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七人七色 我が美術部主将(7)

 

 休み明けの昼休み。
 僕は大将から呼び出しをくらい、美術室へ向かった。
 やっぱり連絡手段はメールではなく、通話の方で「昼食終わったら速攻で美術室へ来い」の一言を聞かされて、一方的に切られた。いい加減メールを使うことを覚えて欲しい。
「来たか」
 美術室の戸の前で待ち受けていた大将の首や腕には湿布や包帯が痛々しく巻かれていた。
 あれだけ大暴れしたのだ。さすがに無傷というわけにはいかなかったか。
「大将、それ大丈夫か?」
「問題ない。ほんの少しオーバーワークしただけだ」
 実際30人斬りして、その後伊吹ちゃんとぶっ倒れるまで死闘を繰り広げてたことをオーバーワークと片づけるあたりが大将らしい。
「で、用事って何?」
「喜べミチ。うちの予算が元通りになった!」
「マジか、大将! もう剣道部も何も言ってこないってことだよな!」
 大将が「ああ」と頷く。
「ただ、あれ以来剣道部が一人残らず私と目を合わせてくれないんだが。礼と謝罪をしておきたかったのに」
「そりゃあそうだろうな」
 もともと嫌いな相手から今回の件で山ほどの屈辱を味わわされたのだから、絶縁したくなる気持ちは分かる。
「まあ、それはともかくだ。ミチ、鍵は空いているから戸を開けてみてくれ」
 大将が何か含んだような笑みを浮かべながらこちらを見る。
「まさか、また変な怪人がいるってオチはないだろうな?」
「え? まだそれ気にしていたのか?」
「するわ! あれはトラウマレベルだぞ!」
 ともあれ、まあ同じネタにはならないだろうと、僕は覚悟して戸を開けた。
「机の上だ」
 言われなくても、僕の目は机の上に釘付けになっていた。
「私にはよくわからないので、先生に見立ててもらった。値段も手ごろで、性能もいいやつだそうだ。ペンタブって、これであってるんだろ?」
「た、確かにこれ、欲しいって言ったけど!」
「要らないのか?」
「いや、要るけど!」
 僕は机の上に置かれた新品のペンタブの箱を手に取った。ダメ元で言ったつもりなのに、予想外の贈り物だ。
「けど、これ本当にいいのか? あとで没収とか言ったら泣くぞ、僕」
「部に必要な備品だからな。これがあればいい作品ができるんだろ? だからどうしても予算を勝ち取りたかった」
 そういえばヤマさんも、予算会議が終わった後に「ペンタブは駄目みたいだ」と謝っていた。あの時点で僕がペンタブを欲しがっていたことは、大将以外に話していなかったはずだ。
 大将は、ずっとペンタブの事を気にかけてくれたのだ。だから、予算を剣道部に取られそうになった時も、誰より必死になっていたのだ。
「しかし、ミチには迷惑をかけたな」
「ま、まあ、それはいつもの事、だろ」
「いや、きちんと言わせてほしい。郡山に言われた時、何も言い返せなかったのをお前はかばってくれた。私自身の問題だったのに、本当にすまなかった」
 大将が深々と頭を下げる。いや、頭下げる意味が全然分からない。本人は本気なんだろうけど。
「なあ、大将」
「ん?」
「そこはありがとうって言うところだと思う」
「む」
 大将が恥ずかしさと不機嫌さを混ぜたような表情で僕を見る。
 それが何となくおかしくて、僕は思わず吹き出して、大将もつられて笑った。
「とにかく備品も入ったし、後は文化祭の出展に向けて頑張るだけだな」
「ま、美術部は毎年恒例って感じの作品展だけどな。とはいえうちは7人だから量より質って感じの簡素な作品展になりそうだけど」
「何を言っている、ミチ」
「へ?」
 僕は驚いて、大将の方を見た。
「私が主将になった以上、今年は質も量もがっつり行くぞ。ひとまず目標は全員で50作品だ」
「そっちが何言ってんだよ、大将!」
 単純計算で一人7作品、手すきな奴が8作品。文化祭までの日数は1ヶ月弱。途中に中間テストもあるので時間的にもかなりの無理ゲーである。
「てか、それ以前に50作品も飾れる会場を貸してくれるわけないだろ!」
「んー、だが約束したしな」
「誰とだよ!」
 じわじわと嫌な予感がしてきた。
「剣道部と。30人斬りする前にな。さすがに剣道部ばっかり審査するのは公平ではないだろう。なので、文化祭には校内でも目立つほどの立派な作品展をやる、と宣言してきた。さあ、気合入れて今日から部員一丸でやるぞ」
「さらりと無茶ぶりするなぁぁぁぁ!」
 どうやら、大将が頑張って手に入れてくれたこのペンタブは、大将の無茶ぶりのせいで休む間もなく酷使される事になりそうである。

 

我が美術部主将      完

 

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