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       七人七色 陸校美術部の騒々しい休日(6)


「藍ー! 取り返してきたよ!」
 戻ってきて早々、志村が明るい青色のバッグを差し出した。
「うそっ?」
 市原は信じられない、という表情でバッグを受け取ると中身をすぐに確認した。
「よかった。全部ある。ほんとうに、よかっ、た」
 そのままへなへなと崩れ落ちる所を、志村が慌てて支えようとする。無理もない、被害者だったものな。
「バッグもそうだけど、みんな無事でよかったぁ」
 甲府の言う通り、みんな犯人に怪我をさせられたとかそういった様子はないようだった。
 いや、よく見たら道ノ倉のズボンの膝がほつれて汚れていた。
「おい、これは?」
「大将追いかける途中で躓いて転んで、そのまま見失ったんだよ」
 まあ、そんな事だろうとは思ったが。
「でもまあ、大将がバッグ取り返したんだし、いいじゃん。結果オーラいってやつ?」
「ミチ、それは違う」
 すかさず大将が反論する。
「へ? 違うって、大将が取り返したんじゃないの?」
「あいにくこの格好だったからな」
 大将は、自分の履いているデニムのスカートに手を当てる。さっき古着屋で買った物だ。
「大股で走れなくて、追いつきそうで追いつけなかった。本当に面目ない」
「え? 大将じゃなかったらだれがどうやってバッグ取り返したんだよ?」
「町成だ」
 一瞬、空気が凍りついた。
「え? 誰だって?」
「だから町成だ」
 言っていることがすぐに理解できなかった。
 と言うか、町成って。あの町成がひったくりからバッグを取り返したって。
「ええええええええええええええ!」
 それ以前に、町成は? あいつ結局何処にいたんだ? と思ったら、大将の陰で居心地悪そうに突っ立っていた。
「町成、お前、一体今まで何処にいたんだ?」
 皆が注目する中、町成は困ったように目を泳がせている。
「犯人、追いかけてて」
 聞けば町成は、志村が犯人を追いかけるのを見て、すぐに走り出したのだという。
 居ないと思っていた理由は、やはりそれか。なんだか頭痛がしてきた。
 そんな俺をよそに、大将が説明を続ける。
「ひったくり犯に引き離されそうになって、追いつけないかもしれない、と思ったところで横から黒い影が飛び出して、それが犯人に飛びついた」
「まさかその黒い影って」
「くどいようだが町成だ」
 だから、まずそれが信じられない。
 自分よりずっと小柄で(目測だが160もあるかどうか微妙)、普段は大人しいを通り越して無口でシャイで、どう見も放っておけない雰囲気の少年が、ひったくりを捕まえるという事をやってのけるとは到底思えないのだが。
「わたしも見た。何かいつの間にか追い抜かれてびっくりだったよ、ナリ君。マジ足が速いんだもん」
 志村が少しむくれながら言う。まるで自分が捕まえたかったと言わんばかりの物言いである。志村は町成よりさらに小柄で、おまけに女子であることを考えると、彼女の発想はかなり危険だ。あとで道ノ倉か甲府辺りに注意してもらいたい。
「しかし今日は町成に驚かされてばっかりだな。あの瞬発力の利いたダッシュは相当走り込みでもして足腰を鍛えないと出来るものではない」
「うわ―、出たよ。大将の脳筋節」
 むしろお前こそ余計な怪我をしない程度に鍛えろ、道ノ倉。
「もしかして、こっそり修行しているとか?」
 志村の時代錯誤な問いに、町成は首を横に振る。
「あえて言うなら、俺、自転車通学で。片道で45分」
「そんなに!」
「半年前は一時間くらいかかってたけど、あと、通学路ほとんど坂道」
 町成は自分に集中してくる視線に、どうしたらいいのか分からずに目を泳がせている。
 そんな様子を見ていると、やはり、ひったくりに立ち向かったやつには思えない。
 だが、大将と志村がそれを見た以上、嘘である可能性はゼロなのだろう。
「あのー、ナリ君。僕からも一つ聞いていい?」
 道ノ倉が遠慮がちに言った。いや、明らかにドン引きしている。
「どうやって、犯人からバッグ取り返したの?」
 くどいようだが、町成は女子と大差ないような小柄な体格である。まともな大人とやりあうこと自体、無謀に見えるのだが。
「助走して、後ろから奇襲をかけました。不意打ちじゃないと勝てそうにないんで」
 理屈は分かるが、想像以上の常識外れっぷりだった。普通、そんな咄嗟な行動はとれない。大将みたいな奴なら別だが。
 町成は、困惑しながらたどたどしく更に状況を説明しているが、聞けば聞くほど俺の知っている町成のイメージから遠ざかっていく。
 いや、遠ざかっているんじゃない。単にそれは俺が町成の事を理解していなかっただけだ。彼が入部して半年もたつのに、見た目が小動物で無口で大人しいという所しか見ておらず、そこで完結していた。
 小柄だからって、力がないわけではない。
 無口だからって、気が弱いわけでもない。
 そんな当たり前の事なのになぜ気づかなかったのか。大体さっきのエアホッケーだって、あの大将にも負けていないくらいの運動力があったのに。
 もしかしたら、町成という男はとんでもなく凄い男なのかもしれない。
 と考えたところで、あることを思い出した。
 確か町成って、週末の体育のバレーでレシーブを失敗して顔に怪我をしたって言ってなかったか? あれだけの運動力があるのにそんなミスを犯すのだろうか?
 まあ、たまたまと言ってしまえばそれだけかもしれないが、謎だ。本当に謎だ。

 

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