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路地裏遭遇警報

WORST UNIT 6
第六章 絡まる因果と崩れる絆(3)

 

「ヨハン! ヨハンってば!」
 髪にバンダナを結った、勇ましい雰囲気の男子、もとい、女子は少し前を歩くクラスメイトのヨハンを呼び止めた。
「話は終ったはずだが」
 反時計回りに振り返り、ヨハンは彼女の方を見た。
 ヨハンは後ろを向くときは必ず反時計回りだ。誰も気付かないような些細な癖だが、カーラはそれを知っていた。
「まだあたいの質問にも答えてない! どうしてクラスのみんなにあんなこと言ったのさ!」
「別に深い意味などない」
「だったら言い方ってのがあるだろ? それともジャナルはもうあたいらの仲間じゃないって言うわけ?」
 ジャナルが指名手配されてから間もなくのこと。彼らのクラスで、学園教育総会の顧問錬金術師という謎の肩書きをもつ若い女(大学で言う研究生に当たるらしい)による、ジャナルの持つ『力』の危険性や対策、そして討伐隊についての説明があった。
 当然の反応として、ほとんどの生徒は困惑した。ただでさえ立て続けに起きた不幸な事件に気持ちの整理がついていないというのに、討伐隊に入れなど無茶もいいところである。
 そんな中、ヨハンだけが何のためらいもなく入隊を希望したのである。
『私情で危険分子を野放しに出来るほど、俺はマヌケじゃない』
 そのときに言った言葉がそれであった。
「ならばどう言えば良かったんだ? 俺は事実を言ったまでだ」
「けど、相手はジャナルなんだよ?」
「相手が誰でも魔族は人間の敵。魔族の『力』も同等。躊躇すればこっちが死ぬぞ」
 ヨハンの目は本気だった。万一ジャナルと戦うことに名っても彼はためらいなく剣を取るだろう。そしてそんな彼を言葉で説得するのは不可能に近い。
 孤立しても己の道を突き進もうとするヨハンが心配で、そして何が彼をそうさせているのかを知るために追ってきたのに。 彼は周りの人間の気持ちなど分かっていないのか。
 どうか二人が戦うなんてことにはなりませんように。カーラはそう祈ることしか出来なかった。

 

