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smile?


       七人七色 陸校美術部の騒々しい休日(7)


 もう文化祭開催まで一週間を切った、月曜の朝。
「おはよう」
 自転車置き場で町成の姿を見かけた俺は、そのまま声をかけた。
 町成は相変わらず、薄い表情のまま会釈する。こうしてみるとやっぱり昨日の件はいまだに信じられない。
「うお、町成じゃん」
「隣にいるの先輩かな? てか、こうしてみると背ぇ低っ!」
「やめろって。隣が大きいだけかもしれないし、町成に失礼だろ」
 俺に対しても失礼だろう、と言うツッコミはさておき、数人の男子生徒がこちらに向かってやってきた。名札の色を見たところ、彼らは一年生。町成の名を呼んだことから多分クラスメイトなんだろう。
「おはーす、ナリ君。先輩もおはようございます。もしかして美術部の先輩ですか?」
「ああ。二年の山県だ。」
 俺は簡単に自己紹介をした。
 彼らはやはり、町成のクラスの友人だった。どうにもうちの志村のように、大人しい町成を強引に振り回しているんじゃないかと言う感じはぬぐえなかったが、悪意があるようには見えないので、町成はクラスでもちゃんとやっていけているようだった。
「そういや町成、怪我はもう治ったみたいだな」
「?」
「ほら、バレーの時顔打ったじゃん。血が出てみんなで大騒ぎでさ」
「ああ、うん。一晩寝たらよくなった」
「え、ちょ、寝たらよくなるって、ねーよ、普通」
 げらげらと笑いだすクラスメイトに、困惑する町成。
「大体ナリ君、無茶しすぎ。俺、体育のバレーで回転レシーブぶちかます奴、初めて見たわ」
 え? 回転? 俺は耳を疑った。あいつ、レシーブに失敗して怪我をしたんじゃないのか?
「あー、話を割ってすまないが、どういう事だ? 町成、体育で何かやらかしたのか?」
「そうなんですよ先輩」
 町成の友人の1人が思い出し笑いをこらえながら、町成の方を指した。
「こいつ、素人のくせに回転レシーブやろうとして、顔から床に落ちたんです」
「はあ?」
 回転レシーブと言うのは、プロのバレーの試合で見た事があるが、ボールに飛びつきながら床を転がって受け身を取る技術だ。そうすることによってすぐ攻撃に転じることができるという利点があるが、どう見たって今すぐそれをやって見せろと言われても、多分俺には無理だと思う。道ノ倉は確実に無理だろうが。
 町成の方を見ると、奴は「もっと早く相手のフェイントに気づいていれば」などと呟いている。
 いや、それはフェイントに気づいていたら成功していたという前提で物を言ってないか? いや、言ってるだろう、これ。
 俺は二度と町成の事を、見た目通りのか弱い少年とは思わないことを密かに誓った。奴はアレだ。大将と同じ路線の人間だ。美術部らしからぬ並外れた運動神経を持つ超人だ。
 ただ、最大の違いは大将と違って感性が比較的まともだという事だ。大将のようにド派手なライダースーツを着て(しかもバイクには乗れない)遊びにやってくるような人間ではない。そう、ちょっと身体能力が高いだけで、それ以外は無口で大人しい奴なんだ。
「あ、あと町成、俺が薦めた映画見に行ったんだって?」
 クラスメイトの問いに町成がこくりと頷く。
 映画、というのは昨日観た映画の話か。俺と道ノ倉と大将は『ミスターデンジャー』、それ以外は『白猫館のラブレター』。
 そう言えばあの時の町成はものすごく満足そうだったな。
 向こうの詳しい内容は知らないが、町成は猫とかラブコメとか女子に人気がありそうなものが好きなのだろうか。
「演出はリアルだったし、退屈しなかった。ちょっと変な所でCG入ってたけど」
 町成がポツリポツリと感想を述べる。
 最近のラブコメはCG使うのか。俺はこの手の映画はあまり見ないが映像の技術ってすごいものなんだな、と素直に感心した。
「あと効果音が本物っぽかった。リアルすぎていい意味で気味悪かったし、血糊もふんだんに使われてた」
 町成は音にもこだわるのか。って、血糊? ラブコメに血糊ってなんだ?
「ストーリー展開も全然想像つかなかった。生き残りそうなのが死んで、逆に死ぬだろって思ってたのが生き残るし、黒幕も予想外だった」
 生き残り? 黒幕? またラブコメに似つかわしくない単語が出てきたぞ?
「なあ、町成」
 何か言おうとして、思わず町成の方を見て、俺は顔が引きつった。
 いや、実際に鏡を見たわけではないが、きっと俺の顔は引きつっていると思う。
「面白かった。『人狼塔からの脱出』」
 今までそんな顔は見た事ないぞ、と言いたくなるほどの物凄い笑顔。
 いや、そんな事よりも。
「町成! お前が見たのは白猫館の方じゃなかったのか?」
 俺の問いに笑顔のままふるふると首を横に振る町成。
「人狼塔、見たかったので」
「いや、でも、それって人がいっぱい死ぬホラーだろ?」
 こくりと頷く町成。
「先輩、こいつ無類のホラー好きなんすよ」
「そうそう。大人しい顔してグロいのとか死にネタとかの話大好きでさ」
 言葉足らずの町成に代わって、彼らがフォローに入る。
 が、俺の頭の中は既にぐるぐると混乱していた。
 大人しい、か弱そう、なのに恐ろしい運動神経の持ち主と言うギャップだけでも驚きだが、そこへホラー好き、グロい系の人が死ぬ話も好き、おまけにその手の話をしている時はとんでもなくいい笑顔。
「?」
 当の町成は「どうしました?」と言いたげな表情でこちらを見ている。
「いや、何でもないから気にするな。じゃ、俺はこっちの校舎だからここで」
 悪い奴ではないんだ、悪い奴では。
 俺は気分を切り替えるために、深呼吸を一つし、無理矢理引きつった表情を元に戻すと一人歩き出した。
部の連中は、この事を知ってるのだろうか。多分知らなかった連中は俺と同じ反応なんだろうな。まあ、変な暴露をして町成の立場が悪くなることだけは避けてやりたいが。
 本当に、俺はどうして半年もそんな事実に気づかなかったんだろう。悔いているわけではないが、本当にそう思わずにはいられなかった。
 ただこの調子だとまだまだあるんだろうな、今までのイメージを覆すようなギャップが。それを見るのはいつになるのかはわからないけれど。できればあまり見たくないような気はするが。

 


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