前回までのあらすじ
 万物に働く『力』を増幅させる『力』を手にしてしまったジャナル=キャレスは、その力を恐れて彼を始末せんとする学園と自警団に追われる身となってしまう。
 そんなジャナルをおびき寄せようと学園は弟のディルフを人質に。
 救出に向かい、ディルフと合流するものの、今度はニーデルディアが魔物の大軍を率いて街を襲撃。
 学園だけでなく、地方都市全体を巻き込んだこの戦いは、どんどん泥沼化していくのであった。

今回オープニング無し。

その手が、全てを終わらせる刃を振るう。

WORST UNIT 7
最終章 『最悪』の終止符(1)

 

 病院では、魔物の襲撃で混乱に陥っていた。
 医師たちは入院患者の救出にあたるが、襲撃による建物の崩壊に巻き込まれて行方知らずになってしまった者もいるわ、そうでなくても街中から負傷者が運び込まれてくるわ、おまけに自分達の身も守らねばならないわで、とにかく慌しい。
 そのうち、自警団の治療と入院患者の救出とどちらを優先させるかで口論を起こす者達まで出て来て、事態は悪化する一方であった。

 

 学園内に至っては、既に魔物の巣窟と化していた。そんな中で果敢に戦っている生徒がいる。
 ヨハン=ローネット。
 長い黒髪を優雅に舞わせ、迫り来る魔物を次々と剣で叩きのめしていく。
 周囲が屍だらけになった所で、彼は声を荒げて叫んだ。
「隠れているのは分かっている! 出て来い!」
 辺りが慎と静まり返り、数秒の沈黙のあと、ヨハンに向かって鋭いナイフが飛んできた。
 難なくそれを弾き飛ばすと、わざとらしい拍手が響いた。
「お見事」
 拍手の主は、なんとあのニーデルディアだった。普通なら驚く場面だが、ヨハンは相も変わらす表情を崩さない。
「ヨハン=ローネット。デルタ校史上最強の剣士とも言われている天才児。けれど、貴方には致命的な弱点がある。そうでしょう?」
「何が言いたい」
 ここでようやくヨハンが見るからに不快そうな顔をした。それでもニーデルディアは話を続ける。
「おやおや。言われなくても分かっているでしょう。それに貴方は私の正体にも気づいているはず。現に今、私を斬り殺したい衝動に駆られている。そうでもしないと自我を保っていられないから」
 ニーデルディアの身体を中心に、禍々しい邪気が広がっていく。そこにいるだけで胸が悪くなっていくような嫌な空気だった。
「総会長として、人間として生活していた時には邪気を抑えていたんですけどね。今やそれも不要となりました。結構疲れますよね? 魔族が人のフリをし続けるのって」
「黙れ」
 ヨハンが呻くように抗議した。邪気に当てられたせいか、額から汗が滴り落ちている。
「おや? それは心外ですね。私は貴方に同意を求めているのですよ。魔族の放つ邪気というのはね、人体には毒でね。これくらいの量をまともに浴びると呼吸困難になってもおかしくないんですよ。逆に低級魔族の場合は精神に異常をきたします。狂ってしまうか、催眠状態になるか、どちらでしょうかね?」
「黙れ!」
 全身が震えているのが自分でも分かった。ニーデルディアは、ヨハンの心の奥底に閉じ込められている、決して暴いてはいけないものを無理矢理引きずり出そうとしている。
「お前らのような邪悪で卑劣な輩と一緒にするな」
 ヨハンの心は揺らぎに揺らいでいた。ニーデルディアの言葉に、自分を蝕む邪気に、そしてそれに動揺する自分自身に。
「さて、戯れはこれまでにしておきましょう。私はこれから人間を一掃せねばなりませんし、貴方のご学友も来たみたいですしね」
「逃げるのか!」
「はい。何だったらこっちに来ます? 待遇は保障しませんが」
 いたずらっぽく笑いながらニーデルディアは姿を消した。
「ヨハン! そこにいるの?」
 入れ違いでカーラの声が聞こえてきた。
「いたいた! もう、置いていくなんてひどいじゃないか。心配したんだぞ」
 どうやらカーラは、ニーデルディアとの会話には気づいていないようだった。ヨハンは少しだけ安心した。
「今、自警団の人と会ったんだけど、状況的にあんまり良くないみたいなんだ。勿論戦ってくれるなら協力して欲しいらしいんだけど。って聞いてる?」
 ヨハンが会話にめったに相槌を打たないことは周知の事実だが、この場合は上の空で耳に入っているのかも怪しい。
(あの魔族、本当に俺を挑発するためだけに正体を現した)
 実際、ヨハンはカーラの話などまともに聞いていなかった。
「カーラ、俺はジャナルを討つ」
「えっ!」
 突然の宣言に、カーラは絶句するしかなかった。正気に戻るまで数十秒かかった。
「なんで? どうしてそんな事言うんだよ! 今は襲撃からどうにかする方が先だろ!」
「あいつが奴の狙いだ。あの魔物達は単なる陽動に過ぎない」
「だったら」
 あたいも行く、といいかけたカーラをヨハンは手で制した。
「こういう役目は一人でいい。憎き魔族の企みを止めるのはこれしか方法はない。それにジャナルの『呪われた力』が完全に解き放たれれば、俺は」
 俺はきっと精神の中枢まで狂ってしまい、もう人として生きていけないだろう。そうなったら俺はお前たちの敵だ。これは口に出して言わなかったが。
「ヨハン、何言ってるの?」
 カーラの目から涙が溢れる。何事にも動じないヨハンだが、さすがにこれには少し罪悪を感じた。
「これ以上お前と話すと決心が鈍る」
「っ!」
 声を上げることなくその場に倒れるカーラ。ヨハンが彼女のみぞおちに一発喰らわせたのだ。
 そのまま物陰に運び込んで周囲の安全を確認し、ヨハンはこの場を離れた。
「しかし、これほどの邪気とは」
 注意深く、黒いコートの袖を捲る。その下にある素肌を見て彼は『異常』を悟った。
「あまり時間が無いかもしれない」
 既に彼の覚悟は決まっていた。例えそれが悲しい結末に繋がる事になろうとも。

 

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