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学校崩壊

WORST UNIT 5
第五章 価値なき歌(7)

 

 廊下の隅でメテオスとジピッタは作戦失敗という事実を前にあれこれともめていた。
「おかしい。死神の誘惑は狙った相手に確実に取り憑くはずなのに」
「だが現にあれはターゲットをスルーしました。本当に効果あるんですか?」
「何を馬鹿な。あれはものすごく高度で貴重な物だぞ。しかし、どうして」
 ジピッタが考え込んでいると、後ろからドタバタと慌しい足音が聞こえてきた。
「おーい、ジピッタ先生ー! げっ、メテオスもいる!」
 騒音に近い足音の主は、二人のターゲットでもあるジャナルだった。
「大変です! カニスが」
 ジャナルが事情を話そうとしたとたん、ドーンともガーンとも聞こえる何かをぶち壊すような大音響がして、地面が揺れた。
「中庭の方だ!」
 いち早く窓から身を乗り出したジャナルは、中庭の方角から煙が上がっているのを発見した。
「俺、ちょっと行って来ます! あ、先生、カニスが保健室にいるからよろしく!」
 教師二人が返答する前に、ジャナルは駆け出していた。
(何だろう。嫌な予感がする)
 ジャナルの脳裏に先日の体育館の屋根が大破した事件が蘇る。
 案の定、嫌な予感は的中し、中庭は想像をはるかに超える惨状だった。
 所々に設置してあるベンチや花壇の花は散乱し、地面には意識のある者ない者を問わず、傷を負った生徒たちが倒れている。
 そしてその中心に、身体から黒いオーラを撒き散らしている小柄な少年が、手に持っている拳銃に弾丸を装填していた。
「カニス? いや、お前は誰だ!」
 見知っているはずの少年は、ジャナルの方へ顔を向け、冷ややかに笑う。
「誰かって、見れば分かるだろう? 悪魔だよ。」
「あ、悪魔ァ?」
 ジャナルは金魚のように口をパクパクさせながらカニス(仮)の方を見た。
 やはり、屋上で見た出来事は幻覚でもなんでもなかったのだ。あの黒い人影がカニスに取り憑いているのだとジャナルは瞬時に悟った。
「とにかく! どっから入り込んできたのか分からないけどカニスから出て行け! さもないと」
 彼の具現武器(トランサー・ウエポン)・ジークフリードが右手に握られる。
「斬り落とす!」
「どうやって?」
 カニスは剣を構えるジャナルを鼻で笑った。
「分かってると思うが、俺を斬ったら宿主であるこいつもただでは済まされないぞ。それでもやるのか?」
 威勢よく剣を取り出したのはいいものの、それが何の解決にもなっていないことに気付き、ジャナルは唇をかんだ。とり憑いた悪魔だけを斬るという芸当はジークフリードには出来ない。
「で、どうする? お前に俺は殺せなくても俺はお前を殺せるぞ。こんな風にな!」
 カニスが手を掲げると、全身を取り巻くオーラが束になって放出される。放出されたオーラはものすごい速さで地面をえぐり、そのまままっすぐ校外の方へ飛んでいき、敷地を取り囲む塀にぶつかり、爆発した。遠くの方から悲鳴が聞こえる。
「尤も、ニンゲン如きに負けるはずはないがな」
 ジャナルは剣を構えたまま、助ける手段が見当たらない事に動揺していた。これではイオの時と一緒だ。いや、放置すれば被害が広がる分だけもっと質が悪い。おまけに力の差がありすぎる。
 校内には避難警報の放送が流れ、街の方からは自警団出動のサイレンが鳴り響く。
 だが、ジャナルはカニスを置いて逃げることはできなかったし、思いつきもしなかった。
 一般的に、人に取り憑いた悪魔を退治する方法は3つ。
