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黒きゃらって飽和状態な気がしないでもない。

WORST UNIT 5
第五章 価値なき歌(8)

 

 店の方は壁の角を少し壊されただけで、大事には至らなかった。幸い客や従業員の方にも怪我はなく、マスターであるリフィの祖父以外は無事避難したらしい。
「えー! お兄ちゃんが殴りこみ?」
「みんなを避難させた後「学校に抗議してくる」とか言ってな。物置から何か引っ張り出してきて、そのまま出かけてしまったぞ」
「はぁぁぁ。そこまでやるかなぁ」
 リフィは自分の兄の行動力に頭を抱える。
「とにかくここも安全じゃない。リフィはじいさんを連れて逃げるんだ」
「だったらジャナルさんも!」
「いや、俺は学校行かないと。出来るかどうかわからないけどカニスは助けたいんだ」
 そう言うとリフィが何か言う間も与えず、ジャナルは走り出した。
(もう嫌だぞ。イオみたいにカニスまで酷い目に遭うのは)
 自警団がどうにかすると言ったものの、彼らの任務はあくまで皆の安全のためであり、必要とあらばカニスを抹殺することだってありうる。依り代を破壊することが一番手っ取り早いのだから。ジャナルとしては、それだけは何としても避けたかった。
「うげっ」
 学校へ着くなりジャナルはその光景に絶句した。
 校舎はさっきよりも破壊され、傷を負った自警団が至る所で倒れている。
 10人くらいの団員が慌しく救助活動に勤しんでおり、討伐どころではなくなってきているようだった。
 ジャナルは彼らの邪魔にならないよう、カニスの姿を探した。全神経を張り巡らせ、警戒しながら走る。
 やがてプールに辿り着いた所で、ジャナルはそこから30メートルほど離れた校舎の屋上に、カニスが立っているのを発見した。向こうもこちらに気がついているのか、冷ややかな笑みを浮かべながらジャナルを見下ろしている。
 ジークフリードを握り締め、ジャナルは校舎の壁めがけて走り出した。衝突寸前のところで飛び上がり、壁を蹴って更に上に飛ぶ。それを数回繰り返して、屋上の柵を飛び越えて着地する。
「これだけの有様を見てもまだ立ち向かうなんて、馬鹿以外の何者でもないな」
「うるさい! とにかくカニスを返してもらう!」
 ジークフリードを握り締めた手はベタベタに汗ばみ、小刻みに震えていた。
 恐怖に震えていないといえば嘘になるが、何よりもジャナル自身が相手の底知れぬ力を感じとり、それがジークフリードに伝わって剣そのものが力に共鳴しているのだ。
「だから馬鹿は嫌いだ。勝ち目のない闘いに挑んで何になる?」
「ここで逃げたらもっと馬鹿だ!」
 ジャナルは剣を大きく振りかぶり、カニスに向かって特攻する。
「甘い」
 やや大振りな攻撃をカニスは難なくかわし、お返しとばかりに黒い閃光で反撃する。閃光は何本も雨のように降り注ぎ、ジャナルの動きを封じようとする。
 そして、守勢に回らざるを得ない状況に陥ったジャナルに、とどめともいえる漆黒のエネルギー弾が飛んできた。
「くらうかー!」
 閃光の雨に打たれつつ、ジャナルはジークフリードを中段に構えた。
(ちょっとだけでいい。力を貸してくれ、アドヴァンスロード!)
 掛け声と共に、鋭い一閃がエネルギー弾を遠くへ弾き返す。
「どうよ、これが俺の実力ってもんだ!」
 どう見てもアドヴァンスロードのおかげなのだが、ジャナルはオーバーにポーズを取って得意げにしている。
じわじわとだが、体中に負った傷も塞がってゆく。この力は人体の持つ治癒能力と皮膚再生能力も極限にまで促進させているのだ。
「おのれ、お前その『力』は一体!」
 自らの大技が破られ、動揺するカニスはそれを振り払うかのように再び閃光を放つ。前の攻撃と比べると明らかに威力も命中精度も落ちてきていた。
 ジャナルはステップで左右に閃光をかわし、かわしきれないものはジークフリードで弾いた。
 そして一気に間合いまで踏み込むと、剣を両手で握り締め、一気に振り下ろす。
 ものすごい大きな金属音が響いた。
 当然カニスに当たった音ではない。ジャナルの一撃は、カニスの真横に位置する落下防止用の鉄柵をとらえていた。
 見事にひしゃげてしまった柵を見ながら唇を噛むジャナルの横っ腹にカニスの拳がめり込んだ。
「ぐっ!」
 病弱な少年とは思えぬ一撃に、ジャナルはその場に倒れこんだ。それは、肩を貫かれたときよりも閃光の 雨に打たれたときよりも重く、そして痛かった。
「やれやれ。俺も貧弱な奴に取り付いたものだ。一発殴っただけで拳が痛むか、普通」
 すりむいた拳をブラブラさせながらカニスはジャナルを見下ろした。
 それでも立ち上がろうとするジャナルをにらみつけながら、閃光を放ってそれを妨害する。悪魔にとって、倒れても立ち上がる不屈の精神は忌々しい物以外の何物でもなかった。
「っくしょう、いい加減カニスから出て行き」
