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血みどろはカットしました。

WORST UNIT 7
最終章 『最悪』の終止符(4)

 

 ヨハンの攻撃は無駄が無く、かつ連続的だ。ジャナルはどうにかして反撃のチャンスをうかがうが、気がつけば防御と回避で手一杯になっていた。このままではあの実戦授業の二の舞で、ジャナルが一方的に逃げ回るという情けない展開になりかねない。
(どうにかしないと、どうにか!)
 やけ半分で振るったジークフリードが、神速ともいえる速さで攻撃を受け止める。そのまま両者とも動かず膠着状態が続いた。
(あ、そうか! ジークフリードは相手の実力に比例して強くなるんだった!)
 『アドヴァンスロード』の事で頭がいっぱいだったため、ジャナルは自分の武器の特性をすっかり忘れていた。剣士がそれでいいのかという疑問はさておき、競り合いから次の一手を考えるジャナルであったが、動いたのはヨハンのほうが先であった。
 強引にジークフリードを押し返し、ひるんだ所をジャナルの胴体めがけて一閃。その動きには全く躊躇がない。
 だが、ジャナルも負けてはいなかった。胴体に一撃が来る寸前に、ヨハンに向かって平突きを放つ。
 この刹那の交戦で両者とも血だらけ。ジャナルは脇腹に重い一撃を喰らい、あばら骨が折れるほどの重傷、尤もあばら骨のおかげで胴体真っ二つという惨事は免れたが。対するヨハンは攻撃を避け損ねて右腕に裂傷を負った。
 誰が見てもジャナルの方がずっと重傷だが、彼には『アドヴァンスロード』がある。
 見る見るうちに驚異的な治癒力で血肉が再生され、元通りの身体に戻る。痛い事には変わりはないが。
 ヨハンには当然そんな能力はないので、裂傷はそのままだが、裂かれた袖の下を見て、ジャナルは目を丸くした。
「お前、それ!」
 傷の状態を言っているわけではない。彼が驚いたのは袖の下にある、ヨハンの素肌に埋め込まれた・・・・・・そう、本当に皮膚の中に埋め込まれている黒いビー玉のような物体だった。それも三つ連なっている。
ヨハンはの表情に陰が走った。そういえばジャナル(に限ってではないが)はヨハンのそんな表情も、それ以前に彼の普段来ている黒いコートの下の素肌を見るのも初めてだった。彼は真夏だろうと長袖で、顔以外の肌を人前でさらす事もなかった。
「見てしまったか」
「うん」
「ならばますます生かしてはおけない」
「なんでだよ!」
 再び激しい攻防が始まった。
 今度はジャナルはがむしゃらに攻めに徹した。常人なら致命傷のダメージも、『アドヴァンスロード』がすぐに傷を癒す。
「それが例の『力』か」
「ああっ! もう居直ってやる! そうなんだよ! そういう事にしといてくれ!」
 無論反則ともいえる戦いだが、そうする事でようやくジャナルは悟った。
 今までヨハンに歯が立たなかったのは、彼の天才剣士という肩書きに押されて不必要に警戒し、逃げ腰になるからだと。
 勿論ヨハンはそれを差し引いても強い事は事実だが、攻撃一辺倒な戦法に切り替えてから僅かだがヨハンの攻撃のリズムが乱れてきた。リズムが乱れると攻撃が読みやすくなり、こちらの反撃のチャンスも増える。
「もらった!」
 ジャナルは上段を狙ったヨハンの攻撃を回避せず、更に一歩前へ踏み込み、相手の懐に入った。デュエルナイトの重心が下へ向いたのを狙って、剣の根元をジークフリードで突き上げる。
「!」
 デュエルナイトが宙を舞った。美しい弧を描き、地面に落下する。
 剣を拾おうと動くヨハンに、ジャナルの追撃が襲う。これはヨハンを直接狙ったものではなく、牽制のつもりだった。
 だがヨハンはそれに気づくと、信じられない事に追撃するジークフリードの刃に負傷した右腕を伸ばしたのである。
「嘘だろ?」
 指で刃を掴み、手の平で刃先を受け止める。真っ赤な血が滴り落ちた。
「俺の負けか」
 ヨハンの呟きと共に刃が離される。
 彼の右手の皮膚はパックリと割れてしまっていた。確かにこれでは剣を握る事も難しい。
「こんなの俺の実力じゃねえよ」
 謙虚でもなんでもなく、ヨハンに勝てたのは『力』のおかげだ。でなければ既にジャナルは数回死んでいる。
「だがこれではっきりした」
「何が?」
「・・・・・・」
「振っといて黙るなよ!」
 ああ、やはりこういう所はヨハンだ、とジャナルは思った。無口で時には必要な事すら話さない、社交性に欠けまくり。それでも悪い奴ではない。それがジャナルの知るヨハンだった。
「お前の身体からあの女魔族の邪気が感じられない」
「女魔族?」
「いつだったか路地裏であった奴の事だ」
 ヨハンの話によるとその女魔族は最初、そこに居合わせたディルフに取り付こうとしたのだが、これをヨハンが阻止。しかし阻止は出来ても、退治には失敗したという。
 その時はひとまず話が終わったと思っていたのだが、実戦授業でジャナルとの試合の際に、彼が誤作動させた『アドヴァンスロード』の直撃をくらって気絶したヨハンが、おぼろげに感じとったのが路地裏で遭った女魔族とおなじ邪気だったという。
「で、それを呪われた『力』と勘違いしてたのか」
「そう思っても仕方がない。イオの時もあの邪気を追ってみればお前がいた。結局魔女が憑いたのはお前ではなく魔術科の女の方だった」
 そもそも『アドヴァンスロード』は単なる力であって、元の持ち主の魔族はとうの昔に死んでいるのだ。魔族の生命エネルギーである邪気など存在するはずがない。
「大体お紛らわしい行動を取るお前が悪い。それに始末すべき問題も増えた。ニーデルディアに魔女、それにお前の『力』。どうしたものか」
「断然ニーデルディアだろ。一番悪い奴だし」
「ニーデルディアの目的はお前だ。お前の力が奴の手に落ちたら取り返しのつかない事になる」
「けど! ひょっとしたらこの『力』で奴を倒せるかもしれないだろ? 誰よりも安全確実に!」
 有効に使えた試しはほとんどないけど、とジャナルは心の中で付け加えた。どちらかというと色んなトラブルに見舞われ、幾人にも命を狙われたのだから、できることなら無くなって欲しいのが本音だった。
 だが、それと同時にこの『力』がこの状況を打破してくれるとも信じていた。理由は分からない。ひょっとしたら誰もが否定するこの『力』に僅かでも存在価値を与えたいのかもしれない。
 ヨハンは眉間にしわを寄せたままだった。くどいようだがヨハンにとって魔族は存在すら許せない敵。ジャナルの説得で価値観が一転するはずがない。
「大丈夫か? 傷が痛むか?」
 ヨハンの不機嫌そうな顔をそういう意味だと勘違いしたジャナルに、ヨハンの眉間は更に深くなる。
「っていうか、それ本物?」
 どうやら彼はヨハンの腕に埋め込まれている黒い球体のことを言っているのらしい。
「いや、言いたくなかったら別に」
「振っておいて取り消すな」
 ヨハンは破れたコートの袖を勢いよく引きちぎった。
 それを見たジャナルは言葉も出なかった。 ヨハンの腕には黒い球体が手首から肘にかけていくつも埋め込まれており、肩の方には奇妙な刺青が刻まれている。
「誰かから聞かされているかもしれないが、俺の両親が目の前で殺されたって話、あれは半分嘘だ」
「え?」

 

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