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前回までのあらすじ
 万物の力を増幅させる『力』を持つ魔族の遺産。
 国立戦術学園・デルタ校の生徒・ジャナル=キャレスは偶然その『力』を手にしてしまうものの、学校側はそれを忌むべき存在とし、中でもそれを強制的に排除すべきだと判断したメテオス達はジャナルの悪友であるイオを脅迫して、ジャナルを抹殺するように仕向けてきた。
 結局抹殺は失敗。イオはその代償として意識不明の重体に。
 無力さに打ちひしがれるジャナルだが、この一件を機に事態は大きく動きだすことに、彼はまだ気付いていない。

以下、回想!

何のため、それを知ることがそんなに必要なことなのか。

WORST UNIT 5
第五章 価値なき歌(1)

 

 深夜0:00。閉店した喫茶カルネージのカウンターでジャナルとアリーシャは、店長代理であるフォードにこれまでに起きた事件の知っている限りのことを全て打ち明ける事にした。
 彼なら口は堅いし、性格的にも信頼できる。それに何よりもこれまでの言動からジャナル達の知らない何かを知っているに違いない。今後のことを考えると少しでも多くの情報が必要になってくるのだから、これほど心強い味方はいなかった。
「その魔女の話だと、ジャナルに『アドヴァンスロード』とかいう万物の力を強める『力』を持った魔族がとり憑いているということになるのか?」
「厳密に言うと違うような気もするけど、ま、ニュアンスの問題よね。で、魔女は秩序のためにその『力』を消そうとしている。口止めされてたけどこの際仕方ないわ」
「しかし魔族の世界に秩序なんて単語があるとはな、信じられん」
 フォードのいうことは尤もであった。昔から魔族は破壊と混沌の象徴であり、憎むべき、場合によっては滅ぼすべき存在として人々は幼少の頃からそれを教え込まれていた。それが人間の世界の常識というものである。
「で、ジャナル。その『アドヴァンスロード』というのは具体的にどんなものなんだ?」
「具体的ぃ? 具体的、ぐたいてき・・・・・・」
「ジャナル。普通にあった事を話せばいいから」
 アリーシャに促され、ジャナルは少し考えてから話し始めた。
「一番最初に気付いたのは錬金術科の連中とバトルした時。後で気付いたけど斬りかかろうとしたらものすごく高くジャンプしてたみたいなんだ」
「絶大的な『跳躍力』、か。」
「そうそう、難しく言うとそんな感じ」
 ちっとも難しくない。
「それから実戦授業の体育館。あれ、なんか爆破したの俺みたい。いや、わざとじゃないからな」
「当たり前よ。わざとだったらアンタを爆破してるから」
「うぅ。と、とにかくあれは試合中のことだった。俺はヨハンと戦っててさ、やっぱあいつは強いよ。隙がないっつーか、それでさー」
 そしてジャナルはジェスチャーを交えていかにヨハンと戦ったかを講義し始めようとしたが、明らかに話が脱線するので、それは止められた。
「でもって、ぐわーって時にこう反射的に剣をブンッてやったらドカンっと」
「効果音で説明するな。つまるところ増幅した『瞬発力』がものすごい強力な剣圧を生み出し、その結果とんでもない『破壊力』につながる、か」
「そして一番最後はイオを助ける時」
 残りはアリーシャが説明した。
「私の魔力が尽きてジャナルの魔力で補充しながら術を使ってたんだけど、効率が上がらなくて。もうダメかと思ったら急にジャナルの『魔力』が増幅し始めたの。それもありえないくらいのエネルギー量。攻撃魔法だったら首都が一発で平らな地面になってたでしょうね」
「凶悪だな」
 フォードは一息つくと、ポケットからタバコを取り出し、火をつけた。
「ニーデルディアの言っていた素質とはそういう意味だったのか」
「えっ?」
 ジャナルとアリーシャが同時に声を上げた。
「話してやるよ、俺の知っている限りの事を」
 紫煙がゆらゆらと店内を漂い始めた。

 

