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一撃必殺

WORST UNIT 5
第五章 価値なき歌(9)

 

 カニスの手の中にあった銃が宙へ舞い、地面に転がった。
「え?」
 ジャナルはカニスの方を凝視した。
 驚いたことに、カニスは無傷だった。何が起こったのか理解できず、呆然としている。
「やれやれ。間一髪か」
「えあっ!」
 後ろを振り返ると、カニスの持っている物と同じタイプの銃を構えたフォードが、屋上と校内を結ぶ扉の前に立っていた。
「まさか、犯人がお前だったとはな。おい、よくもうちの店に一発食らわせてくれたな」
 まだ煙の出ている銃口に息を吹きかけ、フォードは冷静に言った。
 彼の立ち位置からジャナル達のいる位置まで十メートルあるかないか。その距離の先にある、カニスのこめかみの真横にある銃を打ち落とす事など、素人芸で出来るものではない。緊迫している空気の中で、ジャナルは改めて在学時に天才と呼ばれたフォードの実力に感嘆、している場合ではなかった。
「貴様は、『あの時』のぉぉぉ!」
 隙をついてカニスの体から抜け出した悪魔が、全身に黒いオーラを迸らせる。
「やれやれ」
 多くの犠牲者を生み出した悪魔を目の前にしても、フォードは全く動じている様子はない。
「死ねぇぇぇぇ!」
 拳を突き出し、その先にエネルギーを集約させる。建造物をいくつも破壊したあの力だ。直撃すれば言われなくても確実に死ぬ。悪魔は歪んだ笑みを浮かべていた。
 だが、それはすぐに驚愕と焦りに変化した。
「な、なんだとっ? 力が抜ける!」
 エネルギーは空気中に拡散し、体に纏ったオーラも小さくなってゆく。
 フォードの唇からは、小声で聞こえないが何か呪文のような言葉が紡がれていた。
 何を言っているのかも、そもそもどこの国の言葉なのかもジャナルには分からない。ただ、それが悪魔を弱らせている事は確かだ。
「眠りにつけ、悪魔」
 最後にフォードがそういった直後、カニスの体はその場に崩れ落ちた。
 あれだけの騒動を起こしておいて、あっけない結末だった。
「大丈夫か、ジャナル」
「え? ああ、うん」
 間違いなく展開についていけてないジャナルはそれだけを呟いた。が、平静を取り戻すとフォードにくってかかった。
「てゆーか、今のは何だったんだ! なんでフォードが悪魔祓いなんか出来るんだ? ありえんだろ・・・・・・ぐえっ!」
「騒ぐと悪化するぞ。自警団や医師を呼んでおいたからそれまで大人しくしていろ」
 それからフォードは一瞬、「こいつ頭悪いからな。どう説明しよう」と言いたげな顔をしてから、
「こいつはな、人工的に作られた悪魔なんだ。それも一人の生徒の手によって作られた」
 思い出したくもない、と言わんばかりにフォードはこめかみを押さえた。
「なんでも憑依生命体の研究とか言ってな。案の定暴走して実験は失敗。それでもまあ万一の事は予測していたのだろう。あいつは暴走を押させる呪文をあらかじめ作っていた」
「じゃあ、今のもひょっとして」
「ものすごい辺境の村の方言で、意味は『私に逆らうとは百年早いんだよ、このウスラトンカチ』だとさ。俺もそこに居合わせていた」
「ウスラトンカチ? どうせなら腐れ外道も入れとくべきだろ、学校こんなにしちまってさ」
 むしろウスラトンカチの一言で沈められる人造悪魔に、ここまで壊滅的なダメージを食らうほうがよほど屈辱的である。
「で、弱らせた後適当な小瓶に封印したはいいが、処分に困ってな。正直に先生に言えって言うのに奴は耳を貸さなかった。結局匂いをかいだら自殺衝動に駆られるという錬金術の秘伝『死神の誘惑』とでっち上げて倉庫の金庫に厳重にしまったとか言っていたが、まさかこんな事になるとは」
 なんとも人騒がせな話である。この事件はたった一人の生徒の失敗によって引き起こされたとは。
「なあ、フォード。その悪魔を作ったのって」
「俺の知っている限りこんな馬鹿なトラブルを引き起こすのはお前を除いて・・・・・・ん?」
「げっ!」
 二人はほぼ同時にただならぬ気配を察知し、倒れているカニスの方を見た。
「おのれ、人間ドモ!」
 カニスの体から黒い霧のようなものが放出され、空中でローブを纏った死神のような形を作り出していく。
「ああ! 俺、こいつ一瞬だけど見た! そうか、こいつがカニスを!」
 黒い死神は屋上の柵を超え、風に流れるように空中へ飛んでいく。
「っの野郎、逃がすかっ!」
 走る激痛を無視してジャナルはジークフリードを手に立ち上がった。フォードが止める間もなく助走をつけ、柵を越え、飛び上がる。
「ジャナル?」
 ここは校舎の屋上である。助走をつけようが何だろうと重力の法則で真っ逆さまに落ちる。普通なら。
 だがジャナルは跳んでいた。その法則を打ち破るほどの跳躍力で。
 そして、逃げる死神の真上に達すると、ジークフリードを一気に振り下ろした。
 辺りに耳を塞ぎたくなるような断末魔が響き、脳天に重い一撃を受けた死神はそのまま身体を真っ二つに裂かれ空中に霧散して消えた。
「どうよ! 俺の実りょ、くぅぅぅぅぅ」
 決め台詞を言う前に、ジャナルは落下。真下にあるプールに落ち、派手な水しぶきを上げた。
 フォードは唖然としていたが、数十秒後、ジャナルが水面から顔を出したのを見て、とりあえず安心した。安心した反面、無事だったことに一種の不安を感じたが。
 ジャナルはと言うと、プールから這い上がりそのまま倒れこんだ。出血と体を酷使した反動でボロボロだ。 いつの間にか右手に何かを握っている事に気付き、それを目前にまで持って言って手を開くと、血のこびり付いた金属の玉のような物が転がり落ちた。どうやらプールに落下した際、体内に埋まっていた弾丸が取れたのを無意識のうちに掴んでいたらしい。
「なんだ、意外と浅かったな」
 腕がぱたりと下ろされ、ジャナルの目が閉じられた。

