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絶対包囲

WORST UNIT 6
第六章 絡まる因果と崩れる絆(7)

 

「さて、そうと決まれば脱出だ」
 ジャナルは武器をしまい、乱れた服装を直しながらディルフに言った。
「それに、アリーシャも心配してたしな」
「なっ! 何であいつがお前の心配なんかするんだよ!」
「俺じゃなくてお前の安否だろ。って何で動揺してるんだ?」
「するか、そんなの!」
 むきになる辺り明らかに様子がおかしい。となると、ますますはっきりさせたくなるのが人の性。
 だが、これが最大の過ちになろうとは、ジャナルは気づかなかった。
「お前、ひょっとしてアリーシャのことが好・・・・・・ぐはっ!」
 言い終わらないうちにディルフの拳がジャナルの頬を捉え、力いっぱい殴り倒した。
 ジャナルの方は、まさか殴られるとは思っても見なかったのだろう。受身を取る間もなく地面に倒れ、そのまま気を失った。
 痣やら切られた唇は『アドヴァンスロード』が修復していくが、意識は戻る気配がない。
 ディルフは次の決闘の機会を待つまでもなく、ジャナルをぶちのめしたのである。
「え、ちょ、ちょっと待て! こんなの認めるか! こんな勝ち方で納得いくか!」
 強引にジャナルを揺さぶっても、起きる気配なし。しまいには蹴りまで入れてみたが、やはり反応なし。
「ふん。ずいぶんてこずったようだな」
 ディルフから見て斜め20メートルの位置にある闘技場観客席側の入り口に、人相の悪い初老の男が立っていた。
「メテオス」
「先生をつけろ、阿呆。兄弟そろって礼儀を知らんとは、全く劣悪な遺伝子だな」
 相変わらずメテオスは毒舌だ。よくこんな男が指揮を取る討伐隊に自分から志願する奴がいるものだ、と ディルフは思った。尤も、有志の隊員はあくまで正義感や自分達の身を守る防衛手段のために入隊しているのであって、メテオスに対する忠誠心などこれっぽっちもないのだが。
「結果的にどうあれ、このバカ兄は今気絶している。煮るなり焼くなり好きにしろ。だから約束通り俺の解放とアリ、いや、この馬鹿の知人たちへの捕縛命令を取り消しやがれ」
「却下だ」
「何だと!」
 ジャナルさえ捕まれば、これ以上ディルフを捉えておく必要もないし、討伐隊も解散だ。当然アリーシャたちもマークされなくなるはずだ。
「話が違うだろ! 俺はそういう条件でてめえらに手を貸したんだぞ!」
「ふん。騙されるお前が悪い。大体ジャナル=キャレスだけ始末して、お前が生還したら不自然だろう。だから」
 言うなりメテオスは指をパチンと鳴らした。
 すると、ディルフたちのいる闘技場が、見る見るうちに炎の壁に包まれていくではないか。
「お前は口封じとして死んでもらう。バカ兄共々あの世に逝け」
 壁の外でメテオスの卑劣な声が響く。そして彼の姿は観客席用の入り口の中に消えた。
「この、卑怯者ー!」
 ディルフの叫びが虚しく響く。
 炎の壁は完全に彼らを包囲し、じりじりと迫ってくる。
 脱出しようにもここにいるのはボロボロのディルフと気絶したジャナル。道具は壊れて使い物にならなくなった具現武器(トランサー・ウエポン)。
「おい! 起きろ、ボケ!」
「う~ん」
 わずかながら反応はあるものの、目を覚ます気配がない。
「緊急事態だ! このまま永眠したいのか!」
 やはり起きる気配なし。
「いい加減起きやがれ!」
 以下同文。尚、台詞一つにつき、蹴りが一発ずつ加わっている。
 しかし、これだけ周囲が高温というのに眠っていられる方も恐ろしい。元々寝起きが悪いことはディルフも知っていたが、いくらなんでもこれほどひどいとは。普通にどついた所でどうにもならないと悟ったディルフは半ば不本意と思いつつ、やけっぱちで叫んだ。
「アリーシャが襲われている! 助けてくれ!」
「何だって! アリーシャが襲ってくる?」
 どこをどうやったらそう聞こえるのか。とにかくジャナルは跳ね起きた。恐怖に満ちた蒼ざめた顔で。
「って燃えてるー! これもアリーシャの仕業だというのか!」
「そんなわけあるか!」
 ディルフの拳がジャナルをとらえた。今度は気絶せぬようきちんと手加減したが。
「とにかく! このままじゃ俺らは死ぬんだぞ! 分かってるのか!」
「目覚めていきなりこれかよ」
 ジャナルはジークフリードを再び取り出すと、切り先を炎に向け、精神を集中させた。
 そして気合と共に剣を振り上げ、身体をひねりながら一気に振り下ろす。
 剣閃による衝撃波は、地を這うように炎の壁にのびてゆき、火炎を吹き飛ばす、つもりだったのだが。
「げっ! 失敗した?」
 消し飛ぶどころか、衝撃波による風圧にあおられ、炎はさらに炎上。上から火の粉が降りかかり、熱いとわめくジャナルをディルフはボケだのカスだの思いつく限りの言葉で罵倒した。
「どうするんだ、これ!」
 炎の壁は二人を中心に半径4、5メートルの所まで迫ってきている。あと数分もしないうちに二人を飲み込むだろう。
「こんな時アリーシャがいてくれたら水とか氷とかの精霊でどうにかしてくれそうなのに」
 無いものねだりをしても仕方がないと分かっていても、そう言いたくなるのも人の性。どの道ジャナル達には精霊を呼ぶ事など出来ない。
 炎にぶち当たるまで3メートル。
「なあ、ディルフ。一か八か強行突破で出口を目指すのはどうだ?」
「絶対死ぬだろ」
 2メートル。
「じゃ、地面に穴開けて逃げ込むってのは? 下なら火は回らないだろ」
「丸焦げは逃れられても酸欠で死ぬだろ」
 1メートル。
「ちくしょう、熱でくらくらしてきた」
 最早死を覚悟するしかなかったその時、悪夢は起こった。
 いや、この場合奇跡とも言えるかもしれない。ただし一時凌ぎの奇跡だが。
「な、なんだ?」
 突如、ものすごい地震が起き、天井から瓦礫の雨が降ってきた。あまりの大きな揺れに、立っていることもできず、ただ唖然としていた。
 瓦礫によって炎は幾分か遮られたおかげで、丸焦げは避けられたが、今度の危機は倒壊による圧死、もしくは生き埋めだ。
 そして更に先ほどより大きな地震が追い討ちをかけた。
「なんでだよっ!」
 ありえないほどの揺れと同時に地割れが発生した。闘技場の床や壁に深い亀裂が生まれ、ジャナル達は成す術もなく地割れの中に飲み込まれる。
「というか、こんな地盤がゆるい所に地下闘技場なんか作るなー!」