 1つは悪魔が取り憑いている依り代を破壊、もしくは使い物にならなくなるまで痛めつけて、出てきた所を叩きのめす。それも複雑骨折、内臓破裂くらいにまで痛めつける必要がある、のはさすがに却下。下手をしなくても身体の弱いカニスのこと、それだけで死んでしまう。
 2つ目は悪魔祓いの呪文。一見これが一番平和的に解決しそうだが、これはかなり高度な技術で、使える人間がほとんどいない。何せ祓いに失敗すれば依り代の精神を破壊してしまったり、逆に術者が取り付かれてしまったりとリスクが大きすぎるのだ。まあ、どの道ジャナルには扱えないので元からこの選択肢は無いに等しい。
 そして3つ目。それは依り代自身が悪魔を追い祓う事。即ちカニス本人の精神力で悪魔に打ち勝つという事だが、第三者は介入できない。出来る事といえば祈る事だけ。
 つまるところ、今のジャナルには何も出来ないのだ。
「なんでカニスなんだよ」
 湧き上がる怒りを必死で抑えながらジャナルは言った。
「何故かって? そりゃ、こいつが乗っ取りやすかったに決まっているだろ。こいつの精神はいい。空虚で、それでいてどす黒くて美味な事この上ない」
「嘘だ!」
 ジャナルは叫んだ。少なくとも、ジャナルから見たカニスはそんな心の持ち主ではない。メテオスなら納得するかもしれないが。
「おかしなことを言う。こいつはな、何もかもに絶望して生きる気力すらないんだよ。そういうお前はこいつの何を知っているんだ? こいつの苦しみを理解ているつもりなのか?」
 言い返そうとしたが、出来なかった。
 ジャナルの知っているカニスは、気が弱く、身体も弱い小柄な少年で、お人好しだがひたむきな努力家だ。難しい課題も手を抜かず真面目にこなし、専門知識は楽しそうに話す。
 だが、それ以上のことは知らない。知り合ってから日も浅いこともあるが、その健気な性格の裏でどれほど傷つき苦しんでいるのか、想像もつかない。ただ、一つだけ心当たりはあった。
「あの3人組のいじめ、か」
 呟いた瞬間、カニスの手から黒い閃光が走り、ジャナルのまだ塞がりきっていない肩の傷を打ち付ける。
 言葉にならない激痛に剣を落としそうになるのをこらえながら、傷口を押さえると血液がじわじわと服を染めていた。
「残念だな。その答えでは20点だ。満点なら即死させてあげたものの」
「くぅぅぅぅっ! 野郎! 治りかけていた所を狙うか、普通!」
「脳が天気な奴だな。そういう安っぽい精神が一番嫌いだ」
 再び右手がかざされ、閃光が走る。だが、二発目はジャナルを狙ったものではなく、斜め上をまっすぐ飛んでいき、校舎の屋根の一角を吹き飛ばした。
 またも悲鳴が上がる。怪我人、もしくは死人が出たかもしれない。
 そして、ジャナルがそれに気をとられている間に逆の方角から爆発が起きた。
「止めろ! 学校壊す気か! っうわ!」
 抗議しようとしたとたん足元の地面が爆ぜた。
 すぐさま身体を反転させて身を起こすと、そこにカニスの姿はなかった。
「上っ!」
「当たり」
 気がつけば校舎よりも高い上空の位置から、黒いオーラがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
「嘘だろー!」
 魔女曰く、死を悟ったとたん『アドヴァンスロード』が無条件で暴発という形で発動する危険があるから気をつけろというのだが、ジャナルにそんなことを考えている余裕はなかった。
 だが、『力』が暴発しそうになる寸前、ジャナルは横から飛んできた影に飛びつかれ、バランスを崩して数十秒間気を失った。

