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断面図

WORST UNIT 6
第六章 絡まる因果と崩れる絆(8)

 

 学校・中庭。
 アリーシャは痛む身体を引きずりながら、地下入り口へ向かっていた。
「ったく、次から次へとトラブルばっかり起きて! 責任者でてこーい!!」
 ヨハンとの死闘は上空からの魔獣の奇襲により、一時休戦。そのまま彼らとは散り散りになってしまった。
 戦って、ぶちのめしてヨハンから色々と聞き出したかったが、こうなってしまった以上、何よりも我が身の安全が最優先である。しかも、襲撃の際、ヨハンは誰よりも早くこの場から離脱した。別に臆病というわけではなく、単に状況判断が早いだけであろうが、だからと言って仲間であるカーラを放置するとは薄情にも程があるとアリーシャは思った。
 逆にカーラはヨハンとアリーシャが戦っている最中から心ここにあらずで、正気に戻ったのはヨハンが去ったあと、アリーシャが彼女に呼びかけてからであった。
「ごめん、アリーシャ。あたいだってこんな事やりたくない。ジャナルのことも心配だし。だけど、ヨハンの方がもっと心配なんだ」
「ヨハンが?」
「あいつ、絶対何か思いつめてる。何なのか分からないけど、放って置いたらあいつ、どんどん孤立して、そのうち壊れちゃいそうで。だから、あたいは」
 別れ際のカーラとの会話を思い出す。全くもってヨハンはややこしい男だ。何もこんな時になんだかよく分からないけど思い詰めないで欲しい。厄介ごとが増えるだけではないか。さすがにカーラの目の前でこんな事は言えなかったが。
「あー! どいつもこいつも! 今何をやるべきかちゃんと考えてるわけ? もう、こうなったら魔物でも何でも出てきやがれー!」

 

「フ。ディルフ!」
「ん、あ・・・・・・痛っ!」
 全身に走る激痛と共にディルフは目を覚ました。
「痛えんだよ、このボケ!」
 目を覚ますと同時に、自分を揺り起こそうとしていたジャナルをぶん殴る。
 無理もない。ジャナルとの戦いで傷を負い、落下と落盤に巻き込まれて全身をしこたま打ったのだ。体が動くだけでも奇跡に近い。
 対してジャナルはというと、『アドヴァンスロード』の驚異的治癒力で殆んど無傷に近い状態である。不可抗力とはいえ不公平だと、ディルフは不服だった。
「で、ここはどこなんだよ。暗くて何も見えねえし」
 闘技場の真下にある、有り得ないくらいに広い空洞。自然洞窟のようにも見えるが、こんなものが学園の下に広がっているとは思いもしなかった。
「んー。地下の割には空気が澄んでる。引火するガスもないようだし。どこかに出口があるかも」
 ジャナルは着ているジャケットからライターを取り出して、点火する。そして人差し指を舐めて、僅かな空気の流れを察すると、瓦礫の山を掻き分けるように進みだした。
 意外にもこういう時のジャナルの行動はてきぱきしている。ディルフはそれが気に食わなくて、意味もなく突っかかってきた。
「おい、本当にアテになるのか? お前に付いていって死ぬのは嫌だからな」
「しっつれいな。洞窟の歩き方など実地授業でやっただろ?」
「何で追試の山で退学になりかけるバカがそんなセリフ吐けるんだ」
「あーのーなー。俺は冒険者志望なんだぞ。サバイバル知識なんぞ朝飯前だ。学科試験はまあ、国語とか歴史なんかちょっと悪くてもどうにかなるだろ」
 ちょっとどころではないし、必要最低限の知識しか問わない学科試験の追試すら危うい辺り十分致命的だが。
「それにそのライターは? タバコ吸ってたのかよ」
「いやいや。これはあれだ。デザインがカッコよかったからつい、衝動買いってやつ」
 目を凝らしてみると、ライターのロゴマークもジャナルが愛用している帽子とジャケットについているものと同じ、逆さまの黒の十字架だった。
「それよりさ、アリーシャたちに礼言っておけよ。結構心配していたからな」
「わざと言ってるのか、てめえ」
 まただ。ディルフはアリーシャという名前に過剰反応する。ジャナルはそう思ったがそれを口に出したら、また殴られかねないので黙っておくことにした。
 しかし、アリーシャだぞ。とジャナルは思った。
 アリーシャは一見温厚だがキレたら何しでかすかわからないような女だ。しかもすぐに手が出る足が出る毒を吐く。まあ、世の中には知らない方が幸せだということもあるだろうな、と脳内で勝手に結論付ける。
(あいつだけなんだよ。俺にまともに話しかけてくる奴なんて)
 そして、そのタイミングでディルフがそう小さく呟いたことにも、ジャナルは全く気づいていなかった。
 地下空洞はまだまだ続く。まさかこれだけ大規模なものとは思いもしなかった。これだと大地震が来た時に学校丸ごと地盤沈下は確実だ。などと考えながら歩いていると、地面に何かしらの紋様が彫ってあることに気がついた。
 確認すると、大地の精霊の力を高めるための魔術文字であった。
「なるほど。これなら地震が来ても大丈夫ってわけか」
 ただ、文字は古くて擦れているため、効力は弱まっている感じはする。実際あの地下闘技場の真下にまではこの紋様の力は及ばなかったのだから。
「おい、あれは何だ?」
 ディルフが進行方向の右側を指した。
 その先に微かだが、淡い光が見える。が、その色はなんだか禍々しい、どろりとした紫色だった。
「出口、じゃないよな。気になるけど」
「どう見てもな。気になるけど」
 珍しく兄弟の意見が一致した所で、二人は慎重に光に近づいていく。
 精霊の紋様といい、謎の光といい、学園の下にこんなものがあること自体、何らかの意図を感じる。一体誰が何の目的で作ったのか、そしてこのことを知っている人間がいるのかどうか、そして、これは何を意味しているのか。
「なあ、俺たち夢でも見ているのかよ?」
 紫の光の正体は、バラバラに砕け散った水晶の柱だった。その破片一つ一つが発光している。
 だが、彼らが驚いたのはその背後にたたずむ、巨大な扉。
「まさかと思うけど、これって」

 

 コンティースの街の防衛戦は続いていた。
 時間がたつに連れ、地上の魔物の数は減るものの、空からの攻撃による被害も増えていく。
 ニーデルディアは翼竜の背の上から楽しそうにそれを見物していた。
 ニーデルディアにとって、この状況は全て計画通り。自警団や街の人間の意識がジャナルの方に向いていたおかげで、いとも簡単に襲撃に成功した。そして今度は街中の人間が襲撃の方へ意識を向ければジャナルの方がノーマークになる。これほど都合のいい展開など無い。
「あとは彼らが上手くやってくれるでしょう。問題はジャナル=キャレスがどれだけあの『力』を覚醒させているのか、手にする前に確認したいのですが。」
 なおも戦いの続く地上を見下ろしながら思案していると、学園内を移動している一人の生徒に目を止めた。
「ふふふ。くくっ、あははははっ!」
 突如狂ったように笑い出すニーデルディア。ひとしきり笑った後、涙を拭きながらまだ興奮している身体を深呼吸して落ち着かせる。
「これが笑わずにいられますか。何しろこれほど都合の良い駒が目の前に転がっているのですから」
 少し離れた場所で、建物の破壊音と悲鳴が耳に入ってきた。どうやら学区内の病院が襲撃されたらしい。
「もうすぐ、もうすぐ私の望みが果たされる。そう、もうすぐ」
『力』を巡る戦いの物語の終末は、近い。


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