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WORST UNIT 5
第五章 価値なき歌(6)

 

 ジャナル達剣術コース8年生の授業は、今日も自習だった。 担任のトムが帝都へ出向いているので、ここの所ずっとこの調子だ。
 今の時間は教室であらかじめ用意されたプリントの問題を解くようになっているが、ほとんどの生徒は身が入っていない様子だ。単なる集中力の問題もあるが、一番の原因は金曜の午後からずっと空っぽになっているイオの席。
 彼が意識不明の重体となった話はあっという間に広まっていた。皆、突然の悲劇にぽっかりと穴の開いたような喪失感を抱いていた。教室の雰囲気も暗い。
 そんな時、突如教室のドアが乱暴に開かれ、槍術コース担当のメテオスが入ってきた。
「プリントを回収しに来た。なんだ、ちっとも進んでないではないか。これだからお前らはクズなんだ」
 相変わらずこのクラスを敵視しているのか、理不尽なイヤミをネチネチと呟きながらメテオスは教壇の前に立つ。
「で、今日の欠席はイオ=ブルーシスか。全く、クラス委員が欠席とはいいご身分だな」
「先生、イオは」
「知ってる。病院送りらしいな。情けない」
 事情を説明しようとした男子生徒を遮り、メテオスは冷たく言い放った。
「全くたるんでいる。出来損ないとはいえ、お前らは戦士科の人間だぞ。これが戦場なら病院に送る前に切り捨てられているぞ」
 不謹慎ともいえる暴言に、生徒たちの不快指数は一気に跳ね上がった。大体戦場も何も、ここ数十年間もこの国は大きな戦争もない上、仮に大戦争が起きたとしても、真っ先に戦場に駆り出されるのは城の兵士である。つまり、メテオス自身も戦場に立つ経験など持っていないのだ。
(事情も知らないくせにっ!)
 中でも怒りが頂点に達していたのがジャナルだった。死への恐怖と苦しみにもがき、今も意識不明のイオに対してその仕打ちは非情を通り越して、酷い。
 気がつけばジャナルは席から立ち上がっていた。
「どうした? ジャナル=キャレス」
「あんた、自分で何言ってるのか分かってるのか!」
 ジャナルの怒りは尤もだが、メテオスはそれを切り捨てるかのように聞き流し、何も答えなかった。心なしかジャナルに向けられた視線は殺意がこもっているように見える。
「イオは助かるかどうかも分からないんだぞ! それなのに教師がそんなこと平気で言うのかよ! 少なくともトム先生はそんなこと言わない。いつも俺らの事心配してくれてるのに」
「何だと?」
 トムと比較された事が不服なのか、メテオスの眉がピクリと動いた。が、すぐに平静を取り戻す。
「これはある筋の情報だがイオ=ブルーシスが重体になった件はお前が関与しているらしいな」
「なっ!」
 絶句するジャナルをよそに、メテオスは続けた。
「聞けば現場にお前とイオ=ブルーシスの武器が落ちていたそうだし、双方の武器には血が付着していた。医師の鑑定によるとそれはモンスターの物ではないらしいな」
「それはっ」
 確かにあの日の戦いは、流血沙汰にもなるほどのものだった。だが、ジャナルもイオも本心ではそれを望んではいないはずだ。だが、それをきちんと証明する手立てがない。
「後で職員室へ来い。どういうことか説明してもらおう。おい、副委員でいい。次の時間までにプリントを回収して私の所へもってこい。いいな」
 反論の余地と隙を全く与えずにさっさと去っていくのがメテオスのスタイルである。
 残された生徒たちはしばし唖然としていたが、やがてジャナルの方に不信感と疑心に満ちた視線が向けられていく。
「え? おい、違うって! 何でメテオスの方を信じるんだよー!」

 

