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止められぬ運命

WORST UNIT 6
第六章 絡まる因果と崩れる絆(5)

 

『一連の事件の容疑者・ジャナル=キャレスの弟、ディルフ=キャレス、重要参考人兼共犯の容疑で身柄拘束』
 翌日のデルタ校ではこのニュースで大騒ぎだった。
 彼らを知っている人間の中には未だ信じられたいと困惑するものも多かったが、大半の無関係な生徒にとっては学園側から発表されている情報が全てである。この日だけで十数人が有志として討伐隊に加入した。
「やっぱりおかしいよ! 兄弟ってだけで共犯にするなんてさ。あの子の性格からしてジャナルに力を貸す事自体ありえないし、大体こんなの汚すぎるよ」
 発表を聞いたカーラはカリカリしていた。生真面目な彼女の事、そういった理不尽な事は大嫌いなのだ。
「だからと言って今隊を抜けると言ったら、裏切り者扱いされてお前が捕まるぞ」
 カーラとは対照的にヨハンは普段通り淡々としている。
「そんなっ! ジャナルもディルフも悪くないのに」
 ヨハンの見解は正しいのだろう。だが、このまま討伐隊にいて学園に従うのが正しいのだろうか。
 今の学園はおかしい。むしろ狂っていると言っても過言ではない。誰の目からしてもそう見える。
「ねえ、ヨハン。ヨハンは本気で思っているの? ジャナルは魔族に魅入られて変な『力』で全てを滅ぼすだなんて」
 ある日突然自分の仲間が「魔族の『力』を持っています」などと宣告されてもこの目で見ない限り、普通の人間ならまず信じない。
 ところが、ヨハンはきっぱりと言った。
「その通りだ。あいつはあの忌々しい魔族の『力』を持っている」
「なんで? 証拠は?」
 てっきりヨハンも同じだと思っていたのに。心が打ち砕かれた気分になった。
「まず体育館の爆破」
「ジャナルとの試合中にいきなり起きた事故の事? でもあれはジャナルがやったという証拠がないじゃないか」
「確かに。俺も直撃を受けて気絶していたから詳細は忘れた。だが、あのおぞましい魔族の気配はおぼろげに覚えている」
「魔族の?」
 体育館の事件の時にはカーラも現場にいたが、彼女も爆発に巻き込まれて気絶していたため、細かい事は覚えていない。魔族の気配というのも初耳だった。
「それからイオの件だ。途中でジャナルがいなくなった事は覚えているな」
「うん。その後ヨハンが森林公園の方からただならぬ気配を感じる、って言うから行ってみたらジャナルとアリーシャが倒れていて。・・・・・・って、まさか!」
「魔族の気配だ」
 忌々しげにヨハンは断言する。更に「それも同一の魔族だ」と付け加えた。
「あの気配には覚えがある。先日路地裏でジャナルの弟にとり憑こうとしていた女魔族だ」
「け、けどそんなの証明しようが!」
「不覚! あの女魔族を逃したばかりに! よりによってジャナルの方にとり憑いたか!」
 完全に自分の世界にはまり込み、普段と打って変わって饒舌になっているヨハンの耳に、カーラの言葉など届いていない。
 種を明かせば、ヨハンの言う女魔族はアリーシャと契約を結んだ『制する魔女(テンパランサー)』で、体育館の件もイオの件もアリーシャに力を貸してくれた味方(一応)なのだが、ヨハンはそれをジャナルにとり憑いたものと勘違いしていた。とはいえ、魔族と召喚の契約をしたと言ったら彼はどんな顔をするか。話がますますややこしくなる。
 それにしても、ヨハンの魔族に対する徹底した憎みようは客観的に見ても異様だ。
 学園でも魔族は人間の敵と教え込み、魔族がらみの悲惨な事件や悲劇を散々言い聞かせる。現実、魔族によって命を落とした人間も大勢いるのだから、魔族に対して敵意を抱く事はなんら不思議ではない。
 だが、ヨハンの場合、魔族の所業よりも存在そのものを憎んでいる節がある。
 昔、野戦授業ではぐれ魔族に襲われるアクシデントに見舞われたことがあり、その際、普段冷静沈着なヨハンが魔族を見るや否や激昂して斬りかかったことがある。
 魔族はすぐにトム先生が対処してくれたのだが、その時のヨハンは完全に取り乱していた。
 トム先生曰く、魔族特有の生命エネルギーの派動・通称「邪気」のアレルギーの疑いがあると言っていたが、後にヨハンはジャナル・カーラ・イオの3人に彼にしては珍しく自分自身の事情を打ち明けたのである。
 本人曰く、生まれて間もない赤子の頃に親を魔族に殺されたという心的原因ではないかという。
 だから魔族に向けて異常な殺意を示す。魔族は親の仇。自分の得るはずだった幸せを引き裂いた存在。
 が、悲劇とはいえ物心もつかないうちに起きた出来事を18年間も引きずるというのも奇妙な話だ。日常的に全ての物事に対して無感動・無関心なヨハンだと尚更だ。
 だけどこのままではジャナルとの衝突は避けられない。
 カーラは嫌な予感がした。だが、どうする事もできなかった。

