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WORST UNIT 7
最終章 『最悪』の終止符(6)

 

 学園第一会議室。兼ジャナル=キャレス討伐隊総司令本部。
 病院からここまで何度も魔物の襲撃に怯えながら、ようやく気弱な少年・カニスはここへ辿り着いた。
 討伐隊の指揮を執っているメテオスに、ジャナルの無実を証明するために。
 カニス本人はジャナルが持つという『力』を直接見たわけではないが、少なくとも先日カニスにとり憑いた悪魔が起こした事件についてはジャナルのせいではないと感じていた。なのに、目覚めて事情を聞けばカニスに悪魔がとり憑いたのはジャナルの企みという事になっているし、抹殺指令まで出ていることには驚いた。
 だから、その指令を取り消すよう、周囲の誤解を解くよう、ここまで赴いて来たというわけだが。
(でもメテオス先生ってすっごく怖い先生なんだよね)
 間違いなく泣かされそうだ、とカニスは身震いした。
 しかし、ここまで来て引き下がっては意味がない。カニスは意を決してドアをノックした。
 反応はない。
 もしかしてみんな避難したのだろうかと、ドアを開けると床に誰かが血を流して倒れているのが見えた。思わず上がりそうな悲鳴を必死で堪えながら、カニスは倒れている人物に駆け寄る。
 倒れていたのは、あのメテオスだった。もはや手の施しようのないほどの深手で、何かしらをブツブツ呟いている。
「メテオス先生! 喋っちゃだめです!」
 だが、それが聞こえていないのか、メテオスは口を動かすのをやめようとしない。
 いや、彼は既に己の死を悟っていた。口にする言葉は何かに対する恨みつらみばかりであった。
「結局俺が捨て駒、か。奴め、始めから知ってて」
「奴?」
「何が卑族(ニミアン)だ。どいつもこいつも、馬鹿に、してっ!」
「ニミアン? 先生が?」
 ニミアンの事は教科書程度の知識ならカニスも知っている。だが何故ここでそんな単語が出てくるのだろうか。
「この血のせいで俺は道化だ。得るべきものも、奪われ、努力も否定され、挙句、げはっ!」
 大量の血が吐き出され、呼吸がどんどんおかしくなっていくが、メテオスは続けた。カニスはそんなメテオスを止める事ができなかった。
「トムだってそうだ。本来なら俺が剣術の教師だったのに、あいつが俺の居場所を」
 居場所、と聞いてカニスは胸が痛んだ。同時に怒りも込みあがってきた。
「そんなの! 少なくとも先生にはあったじゃないですか! 槍術コースの先生に回されたのも、先生だから任されたからかもしれないのに! 僕には居場所も、誰かに必要とされた記憶だってないのに!」
 その言葉が届いたのだろうか、メテオスはゆっくりと茶色く濁った目を開け、カニスの方を見た。そして唇を震わせながら微かな声をあげた。
「! それが、その人がそうなんですね!」
 メテオスからの返事は返ってこなかった。彼はそのまま事切れていた。
 評判の悪い先生だとは知っていた。だが、カニスはこの哀れな魂の救済を祈らずに入られなかった。

 

 同じ頃、剣術コース8年生の教室内にはまだ生徒たちが残っていた。
 彼らはここで篭城して戦っているわけではない。ジャナル捕獲作戦やらヨハン・カーラの討伐隊加入、そして魔物の襲撃と立て続けに起こる非常事態に混乱し、すっかり逃げ遅れていたのであった。
「どうする? 外は魔物だらけだぞ」
「どうるったって、どうにもならねえよ。こんなんじゃ」
 生徒たちは皆、机などの物置に潜んでいた。
「カーラ達はジャナルを捕まえに行ったきり戻ってこないし。畜生、こうなったのもジャナルのせいだ」
「おいおい、めったな事言うなよ」
 教室は一気にざわめき始めた。「いくらなんでもあのジャナルがそんな事する筈がない」と「でもあいつはイオの件で容疑がかかっている」と意見が真っ二つに割れ、険悪なムードさえ漂っている。
「こうなったら今からでも奴を」
 一人が教室から飛び出そうとしたとたん、戸が勢いよく開いた。
 全員が襲撃かと身構えたが、そこに現れた者を見て目を丸くした。
「お前ら、こんな時に何やってるんだよ!」
 入ってくるなりその人物は啖呵をきった。あたりはしんとして静まり返った。一瞬だけ。
 その一瞬後には教室中が大騒ぎとなった。
「な、なんでなんで? し、し、しし、死んだはずじゃ!」
「って事はユーレイ? ゴースト? ポルターガイスト?」
「悪霊退散っ悪霊退散!」
「や・か・ま・し・い! 勝手に殺すな!」
 曲がった方向に暴走する彼らに、侵入者は一喝するも、収拾がつかない。
「あー! もう、いいからお前ら、俺の話をまず聞け!」