 そしてこの指名手配騒動で、ある意味最大の被害を被った人物がここにいた。
「知らないっつーの! いい大人が言葉も分からないのか? 俺は馬鹿と話す趣味はないんだ、消えろ」
 ガラも悪けりゃ態度も悪い少年は、数人の自警団に囲まれながら罵詈雑言を吐いては当り散らしている。
 だが、自警団員達もこのまま引き下がっては仕事にならないので仕事にならないのでしつこく少年に食い下がる。
「本当にそういえるのか? 自室にかくまってるんじゃないだろうな」
「アホか。俺の寮は3人部屋だ。どうやってかくまえるんだよ」
「だが君は彼の弟だろ? 家族である君がそうやって庇うのは自然な事だと思わないかね?ディルフ=キャレス君」
「てめえの思い込みで下らないキレイ事を押しつけんじゃねえ!」
 ほとんど毎日のように詰め掛けては尋問してくる自警団にディルフは心底うんざりした。いや、うんざりを通り越して起爆寸前の火薬状態である。少しでも刺激を与えれば具現武器(トランサー・ウエポン)で人を斬りつけかねなかった。
 兄であるジャナル=キャレスが失踪してから幾日か経つが、ディルフには居場所どころか事情も一切聞かされていない。
 体育館が大破したのも直接関わっていたわけでもないし、半ばそれ自体も忘れかけていた。
 イオの事に関してもディルフ本人がイオとは面識がない(向こうはディルフを知っているが)のでそんな事件があったことすら知らない。
 カニスにとり憑いた悪魔が学園を大パニックに陥れた事件も、その日は朝から授業をサボって街をぶらついていたのでまるで他人事。
 そもそも『アドヴァンスロード』の事など単語すら知らないのだ。そんな人間に手がかりを求める事自体根本的に間違っている。そう主張しているというのに相手は勝手な先入観で聞く耳持たない。
 ジャナルが真犯人であろうと、そしてどうなろうとは勝手だ。だが、この愚兄のせいでこっちまで巻き込まれるのはごめんだ。しかも文句を言おうにもどこにいるのかも分からない。
「俺なんかより他の中の良い人間を当たれ。クラスの連中とかな」
 結局そんな感じで尋問は30分以上続き、ようやく自警団は解放してくれた。
 それでもしばらくすると、彼らはまたやってくるだろう。何も知らないディルフから情報を搾り出すという無駄な行為のために。それを考えると頭が痛くなる。
「くそ、気にくわねえ!」
 苛立ちながら彼は街灯に蹴りを入れた。
 ジャナルが捕まるか殺されるか。いや、血眼になって殺気立っているのを見れば捕まれば命の保証はないだろうが、とにかく彼を見つけない限り、この苦難は続くのだ。
 今までジャナルがらみで二次的被害を被って腹を立てたことは数え切れない程あったが(本人談)、今ほど彼を呪いたいと思ったことはない。かといって今さら討伐隊員になってあの自警団員と協力するのは死んでも嫌だし、しばらく姿をくらませようとしても、余計な容疑がかかるだけなのは分かりきっていた。
 結論だけ言えば、今のディルフにはこの状況を変える術は、ない。
「あのバカ、死んでしまえ!」
 怒り任せに街灯に何発も蹴りを入れる。
 鉄柱がボコボコに歪んだが、お構いなし。とにかく何でもいいから八つ当たりしないと気が済まなかった。
「全く、子供だねぇ」
 不意に背後から彼を非難するような女の声がした。
「何だと?」
「まぁまぁ、怒らない。正直な感想を言っただけだから」
 そこにいた人物を見て、ディルフは少し驚いた顔をしてから、またうんざりと不愉快の入り混じった顔に戻った。
「授業のサボりに器物損壊、若気の至りもいいトコだけど、査定のマイナスだけでは収まりそうにないわね」
「あんたは?」
 数日前に来たという学園教育総会の顧問錬金術師。知的な顔立ちの若い女だが、制服である青い帽子と、同じ色の袖のない長い上着が、よりそれらしい雰囲気を醸し出している。
「ルルエル=セレンティーユ。君とは4つ年上の先輩ってトコ。あ、今「最悪極まりない。何故よりによって総会の人間がここにいるのか。せめてもの幸いは、相手が俺好みの美人だって所か」なーんて思ったでしょ?」
「ふざけろ」
 茶化すルルエルを、ディルフは吐き捨てるように一蹴する。そういう類の冗談は彼の嫌いな物であった。前半部分はともかく、後半は微塵も思ってはいない。
「で、あんたも俺に因縁つけに来たのか。どいつもこいつも下らない」
「勝手に私を下らない連中のカテゴリに入れないでよね。君が何も知らないのは承知済みよ」
 ルルエルは周囲を見回し、第三者がここにいないことを確認すると、左手の袖を少し捲くった。
 袖の下には、中央に大きな石の入った太い金属の腕輪がはめられていた。
「自警団って馬鹿よねー。発想が単純すぎるのよ」
 腕輪の石が淡い光を放ち始める。