 何がきっかけなのか正確なところは分らない。ただ、心当たりがあるとすれば俺がお前らの年でしかも卒業間近って時だ。俺はあの女の実験に付き合わされたんだ。
付き合っておいて言うのもなんだが、変わった女だった。頭はいいが、やたらプライドは高くて自己中心的で出世根性の塊だ。
 で、その時は意のままに変形させられる金属の実験だった、と思う。俺たちは立入禁止である裏庭でそれをやっていたんだが、あいつの不注意で裏庭にあった石像を壊してしまったんだ。
(ここでジャナルがそんなものあったっけ、ときいた)
 あったんだよ。草陰に小さなやつがな。
 あわてて壊れた石像に近づくと、いきなり閃光が走って目の前が真っ白になって、気がついたら俺は保健室のベッドの上に寝かされていた。
 その時は何ともなかったが、しばらくしてから異変、と言うべきか。とにかくそれは起こった。
 数日後、俺が買い出しに行った時に2メートルくらいの翼竜に市場が襲われて大パニックになった事件があった。
 俺も何とか避難しようと試みたが、空から来る相手に逃げ切れるはずがない。やむを得なく具現武器(トランサー・ウエポン)で応戦したんだがやはり歯が立たなくて、それこそ絶体絶命の危機という時にそれは起こった。
 まさか、と思っただろう? そのまさかだ。
 次の瞬間、俺の振るった武器が翼竜の首を真っ二つに裂いていた。
 似ていると思わないか、このパターン。
 それからしばらくして、総会の視察、この間お前らも味わった恐怖の監視役の連中がやってきた。
 もう言わなくても予想はつくだろう? その総会員の中にニーデルディアがいたんだよ。あの男だか女だかわからん、気味の悪い奴が。
 出くわすなり何処からかぎつけてきたのか、翼竜を倒した『力』のことを特別な素質だと主張し、自分の下で働く事を要請してきた。無論、胡散臭いから断ったがな。興味なかったし。
 だが、更に数日後、いいか、先に言っておく。信じられんがこれは本当の話だ。
 俺はついにニーデルディアに呼び出され、奴に始末されかけた。
 いや、本当に殺そうとしていたかどうかまでは知らない。現に俺はこうして生きているからな。
(詳しい話を聞かせて、とアリーシャが言った。)
 いきなり背後から火炎弾撃たれて、奴の体から放出された黒い邪気のようなものを浴びせられて俺はそのまま五感を麻痺させられて気絶した。
 人体の害になる気を放出するなど、人間技じゃない。俺はこのことを教師達に話した。あの総会員、いや、もしかしたら他にも仲間がいるかもしれないから警戒しろ、と。
 結果は散々。まあ、常識的に考えても教育界のお偉いさんが人間じゃないだの何か企んでるだのこっちは殺されかけただの言った所で誰一人として信じないだろうしな。第一証拠もなければ向こうの目的も知らないわけだ。
 だが、不思議な事にこの一件以来ニーデルディアは一切俺に接触してこなかった。
 それに翼竜を真っ二つにした恐ろしい『力』もそれっきりだ。
 今となっては夢じゃないかと錯覚してしまいそうな出来事だったから忘れようとしていたが、あの事件はまだ何も解決していなかった。俺が奴に近づくな、と言ったのはそういう理由だからだ。

 

 しばし沈黙が流れた。ジャナルもアリーシャも、フォードが何か知っているとは踏んでいたものの、そんな事情があったなど、予想すらしていなかった。
「なあ。それどうして今まで黙ってたんだよ?」
 ジャナルが口を開いた。
「バカ言うな。軽々しく話せる内容じゃないだろ。第一信憑性がなさすぎるし」
「そりゃそうかもしれないけどさあ」
 そういってあくびを噛み殺す。もう夜も遅い。色々あったせいで目は冴えていたが、身体は休息を欲しがっていた。
「今日の所はお開きだ。俺は休みだからいいが、お前らは学校があるだろう」
「いや、俺は病院行くから休む。アリーシャはどうだか知らないけど」
 ジャナルはアリーシャの方を見た。
「あ、私は普通に学校。フォードの言う通り今夜は帰って明日出直すわ。いいなあ、フォードは。土日が休みでさ。学生さんは月から土までフルタイムだし」
「ま、国の法律は労働者より学生連中に厳しいからな。スパルタ教育ってやつか?」
 国の法律によると、飲食店の営業時間は一日最大12時間。週の営業時間の合計は50時間以内、休日は週休2日は最低取ると決められている。国の労働を管理する労働局が、料理等に使用する食材の量を制限するために定めた法律だった。尤もこれはあくまで営業時間の話であって、店内の清掃や料理の仕込み、事務管理などの閉店後にする作業の時間は含まれていないので、フォードも決して暇人ではないが。
 締め出されるような形で店を後にしたジャナルとアリーシャは、薄暗い街灯の通りを歩いていた。
 二人とも黙ったままだった。いや、本当はお互い言いたい事はあるのだが、今はそれを口にする気にはなれなかった。どうにも今日の出来事は重過ぎる。
「ねえ、ジャナル。明日、昼休みににでも学校来れない?」
 アリーシャの家の前についてから、ようやく彼女の方から切り出してきた。
「一応今後のことも考えると色々話し合った方がいいと思って。多分、今日の事件だってまだ解決してないだろうし」
「そうだよな」
 ジャナルは意味もなく空を見上げた。数時間前のリフィと見上げた美しい星空は何処へやら、空はいつの間にか暗雲に覆われていた。
「分かった。昼休みだな」
「じゃ、そういうことで。言っとくけど来なかったら、言わなくても分かるよね?」
「あのなあ。俺はそんなに信用できないのか? まあ、いいや。とにかく昼休みな」
 二人はそう約束して、別れた。
 そう、全ては終わったわけではない。フォードの言う通り、まだ何も解決していないのだ。
 ところが。
「ぎゃあああああああっ!」
 翌日、目を覚まして時計を見たジャナルは絶叫した。
 長針は8を指している。それはいい。だが、短針が指しているのは1と2の間。
「なんでこんな時間まで寝てるんだ、俺!」
 昼休みなどとっくに終わっている。これには頭を抱えた。
 散々行くと約束した結果がこれだ。あのアリーシャがあっさり許してくれるとは思えないし、顔を合わせた途端、怒りの一発がくるのは確実だろう。しかも寝坊が原因となると弁解も出来ない。
 殺される。冗談抜きでジャナルの脳裏にその単語が鮮明に浮かんだ。
 ガクリとうなだれ、頭を抱えていた手をだらんと下げると、肩に激痛が走った。昨日病院で巻いてもらった包帯から少し血が滲んでいる。
「とりあえず病院行ってから考えよ」
 いつもの赤い帽子とジャケットに身を包むと、ジャナルは自室を後にした。

 

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