覚めないという事もありうるという話だった。
「なんで、あたいたちがもっと早く見つけていれば」
「無理を言うな。一個人の言動に責任など持てん」
「けどっ!」
 ヨハンの冷静な言葉に、カーラは唇をかみ締める。
 つい先日まで普通にバカ話をしていた仲間が急に行方不明になり、見つかったと思えば生死の淵を彷徨っている。そんな事誰が予想できようか。まだまだ世間的には少年少女と言える彼らにはあまりにもショックが大きすぎる現実だった。

 

「アリーシャ」
 カーラ達が帰った後、ジャナルは病院の廊下の窓から外を眺めながら、後ろのソファに座っているアリーシャがに声をかけた。
「ん?」
 返事はしたものの、ジャナルはこちらを見ようともせずに続けた。
「まさかお前が魔族を使役できるなんて、な。法律でも禁止じゃなかったっけ?」
「別にそんな法律は無いけど、まあ、規制されなくても実行する人はまず居ないでしょうね。魔族と人間は相容れないものだから。まあ、説明できなかったことは悪いと思ってたけど」
「あの魔族、俺の秘密を知ってた。多分、俺よりも」
 沈黙が流れた。
 アリーシャは何か言おうとして、言えなかった。彼女自身、魔女の事をよく分かってはいないからだ。
「なんか今日は疲れた」
 返事が来る前に、ジャナルは愚痴をこぼした。相変わらず窓の外を食い入るように見ている。そして、深いため息をついた。
「なんかとてつもない事件だったなー。そのくせ真実は闇の中、だしさ」
 無理しているのが見え見えだった。実際ジャナルの声は震えていたのだから。
 そして彼は頭を横に2、3度振ると帽子を深く被り直す。
「なんでこんな事になっちゃったんだよ!」
 突然、ジャナルが激昂した。
「ジェニファアが刺されて、イオが失踪して、居なくなったかと思ったら今度は俺の命を狙ってきて、訳がわからねえよ!」
 握り拳が窓枠を打ちつける。金属製の桟の上に涙が数滴落ちてきた。
「俺はなんであいつに殺されなきゃならないんだ? なんであいつがあんな目に遭わなきゃならないんだ? それなのになんで俺は何も知らないんだ?」
 悔し涙を流しながら「なんで」を繰り返すジャナルに、アリーシャは何一つ答える事はできなかった。
「ちくしょう、こんなの納得いくかよ……!」
 泣きながらも、ジャナルは決意していた。この事件の真相を追うことを。自分の身に何が起きているのかを知る事を。

 

 それが全ての結末へ続く、ターニングポイントだった。


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