 パァァン。
 どこかで聞き覚えのある音と同時に、ジャナルの脇腹に熱を帯びたような激痛が走った。
飛びかけた意識を必死に保ちながら、ジャナルが見た物は、いまだ煙を噴いている金属の筒……一昨日カルネージで見せてもらったカニス作:次世代武器だ。
「フン。所詮は甘ちゃんだ。ちょっとばかり『力』があったところで覚悟がなければ何にもならない。お前、『力』を手にしただけで全てが解決できるって思ってただろ?」
 そうなのだ。ジークフリードの一撃を鉄柵にかました時、ジャナルもそれに気付いていた。
 この『力』があれば騒動を止める事はできる。だが、それではカニスを救う事ができない。それに気付いてしまったがため攻撃も失敗したのだ。
「弾丸は肉体に入ったままだ。摘出しない限り治癒の力は使えない。さて、どうする?」
 照準が、こちらに向けられる。
 血が滲み出る脇腹を押さえながら、ジャナルは銃口を睨み付けた。
 もうどうする事もできないのか。万物の『力』を増長する『アドヴァンスロード』を以ってしてもまたも自分の無力さに嘆かなければならないのか。
「ちくしょう。あいつの絶望って一体なんなんだよ」
 うめくようにジャナルの口からそんな言葉が漏れた。
「あいつ、俺よりも真面目でしっかりしてるし、体が弱くても諦めないで頑張っているような奴なんだぞ。どうしてそんな奴がこんな目に遭ってるんだよ」
 なおも立ち上がろうとするが、脇腹に激痛が走り、片足を立てることすら出来ない。出血は多くはないが酷く異物感がある。早いところ弾丸を摘出しないと、手遅れになるかもしれない。
「目を覚ましてくれよ、カニス。お前はこんなことするような奴じゃないだろ? お前がなんで絶望してるのかは分からないけど、こんな事は望んじゃいないだろ?」
「フン、今度は命乞いか。大口叩く割には本当に大したことがないな」
「お前になんか聞いてない!」
 怒鳴ったので脇腹の傷口が開き、血が滴り落ちる。が、ジャナルは気にせず続けた。
「辛い時に辛いと言って何が悪いんだ! 俺だけじゃない、アリーシャやフォードやみんなだっている。あの3人組が嫌がらせするなら何度だって叩きのめす! だから・・・っ!」
 そこまで一気に喋ると、ジャナルはむせた。細かい血の粒が地面に飛び散る。
「言いたい事はそれだけか。くだらない」
引き金に指がかけられる。銃口の先はジャナルの眉間だ。
「だから、絶望だとか、いうなよ。俺、お前みたいな友達が増えて、嬉しかったから、そんな酷い目なんかに遭って欲しいなんて誰が思う、かよ・・・・・・4」
 ジャナルは必死で打開策を考えようとするが、傷の痛みで集中力が欠けるのか、全くと言っていいほど思いつかない。どうやら『アドヴァンスロード』は『知力』という名の不確定要素には作用しないらしい。
 万事休す。悔しさをかみ締めつつ、ジャナルは目を閉じた。
 だが、いつまでたっても銃は発砲されなかった。不審に思い目を開けてみると、カニスは目から涙を流しながら銃を持った腕を震わせている。
「お、のれ・・・・・・ない! 弱者の分際で、その人・・・・・・に・・・・・・!」
「カニス?」
「こざかしい・・・・・・うっ・・・・・・だめだ・・・・・・もう・・・・・・の・・・・・・黙れっ!」
 壊れた音声器のように意味不明な言葉を呟きながらフラフラと奇妙な動きをはじめたカニスに、ジャナルはしばし、唖然としていたがすぐにある事に気付いた。
「まさか、本物のカニス・・・・・・か?」
「ジャナル君! 来ちゃだめだっ!」
 ジャナルの方をむいていた銃口は逆方向に向けられ、そのままカニスのこめかみの方に押し付けられた。
「って、おい!」
 銃口をこめかみに押し当てた意思は、悪魔のものではなかった。ずっと押さえつけられていたカニスの意思が、表面に浮上しようとしている。
 彼は自らの手で依り代である自分の肉体を破壊するつもりだ。瞬時にそれを悟ったジャナルの顔から血の気が引く。
「やめろ! ・・・・・・っ痛!」
 ジャナルは立ち上がろうとするが、痛みがそれを阻止した。
「い、んだよ・・・・・・で・・・・・・僕、どうせ・・・・・・余命、数年って・・・・・言われ・・・・・・ら・・・・・・」
「余命数年?」
 文章は途切れ途切れだが、その単語だけははっきりと聞こえた。
 余命数年。カニスはあと数年の間に命を落としてしまう。言葉通りに取るとそうなる。
 近いうちに死ぬのならば、今死んだって変わらない。むしろ、悪魔の被害からみんなを守るために死ねる。カニスはそう考えているのか。
「だめだ、そんなの! 早くそれを捨てるんだ、カニス! 頼むから!」
 だが、カニスはそれには答えず、震える指を引き金にかけ、そして、
「ごめんね・・・・・・さよなら・・・・・・」

 

 銃声。

 

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