 

 数分も経たぬうちに、遠くの方で異変を目撃したのだろう。やがて、自警団員たちが駆けつけてきた。
 カニスはすぐに病院へ運ばれ、フォードは事情徴収のために彼らに同行。そして、プールサイドに倒れているジャナルを運ぼうとして、一同は言葉を失った。
 青白い光がジャナルの身体を包み、傷口がどんどん塞がってゆく。光は波動を生み出して広がり、プールサイドの石畳の隙間に埋まっている草や苔をどんどん生い茂らせていった。アドヴァンスロードはジャナルの身体だけでなく、周囲の生物までもを活性化させているのだ。
 見るだけならば神秘的な光景に見えるかもしれない。だが、異常なものは異常。
「化け物・・・・・・」
 自警団の一人がそんな言葉を口にした。

 

「こんな所にいたのか」
 学区内にある病院の屋上。フェンスに頬杖を着いてぼんやりと外を眺めているジャナルに、フォードは声をかけた。
 あの後、結局ジャナルもここへ運び込まれたらしく、目が覚めたと同時に医師の念には念を入れたような診察が始まったが、身体に異常はないらしく、一晩したら帰ってよいとのことだった。
 自警団の事情徴収の方はとりあえずフォードと、ジャナルの唯一の身内である弟のディルフが対応していたが、後日ジャナルの方も正式に行う事になっているらしい。
 そしてカニスはというと、悪魔にとり憑かれたせいでただでさえ病弱な身体は更に衰弱。体力が回復するまで絶対安静という診断を下され、面会も出来ない状態になっている。
 が、それよりも、この騒動での「余命数年」と言うカニスの発言がジャナルの心を締め付けていた。
 後で医師と家族から聞いたのだが、カニスは体内の機能が凍り付くように止まってしまうと厄介な病にかかっており、治る見込みがないらしい。今はまだ大丈夫でも、病は気付かぬうちにどんどん進行していき、やがて身体は思うように動かなくなり、最終的には脳や心臓を止めてしまう想像するだけで身震いする死の病気だという。
「俺、結構カニスのこと凄い奴だって思ってた。身体が弱くてもそれにくじけずに頑張って、泣き言一つ言わないような奴だって。けど、違った。と言うか、俺らが普段くだらない事で悩んだり落ち込んだりしているのに、カニスだけそんな都合のいい生き方なんかできるはずがない。そりゃ、嫌に決まってるよ。後数年しか生きられないって知ったらさ。やりたいことだってあるだろうし」
 フォードは何も答えず、ただジャナルの話を聞いていた。


 タイトルは“価値なき歌”。でもあたしはだからこそ、価値があるって思ってるんです。


 イオの事件があった夜にリフィが歌っていた歌を思い出す。
 彼女は、報われなくても心半ばで倒れようとも生きていた証があるという歌だと言っていた。
 その時は、そんな報われない人生なんて絶対嫌だと思っていたが、今ならばその歌の意味が少し分かるような気がした。
 人は、報われようが心半ばで倒れようが、生きようとしなければだめなのだ。ただ、そこにいて、この場所で生きていたと言う事実。それは何かを成し遂げる功績よりも大切な物なのだ。
「けど、俺は信じたい。ひょっとしたら奇跡がおきるかもしれない。余命数年じゃなくなって、もっとたくさん生きていけるという軌跡がさ」
 ジャナルの言葉には普段の楽観的思考はなく、ただ、そうであってほしいと言う願いが込められていた。
「奇跡、か。ある意味その単語自体が楽観的だがな」
 対して、フォードは冷静で現実的だ。だが、そうであってほしいと願うのはジャナルと同じだろう。
 だが、奇跡を願う前に、彼らは現実を知らなければならない。
 『アドヴァンスロード』の悲劇は、まだ終わりではないと言う事を。

 

 そして、その翌日。早朝に届けられた新聞の見出しを見て、人々は目を疑った。

 『闇討ちか!? 帝都内で教職員が深夜の路上で死亡』

 この後、この見出しが引き金となって、更なる事件が巻き起こる事になる。


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