 

 ディルフ拘束の通達から更に数時間後。
『ディルフ=キャレス容疑を全否認。身柄は学園地下にて拘留することを発表』
「まじかよ」
 学校帰りのアリーシャからの情報に、ジャナルはただただ絶句するしかなかった。
「私も驚いたわ。まさかディルちゃんが捕まるなんて」
「罠だろうな。身内を人質に取ればこっちも動かざるをえない。全く無茶な手段をとったもんだ。仮にそれで解決しても、アフターケアはどうする気なんだか」
 フォードが冷静に分析する。
「どうかしてるぜ」
 ジャナルもまさかディルフが捕まるとは思っても見なかった。大体彼は事件とは全く無関係である事もあって完全にノーマークだった。
「なあ、これってどう考えても俺をおびき寄せる罠だよな?」
「それは今俺が言っただろ」
「そうじゃなくて、やっぱ俺が助けに行かないとダメ、だよな?」
「だろうな」
 当然罠なのだから助けに行けばこちらの身が危険である。
 だが、ジャナルはそれを差し引いてもいま一つ気乗りがしない様子だった。
「だってあのディルフだぞ? 助けに行けば何言われるか。下手にごねて俺を売り渡しかねないだろ?」
「まさか、そんな事」
 と、アリーシャは反論しようとして、
「ありえるかも」
 あのプライドが高い上に癇癪持ちのディルフの事である。おまけに兄であるジャナルを憎んでいるのだからまず素直に助けられたりはしないだろう。
 じゃあ見捨てるか、といえばそれもできなかった。ジャナルが姿を現さない限り、ディルフは釈放されないのである。単なる人質として扱われているのであればまだいいが、見せしめとしてひどい拷問を受けさせられるという悪いケースだって確率的にゼロではない。
 選択は2つ。自分を危険にさらすか、自分の安全と引き換えに弟を見捨てるか。
「仕方ない、ディルフを助けよう」
 仕方ないと言っておきながら、ジャナルは深く考えずにきっぱりと言った。
「もしあいつがごねたら気絶させてでも連れて帰る。本音言えば助けたいしな。けど」
「けど?」
「問題は学校までどうやって行くか、なんだよな。このまま表に行けば『紐』にされるのは間違いないしさ」
「なんで紐なのさ。かけられるとしたら『縄』だってば」
 大体本当に紐になったらこの物語は大きく破綻してしまう。
「まあ、その点なら任せろ。着いて来い」
 フォードがタバコをしまいながら言った。

 

 フォードに案内されたのは、店の空き倉庫だった。注意深く周囲を見回し、全員が中に入ったのを確認すると、素早く扉を閉める。
「なるほど。この間の秘密通路ね」
「そういうことだ。まさかまた使うとは思っても見なかったが」
 フォードはその大柄な身をかがめ、床を探る。そして数ミリ浮いている床板を見つけると、それをゆっくりと持ち上げた。
 床板の下は空洞がぽっかりと空いており、それが奥までずっと続いているようであった。
「す、すっげー! 俺、フォードのことめちゃくちゃ尊敬した!」
「別に俺が作ったわけじゃない」
「いいんだよ! 重要なのは秘密通路を持っているかどうかなんだし。やっぱこれは男のロマンだよなあ」
 無茶苦茶な価値観を唱えながら意気揚々と空洞の中へ入るジャナル。微妙に音の外れた鼻唄まで聞こえてきた。どんどん勝手に進んでいるのか、音量はどんどん小さくなっていく。
「あのバカ、この通路が何処に辿り着くかとか飛び込む前に聞くものだろう、普通」
「ま、行き先は裏庭だからいきなり縄をかけられることはないでしょ。じゃ、後のことは宜しく」
 次いでアリーシャが中に入るのを見届けてから、フォードは床板を元に戻した。

 

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