「一応聞いておくけど、君がどうしようともお兄さんは学園の手に堕ちる。みんなの平和と安全のために、ね。君はそうなってもいいの?」
 光はゆっくりと広がり、腕輪全体を包んでゆく。この女、何をする気だ? ディルフはただならぬ予感を感じた。
「あんた、一体?」
「ん? この腕輪が欲しいの? 綺麗でしょ」
「そうじゃねえだろ! 何をする気だってんだ!」
「先に私の質問に答えて」
 口調は冗談めいているが、ルルエルの特徴的な黄色のかかった瞳は笑っていない。目線は怜悧な刃物のように鋭く、それだけで人を圧倒させるような力があった。
 ディルフは一瞬たじろいだが、すぐにそれを恥じた。
「あ、当たり前だ! あんな奴いるだけが邪魔なんだ! 周囲だっていなくなった方がいいって思ってるだろ!」
 不必要なまでの大声だ。だが、そうでもしないと雰囲気に呑まれて負けそうだった。
「それ、本心? 血がつながっている、しかも唯一の肉親である兄なのに?」
「知るか! 俺だって好きであんなバカ兄持ちたくねーんだよ! 血? 肉親? それがどうした! 俺はそんな尊いとか言う下らない道徳精神なんざ大嫌いなんだよ!」
 兄であるジャナルが聞いたら薄情者と罵りそうなセリフだが、ルルエルはそれに反論しなかった。
 むしろ、それに同調するように口元を吊り上げる。
「それはよかった。遺族の心配しなくてすむから。じゃ、彼を捕獲するのに協力してくれる?」
「断る!」
 ディルフは一層大声で怒鳴った。
「俺は誰の指図も受けない! 振り回されるのはまっぴらごめんだ!」
 言い終わらないうちに、ディルフは後方へ跳んだ。手には具現武器(トランサー・ウエポン)のバッジを握り締めている。
 着地と同時に刃渡りが肩の高さまである長い剣に変形し、それを両手に持ち替え、容赦なくルルエルに斬りかかる。
 斬りかかる、といっても惨殺させるわけではなく、少しばかり(少し?)痛い目にあわせる程度に留めるつもりだった。どうせ治癒術をかけてもらえば大抵の傷は数日で治る。
 だが、ルルエルはその挑発的で不敵な表情を崩すことなく、腕輪を斬撃の軌道上にかざした。
「!」
 鈍い金属音と共にディルフの体が吹き飛ばされる。
「うわー、そう来ると思った。」
 いつの間にか、ルルエルの腕輪は直径5、60センチの盾へと姿を変わっていた。
 ルルエルが念じると、今度は双振りの剣へと変化する。
「でもまあ、この『マテリアルアーツ』の敵ではないわ。何てったって私が創り上げた変化自在の金属だもの」
「こ、この女ぁ!」
 逆上したディルフは立ち上がると、剣を強く握り締めた。
「ああ、見たことある剣だと思ったら『ビリーブレイブ』だ。刃先が自在に伸びるやつ。ま、私のと違って刃先しか伸びないけど」
「う、うるさい! てめえのような女に負けてたまるか!」
「じゃ、やってみる?」
 怒りで脳みそが沸騰しそうな勢いのディルフとは対照的に、ルルエルは何処までも意地悪なくらいに冷静である。
 だが、彼女は一般的な女性の体格と大差なく、武器の握り一つとっても戦士とは縁遠い、まあ素人よりはマシに見える程度の腕前である。
「ま、1分以内で倒せたら褒めてあげるわ」
「ざけんな!」
 やはり先に仕掛けてきたのはディルフだった。背丈並に伸びたビリーブレイブを手に、ルルエルに飛びかかる。
 最初の一撃は横っ飛びでかわされた。だが、攻撃は当然それで終わらない。すぐに身体を反転させ、次の攻撃に入る。
 ルルエルは二本の剣でひたすら回避と防御に専念していた。
 いっそ槍術に転向して槍を使った方がいいんじゃないかと思える程に伸びた長い剣を、しかも決して広くない路地裏であれだけ巧みに操るとは大したものだと彼女は感心していた。怒りは判断力を狂わせ、人を馬鹿へとかえる感情だが、無駄すぎるほどの活力を与えてくれる。いい研究材料になりそうだわ、などと考えている暇はない。
「でも、まあ仕事だから」
 そう言うなりルルエルは持っていた剣の片方を投げつけた。
 剣はわずかに右にそれ、ディルフの真横を過ぎる。
 そのまま片手ががら空きになった所を、ディルフは見逃さず、躊躇なく剣を振り下ろした。
「やばっ!」
 間一髪のところでマテリアルアーツのもう片方の剣が盾に変形し、攻撃を受け止める。
「惜しかったね。あと3秒」
「何? ・・・・・・あがっ!」
 ものすごい衝撃がディルフの後頭部を襲った。数秒間目の前がチカチカしたかと思うと、すぐに真っ暗になり、そのまま気を失った。
「ジャスト1分。ま、こんな所よね」
 ルルエルは倒れているディルフのそばに落ちている、さっき投げた剣、いや、今はブーメランと化している自分の武器を拾い上げた。
「さーてと。弟君は確保したし次の作戦に移らないと」

 

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