 

 デルタ校、いや、コンティースの町にいるもの全員に破滅ともいえる危機が等しく襲い掛かったのは丁度その時である。
 街の上空に突如現れた有翼竜や怪鳥の群れが、街に向かって攻撃を繰り出している。
 空だけではない。陸も獰猛な獣のモンスターの群れが町の入り口の門を破り、街へと次々と殺到してくる。
 本来なら町の周囲には自警団が管理している魔よけの結界が張られており、モンスターの侵入などほとんどありえない。まれに結界の力が弱い所から侵入してくるケースもあるが、今のように集団で攻めてくるということはありえない。
 それもそのはず、街を守るはずの結界は何故か今回に限って作動しなかったのである。
 どう考えても犯人は街にいる誰かだ。だが、今の住人たちは犯人を捜すどころか自警団に責任を問う余裕など無い。
 どしん、どしんと歩くたびに地面を大揺れさせる巨大なモンスターの集団が、街中へ進撃してきた。
 モンスターが通った後は石畳の道路が無残に砕け散り、原型すら留まっていない状態である。
 だが、そんな緊急事態でも人々はうろたえない。子供や老人を出来るだけ安全な場所に避難させ、戦える者は武器を取って魔物の群れと戦う。
「あのモンスターは腹を狙え! そこが弱点だ!」
「魔法で足止めします! その隙に!」
「守りはこっちに任せろ!深追いはするな!」
 さすが戦術学園が義務教育なだけであって、住民の対応は素早い。魔物の群れを相手に一歩も退いていない。
 だが、陸の魔物は食い止められても、空からの攻撃までは手が回らないのが現状であった。飛行用召喚獣を使役できる人間が少ないため、空中戦に挑むこと自体が無謀すぎるのである。ゆえに空にいる竜や怪鳥空は一方的に攻撃を受け、多くの建物が被害にあった。
「お兄ちゃん、あれ!」
 右腕に鉤爪のついた手甲、頭にはヘルメットを被ったリフィが空を指した。
「あれは!」
 上空にいるモンスター集団の先頭にいる、一際大きい翼竜の背に人が乗っているのが見える。
「ニーデルディア!」
 あの総会のローブは見間違えるはずが無い。
「やっぱり総会長が黒幕ってのは本当だったんだ。でもどうして人間がモンスターと手を組んでるの?」
「リフィ、ニーデルディアが黒幕だってことは、先生たちが言ったんだよな?」
「え、うん。先生たちは若い女の総会員がそれを知らせてきたからって。その人はメテオス先生と一緒に討伐隊の指揮をしているみたいだけど」
「そいつの名は?」
「一回全校朝会で挨拶したきりだから覚えてない。なんか「る」が多い名前だったような」
「まさか、あいつか?」
 フォードは、嫌な予感がした。

 

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