 

「おい、少年! 生きているか!」
 乱暴に頬を叩く者がいる事に気がつき、ジャナルはようやく意識を取り戻した。
「よかった。どこか痛むか?」
「だったら叩くなっての」
 どうやらカニスの攻撃が直撃しようとした瞬間、ジャナルは駆けつけた自警団に助けられ、カニスの死角になる場所に引っ張り込まれたらしい。
「カニス、いや、あいつに取り憑いた悪魔は」
「見失った。今別部隊が捜索している。学生たちは一刻も早く避難所へ」
「けど!」
 自警団に任せたら、まずカニスは半殺しとは名ばかりに殺される。たとえ方法がないにしてもそれだけは避けたかった。そう重い、ジャナルは異論を唱えようとした時、向こうから女生徒が慌てた様子でこちらへ走ってくるのが見えた。まだ幼さの残る顔立ちからして下級生のようだ。
「どうした! 避難勧告は出されたはずだぞ!」
「た、大変なんです!」
 女性とはよたつきながら自警団員の前で立ち止まって呼吸を整える。
「リフィちゃんが、リフィちゃんが、いなくなっちゃったんですー!」
「何ー!」
 自警団員よりも先に、ジャナルが反応した。
「リフィってあのリフィか! 『カルネージ』の?」
「は、はい、さっきの爆発、お店の方角だったからきっと」
 そういえばさっきカニスが放った攻撃の一つが校外の方へ飛んでいったような気が……ジャナルの顔がどんどん青ざめていく。
「フォードは殺しても死ななさそうだけど、こうしちゃいられない! リフィ助けないと!」
 自警団が止める間もなく、ジャナルは素早く立ち上がると、そのまま駆け出した。
「待ってろ、リフィ! って、どわぁ!」
 地面が大きく振動した。またカニスが無差別攻撃を始めたらしい。
 ともかく急ぐ必要がある、ジャナルは唇をかみ締め、腕の痛みをこらえながら『カルネージ』の方へ走る。
 さほどもしないうちに、前方で走っているリフィの後姿を発見した。大声で彼女を呼び止めようとしたとたん、再び地面が揺れた。古い校舎の壁がひび割れて剥がれ、塊がリフィめがけて落下する。
「危ない!」
 反射的にジャナルの身体は動いていた。塊の落下速度より速いという、常人とは思えぬ速さでリフィに飛びつき、そのまま地面を転がる。ゼロコンマ数秒後、塊が彼らのすぐそばに落ち、粉々に砕けた。
「ジャ、ジャナルさん! まさかあたしを助けに?」
 正にヒーローのような救出方法に感動するリフィだったが、ジャナルの方はそれどころではなかった。
「熱っ!」
 衣服からぐすぐすと焦げ臭いにおいがし、慌ててジャケットをバタバタさせている。彼本人は分かっていないと思うが、これは単に極度の加速によって空気が摩擦し、熱を起こしたのである。さらに速度を上げれば肉体ごと燃えていただろう。
「・・・・・・まさか」
 落ち着きを取り戻した彼の頭の中にある仮説がよぎり、バッジを握り締める。そしてジークフリードを起動させるとそれを下段に構えた。視線は規則正しく埋め込まれている煉瓦の道に向けられている。
(下は煉瓦。常識的に考えて剣一本では吹っ飛ばせない。でもふっとばす!)
 そう心に念じてから剣を大きく振りかざし身体を一回転させながら地面を思いっきり叩きつけた。
「!」
 結果はジャナルの予想をはるかに超えていた。
 派手な轟音とともに煉瓦の破片が周囲に舞い散った。そして地面にはダイナマイトで爆破したようなぽっかりとした穴。
 恐ろしい『威力』である。その『力』にジャナルは呆然とするしかなかった。
(まさか、『アドヴァンスロード』は使おうと思えば使える代物なのか?)
 授業でヨハンと戦って、負けそうになった時も、瀕死のイオを助けようとした時も、『アドヴァンスロード』は幾度も助けが要るときに発動していた。だが、『いつでも』その『力』が発動していたわけではない。殆んど切羽詰った状況ばかりだ。だが、リフィの救出はともかく、ジークフリードで煉瓦を砕いた事に関しては切羽詰っているとはいえない。煉瓦などどうでもいいのだから。
(まさか、意識して使えるくらいに、この『力』は俺の中で成長している?)
 なんとも言えない不安を抱くジャナルだったが、リフィの「ジャナルさん!」と自分の名を呼ぶ声で現実に戻された。
「もう、聞いてます?」
「え? あっ、そうだ、リフィ、なんで抜け出したんだよ! 今ここが危険なのは分かっているだろ」
「ですからお店が心配だって言ってるじゃないですかー! お兄ちゃん達も心配しているかもしれないし」
「あーそうだった。まあ、あのフォードが死ぬとは思わないけどカルネージは俺にとっても大事な憩いの場所だ。潰れていたら嫌だもんな」
 頭の中が『カルネージ』に切り替わるとジャナルはリフィをつれて校外の方へ走り出した。二つの事を一度に考えるという芸当が出来ない彼のこと、『アドヴァンスロード』のことなど一瞬にして忘却の彼方へ飛んでいった。

 

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