 そしてジャナルはというと、呼び出しには応じなかった。どの道行った所で誰も信じてくれないだろうし、嫌な思いをするのは分かりきっていた。まあ、メテオスのせいで犯人扱いされた時点で十分嫌な思いはしたのだが。
 教室を抜け、屋上の柵の上に腕をかけて風景を見下ろしながら、ジャナルはぼんやりと考える。
「ああは言ったけど俺、イオの事情は何も知らないんだよな」
 何故イオはジェニファアを襲い、ジャナルまで殺そうとしたのか。だが、真相究明のために何をしたら良いのかさっぱり見当がつかない。
「ん?」
 錬金術科の校舎の方からカニスがフラフラと歩いているのが見えた。
「あいつ、早退なのかな? おーい、カニ・・・・・・」
 いくらなんでも距離的に聞こえないだろう、というより今は授業中だというのに、無遠慮に大声でカニスを呼ぼうとしたとたん、ジャナルのすぐ真横を黒い影が横切った。
 それが黒いローブを羽織った人影のような気がすると認識したのはすでに通り過ぎた後のことで、黒衣の人影はものすごい勢いで屋上から急降下、そのままカニスめがけて飛んでいき、彼の身体に吸い込まれるかのように消えた。
「お、おい!」
 そのまま地面にカニスが倒れたのを目撃すると、ジャナルは猛ダッシュで駆け出した。この時、彼がもう少し周囲に注意していれば物陰に潜んでいた「犯人」を見つけられていたのかもしれない。
「何故だ? 何故奴の方に反応しない?」
 「犯人」は黒い小瓶を片手に、目を見開いていた。

 

 カニスが意識を取り戻したのはそれから約10分後。保健室のベッドの中だった。ベッドの側には心配そうにこっちを見ているジャナルがいる。
「本当に大丈夫か? なんかおかしい所はないか?」
「うん、たまになんだけど僕、歩いていると突然倒れちゃう事があるんだ」
「いや、今の場合はなんか違うような。あ、何でもない」
 ジャナルは何か言いかけようとして、止めた。
 見た所身体にこれといった異常は見られない。本当にいつもと変わらないように見える。
「あ、でもまだ起き上がるなよ。今、先生呼んでくるからそこでじっとしてるんだ。いいな? 絶対ぜーったい安静にしてるんだぞ! お前は病人だからな」
 しつこいほどに釘をさし、ジャナルは全力疾走で廊下を駆けていく。
 室内に取り残されたカニスはしばし呆然としていたが、ベッドから半身を起こして今いる状況を考える。
(ジャナル君、倒れた僕をここへ運んでくれたんだ)
 また助けられた。迷惑をかけた。そんな気分でいっぱいになる。
 結局自分は必要以上に誰かの助けがなければ生きられない人間なのか。それでいて、誰かのために何かをする事もできない人間。現にカニスはジャナルに対して、世話にはなったがその恩を言葉以外では返せていない。
(僕は、結局何のためにいるんだろう)
 それから数分後、保健室からカニスの姿が消えた。

 

「おい、見ろよ。あいつまだ学校にいたのか」
 下卑た笑いを浮かべながら、例の3人組の1人が言った。
「ったく、目障りな奴ー。目障りな奴は排除しないとなー」
 彼らにとって、理由などどうでもいい。ただ、弱い者をいたぶることで快感を得たいだけなのだ。
「よお、カニス。お前、帰ったんじゃねーのかよ?」
 呼び止められたカニスは表情一つ変えずに彼らの方を見る。
「おいおい、ずいぶん反抗的な顔だな。気にいらねえな」
 言うなり、リーダー格の男がカニスの頬を打った。小柄なカニスの身体は軽く吹っ飛び、廊下に倒される。そのとたん、彼が持っていた荷物の中から例の拳銃入りのケースが飛び出し、カニスの目の前へ転がった。
「いいモン持ってんじゃねーか」
 1人がそれを拾い上げ、中身を取り出す。
「ちょうどいい。俺がお前の課題の出来具合を見てやるよ」
 弾が込められ、銃口がまだ倒れているカニスの方に向けられる。
 無論これは脅しで本気で殺す気などない。ただ怯える様を面白がる、それだけのつもりだった。
 だが。
「っ!」
 突如カニスが起き上がり、奪われた拳銃を掴んだ。
 普段のカニスなら天変地異が起きたってそんな真似はしない。ありえない。この異常に気付いた時にはもう遅い。
 悠然と立ち上がったカニスは、体から黒いオーラを発しながら鋭い眼光で3人組をにらみつけていた。そこには弱気でいじめられっ子の病弱な少年の面影は微塵も、ない。
「お、お前、なんのつもりだよ!」
「そ、そうだぞ! カニスのくせに生意気な!」
「俺らに逆らうとどうなるか分かって」
 銃声。
 奪い返された拳銃が、リーダー格の少年の肩を撃ち抜いていた。
 絶叫する1人に、ただ凍りつくしかない2人。
 そして、カニスは冷ややかに笑っていた。
「やはり外の世界はいい。どす黒い感情(エサ)が喰い放題だ。」
「な、何言って」
「死ね」
 沸き起こる黒いオーラが一際大きくなった。

 

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