 

「くっそー次から次へと現れやがって!」
 ニーデルディアを探している間、ジャナルは幾度も幾度も魔物に襲われ、そして今も中庭に辿り着いた所でやたら身体の大きなゾンビの群れが彼を待ち受けていた。
「しかもなんでこんな最悪な展開に。うわー気持ち悪」
 悪寒と吐き気が同時に襲ってくる。ゾンビなのだから普通の剣で斬りつけても痛いという感覚がない上、急所を一撃で仕留めないと何度でも復活する。つまり『アドヴァンスロード』があっても一撃必殺できる技術がなければ意味がないのだ。勿論噛まれれば即彼らの仲間入り。おまけに爪には全身が麻痺する神経毒が含まれている。もっと最悪なのは何よりも見た目がグロテスクで死臭を放っているので生理的にも気持ちが悪い。
「うわっ! 危なっ!」
 奇声を上げながら真横にいたゾンビが襲い掛かってきた。それを合図に畳み掛けるように次々と他のゾンビが襲ってくる。
「嫌だー! ゾンビなんかなりたくないー!」
 多勢に無勢。迫るゾンビと生理的嫌悪で混乱するジャナル。絶体絶命のその時であった。
 突如、銀色の閃光が走ったかと思うと、ゾンビの群れの一角がふっとんだ。
 この隙を突いてジャナルは包囲網から脱出。そのままジークフリードを構えようとすると、聞き覚えのある声がした。
「ここは任せて、お前は先に行け!」
 驚いてそちらの方を見ると、ジャナルは更に驚いた。
「イ、イオ!」
 白金に輝く細剣『ヤミバライ』を片手に、そこにいたのは先日意識不明の重体になったはずのイオ=ブルーシスだった。
「うん、一度は言ってみたかった、この台詞」
 普段学校で顔を合わせていた時よりも身体は痩せこけ、いつもは追っている灰色の袖無しロングコートの下は入院患者用の寝巻きそのものだ。そのロングコートも洗濯はしてあるものの、事件当時の血痕が染みとなって残っている。
「生きていたのかよ!」
「いつ死んだんだ、俺が! せめて何故ここに、とかにしてくれよ、せめて!」
「じゃあ『何故ここに?』」
「今更言うな! とにかくここは俺が引き受けた。こいつらには俺の武器の方が相性がいい」
「マジかよ」
 ジャナルの経験上、イオは絶対にメリットのない面倒事を自らすすんで引き受けるという事はしない。とにかく自分が損する事が一番嫌いなのだ。
 頭を打ったか、それとも目の前にいるイオは偽物かもしれない。
「さっさと行け、バカ! 何だか知らんがお前にはやる事があるんだろ?」
 だが、彼の言う通り迷っている暇はない。それに、イオは多少の危険を冒しても最善の方法を躊躇なくとるような人間でもある。そのイオが見いだした活路がジャナルに全てを託すというのならやるべきことは、ただ一つ。
「分かった。無事生き残ったらカルネージで何かおごってやるよ!」
 そのまま脇目を振らず、ジャナルは走っていった。
「借りは返したぞ、ジャナル。けど」
 ゾンビの方に向き直るイオだが、足元が妙にふらついていた。
(さっきの一発で殆んど力尽きたも同然なんだよな。ったく、何かっこつけてるんだか、俺)
 借りなど今無理に返す必要もないのだし、大体こんな所に来たりせずに大人しく寝ていたって誰も文句は言わないはずだ。それに自分が死んだら元も子もない。
(つーか俺、メテオスとジピッタの野郎をとっちめるまで死んでも死に切れないってのに)
 立っていられないほどの眩暈を感じ、イオの身体は大きくふらついた。
 教訓。らしくない事はすべきではない。それが、彼の最期に悟った事で
「って、死んでたまるかー!」
「うお? びっくりした!」
 気がつくと、駆けつけてきたクラスメイト達に抱えられていた。数秒間意識が飛んでいたらしい。
「来るのが遅い」
「お前が勝手に先走ったんだろーが。けど、お前のおかげでやる事が決まった」
 教室に残っていたクラスメイト達全員がここに終結していた。イオはそれを見て満足げに頷く。
「よし、1人は自警団に連絡、2人は保健室から血清と聖水を調達。残りでゾンビどもを叩く! いいか、全員生き残ってこの戦いに勝て!」

 

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